第40話 異国情緒と湯けむりの街
「とりあえず部品探しは明日からにして、今日は宿を取ったら夜の街を散策しないか?」
やっぱ新しい街に来たら、まずは歩いてみないと損だろ。
「さんせーい!」
「いいと思います」
「だな!」
オレが提案に全員一致で、今夜は街をぶらつくことに決まった。
◇◆◇
――夜のカレンポート。
昼間の賑わいがそのまま続いているかのように、街は眩しいくらいの光で包まれていた。
通りには赤や金の提灯が吊るされ、香辛料の匂いが漂ってくる。笛や太鼓の音がどこからともなく響いて、オリエンタルな空気をいっそう濃くしていた。
雲海を見下ろすテラスからは、白い雲が月光に照らされ、まるで湖みたいに静かに波打っているのが見える。
「わぁ……なんか幻想的な雰囲気ね」
マイルがきらきらした目であたりを見渡す。
「カレンポートって、温泉が有名なんですよ。あ、ほら看板が沢山出てます」
アヤナが指さした先には、湯気を立ち上らせる建物が建ち並ぶ。
この街の名物――蒸気風呂だ。
「蒸気風呂か、入ってみたいな!」
「お、いいな! 旅の疲れを癒やすには温泉だぜ!」
「わたし温泉初めて」
「前に来た時に入った温泉があるの。案内するわ」
みんな賛成ということで温泉に向かう。
温泉の湯気と、異国情緒あふれる夜の街。
ノクティは温泉よりも屋台の料理に目を輝かせていたけど、「後で回るからな」となだめて、ひとまず我慢してもらった。
――アヤナに案内してもらった温泉は、木造の平屋造りで落ち着いた趣のある宿だった。
「ここの宿は、宿泊客以外にも温泉を開放してるのよ」
「わぁ……すっごく高そうな宿だね」
マイルの言うとおり、門構えからして格式が桁違いだ。
「他国のVIPや有名人も泊まるみたいよ」
アヤナがさらりと言うと――。
「マジか! 有名人に会えるかもな! よし、さっそく行こうぜ!」
レオンはもう突撃態勢。
「あ、待ってレオン。たしかここ、一見さんお断りなのよ」
「え、マジで!?」
アヤナが受付に向かい、慣れた調子で声をかける。
「これはアヤナ様。本日はご予約はございませんが……お部屋をご用意いたしましょうか?」
「いえ、今日は学院のお友達と旅行中なんです。温泉にだけ入らせていただければ」
「そうでございましたか。どうぞ、ごゆっくりなさってくださいませ」
スタッフが深々と頭を下げる。その様子にオレは思わず心の中で叫んだ。
(さすが有名人……!)
「わ、わたし……なんか緊張してきちゃった」
マイルがソワソワしてると、アヤナが微笑んで答える。
「ふふ、大丈夫よ。今日はVIP客は泊まっていないみたいだから」
その事実にレオンががっくり肩を落とすけど、目的は温泉だからな。
――蒸気温泉。
蒸気温泉と書かれた扉を開けた瞬間、真っ白な蒸気がぶわっとあふれ出す。
部屋の中には椅子やベンチが並び、客たちは腰掛けたまま首から上だけを湯気の外に出してくつろいでいた。
オレたちもそれにならって椅子に腰を下ろす。
「蒸気の風呂なんて初めてだ、気に入ったぜ」
レオンも初めての蒸気風呂に興奮気味みたいだ。
「なんか……体から疲れが抜けていく感じがするな」
蒸気風呂の感想を言い合いながら寛いでいると、横から声をかけられた。
「お前さんたち、カレンポートは初めてかね?」
振り向くと、隣に腰掛けていたおじいさんが、にこにことこちらを見ている。
「はい、今日着いたばかりなんです。蒸気風呂が有名だって聞いて、さっそく来てみました」
「初めて入ったけど、これはクセになるな! 名物になるのもわかるぜ!」
「ほっほっ、さっそく気に入ってくれたかのぅ」
おじいさんは楽しそうに頷いた。
「儂も好きでな、二日に一度はこうして蒸気風呂に来るんじゃよ」
「おじいさんは、ここの出身なんですか?」
こんな高級店に頻繁に通うおじいさんに興味が湧いたので聞いてみた。
「儂はこの街で中央通りでちょっとした店をやっとる。飛翔船のパーツを扱っていてな。もし気が向いたら寄ってみるといい。黄色い看板が目印じゃ」
おじいさんはそう言って、にこやかに立ち上がった。
「飛翔船のパーツ!」レオンが思わず食いつきそうになったが――おじいさんは軽く手を振り、名前も名乗らずにそのまま部屋を出ていった。
(……パーツ屋か、明日見に行ってみようかな)
それからしばらく蒸気風呂を楽しみ、オレたちも風呂を出ることにした。
――休憩室を抜けると、ちょうどマイルとアヤナも上がってきたところだった。
頬はほんのり上気して、湯あがりの赤みが差している。
雫に濡れた髪が肩にかかり……なんだか、いつもより大人っぽく見えて。
(……っ!)
思わずドキッとしてしまった。
「どうしたの、スカイ?」
「い、いや! なんでもない!」
慌てて目を逸らしてしまうオレを見て、マイルが首をかしげている。
蒸気風呂を満喫したオレたちは、そのあと気になる屋台を回り、宿に戻った。
宿のラウンジでくつろぎながら、蒸気風呂の感想を言い合ったり、屋台で食べたふわふわのかき氷がいかに美味しかったかで盛り上がったりする。
「そういえば、蒸気風呂でおじいさんに会ったんだけどさ」
オレが何気なく話題に出すと、アヤナが首をかしげてから、ぱっと顔を上げた。
「もしかして……心当たりがあります。そのお店、知ってるかもしれません」
「有名な店なのか?」
「ええ。私が知っている店ならですが。明日、みんなで行ってみませんか?」
アヤナの提案にオレたちは即決で頷いた。
◇◆◇
――翌朝。
オレたちはアヤナに案内されて、中央通りにある大な店の前までやってきた。
黄色の大きな看板には、堂々とこう書かれていた。
『マイセン・ウイングワークス』
「……マジかよ。マイセンって……あのマイセンだよな? ちょっとした店どころじゃねーだろ」
レオンが呆れ半分に言い、オレも完全同意だった。
店に入ると、天井から壁までびっしりと飛翔船のパーツが並んでいる。
まるで飛翔船博物館みたいだ。
すると横から、聞き覚えのある声がした。
「おや、昨日の蒸気風呂におった……さっそく来てくれたのかの?」
「まさか、こんな大きな店だなんて……びっくりしました」
するとアヤナが一歩前に出る。
「マイセンさん。お久しぶりです」
「おお、確かトキハラの……」
「はい。アヤナです。いつも父がお世話になっています」
「いやいや、こちらこそ。君のお父上には助けられておるよ」
そう言いながら、マイセンさんはにこやかに奥の応接室へと案内してくれた。
「そうかそうか、トキハラの嬢ちゃんの知り合いだったとはのぅ」
「はい。オレもまさか……あのマイセンさんだったなんて思いませんでした」
「まぁ今は経営のほとんどは息子に任せておる。儂は趣味でパーツをいじっとるだけじゃよ」
そう言ってマイセンさんは豪快に笑った。
「――それで。今日は何か探しに来たのかの?」
「じつは……」
レオンが口を開こうとした、その時――。
コン、コン、とドアがノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは、執事風の使用人だった。
「どうした。接客中じゃぞ」
マイセンさんが眉をひそめて注意する。
「失礼いたしました。しかし至急、お伝えすべき用件でして……」
そう言って、使用人は一通の手紙を差し出した。
マイセンさんが受け取り、目を通す。
――次の瞬間、その顔色がみるみる変わっていった。
そして力なくソファへと腰を下ろす。
手から手紙と一緒に、数枚の写真がはらりとこぼれ落ちた。
オレたちも思わず視線を落とすと、そこに写っていたのは――。
椅子に縛りつけられた、一人の男性と幼い女の子だった。
空港で耳にした「空賊」の不穏な噂が、脳裏に蘇る。
(まさか……人質!?)
その確信と同時に、胸の奥がざわつき、背筋に冷たいものが走った。
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