第34話 見えざる災い
――翌日。
レオンはヴァルガス家の飛翔船を率いて、淵獣討伐に向かっている。
オレたちはその船団に帯同し、現地へと進む。
「レオン、気合入ってるね」
マイルがナビ席から話しかけてくる。
「ああ。パンツァー強化の条件でもあるし、レオンにとっては初めての実績を作るチャンスだからな」
「そうね……」
アヤナが小さくうなずいた。
「私もレースの世界で、いつも“結果”を求められているからわかるわ。その重さは、言葉にしなくても痛いほどよ」
人気レーサーとしてのプレッシャー。
たぶん、アヤナはいつも周りの期待と戦ってるんだろうな。
「でも大丈夫! いざとなったら私たちが助けてあげればいいんだから!」
マイルがそう言って気合を入れると、空気が少し軽くなった。
「アヤナの機体はまだ本調子じゃない。無理はすんなよ」
「もちろん。そこは承知してるわ」
アヤナのルージュは、エンジンコアの完全修復が終わるまでは大幅な強化を控えることになっている。
――やがて無線に連絡が入る。
「まもなく到着します」
レオンとオレたち三人、それからヴァルガス家の私兵一人で村長宅に向かった。
他の船は上空でホバリングして、周囲の警戒に当たっている。
出迎えたのは、珍しく若い女性の村長だった。
数年前、父親を淵獣討伐で亡くし、その後を継いで村を治めているらしい。
「要請を受けてくださり、ありがとうございます」
村長が深々と頭を下げる。
「ヴァルガス家として当然のことです」
レオンが一歩前に出て名乗る。
「レオン・ヴァルガスです」
村長はオレたちに視線を向けて、少し戸惑ったような顔を見せた。
「……失礼ですが、随分お若いのですね」
その言葉に、レオンはほんの一瞬表情を固くしたが、すぐに真っ直ぐ顔を上げて言う。
「この三人は学院の仲間です。今回はオレのサポートをしてくれます。実質的な討伐はヴァルガス家の私兵が行いますので、ご安心ください」
「そうでしたか……それなら安心しました」
村長の顔に安堵が広がる。
だがオレには、それが「お前たちじゃ不安だ」と言ってるように聞こえた。
横にいた私兵の一人が何か言いかけたが、レオンが手で制した。
自分がまだ若く、実績がないことを、レオン自身が一番理解しているからだろう。
「それで、淵獣の被害について詳しく教えてください」
レオンの声に、村長が表情を引き締めてうなずいた。
「はい。一ヶ月ほど前から家畜が襲われ始め……最近では飛翔船が追われることもありました」
村長の話を聞きながら、オレは拳を握る。
今のところ村人に直接の被害は出ていないらしいけど、このままじゃ時間の問題だ。
――村長の話を聞き終えたオレたちは、被害が出たという放牧地へと向かった。
そこは荒れ果てた光景だった。屋根には大きな穴が空き、柵は無惨に倒れたまま放置されている。
「……ひどいな」思わず声が漏れる。
「周囲を探索し、手がかりを探せ」
レオンがきびきびと船団に指示を出す。その声には迷いがなかった。
オレたちも地上に降り、畜舎の中を調べる。鼻を突く鉄臭い匂い。足元には家畜や、中型犬ほどの淵獣の死骸が転がっていた。
「淵獣の死骸を確認しましたが争った形跡はありませんでした」
私兵の一人が報告すると、レオンは真剣な目で頷く。
「争った形跡が無い?」
「奪い合ったわけじゃないってこと?」マイルが疑問を口にする。
「ああ、状況から考えてその線は薄いな。それに――」
レオンが死骸をじっと見下ろす。
「こいつら明らかに何かから逃げようとしている形跡がある」
「じゃあ……。家畜を襲ったところを、別の“何か”に襲われた……?」
レオンがうなずく。
風が吹き抜け、血の匂いをさらに強くする。背筋に寒気が走った。
(……まだ姿を見せていない“本命”がいるってことか)
「他の被害現場も確認したほうがいいんじゃないか?」
「そうだな、他も確認しよう」
レオンも同意してオレたちは二か所の被害現場を回った。
死んでいた淵獣は違うけど、状況はほとんど一緒か……。
そこへ、一人の私兵が駆け寄ってきた。
「レオン様! あちらで野犬の群れと思われる死骸を発見しました!」
「襲われた痕跡は?」
「ありません。ですが……不自然に綺麗に死んでいます」
「……他の現場と同じだな」
レオンが呟く。
ぞわり、と背中に冷たい感覚が走る。
(やっぱりこの状況……ただの淵獣じゃない)
その時、ノクティがオレだけに聞こえるような小声で話しかけてきた。
(おい、スカイ。その野犬の死骸、俺に調べさせてくれ)
「なにか分かったのか?」小声で問い返す。
(まだだ。ただ……最悪の事態かもしれん)
いつになく真剣な声色に、胸がざわつく。
オレはすぐにレオンへ伝え、ノクティを指輪から呼び出した。
オレたち四人とノクティだけで、野犬の死骸へと向かう。
ノクティは死骸を覗き込み、赤い瞳を細める。
「……やっぱりか。こりゃ最悪の状況だ。被害はこんなもんじゃ済まねえ」
「どういうことだ?」レオンが詰め寄る。
ノクティが振り返り、はっきりと口にした。
「こりゃ淵獣なんかじゃねえ。深雲獣だ。それも――最悪の〈ヴェノス〉だ」
「深雲獣!? ヴェノス……?」アヤナが息を呑む。
「ヴェノスってのは別名『厄災を振りまくもの』。体から毒の霧を撒き散らす、死神みてぇな深雲獣だ。しかも本来は自分の領域から出てこないはずだ。領域の守護者だからな」
「普通なら出てこない深雲獣が……なぜ?」
「おおかた無知なバカが、領域を荒らしたんだろうよ」
ノクティが吐き捨てるように言った。
空気が一気に重くなる。
オレは喉を鳴らしながら口を開いた。
「……もう一度、村長に話を聞いたほうがいいな」
――俺たちは再び村長のもとを訪ねた。
レオンが一歩前に出て切り出す。
「もう一度聞きたい。最近、この周辺で何か環境を変えるようなことをしていませんか? 遺跡や石碑を壊したとか……」
「遺跡……ですか? いいえ、特にそのようなものは。ただ――父の代から村をもっと豊かにしようと、周りの浮島を開拓していました。畑を広げたり、小さな鉱山を掘ったり……それが、そんなに大きな問題に?」
村長は小首をかしげながら、「なにか問題でも?」という顔で話す。
だがレオンが、鋭い声で割り込む。
「開拓の時、妙な石碑や、地面に埋まってた標みたいなもんを“片付けた”って報告はなかったか?」
村長は目を丸くし、思い出したように小さくうなずいた。
「……あぁ、確かに。畑を作る時に、変な模様が描かれた石柱のようなものが出てきて……“邪魔だから撤去した”と。私も使い道も無いですし、放っておくよりはいいかと許可を出しました」
(それだな……)
「ノクティ、どういうことだ?」俺は声を潜めて聞く。
(石碑……そりゃおそらく境界標だ。古代人が設置したヴェノスの領域を示す印だったんだよ。知らずに領域に入って、奴を目覚めさせちまったんだろうな)
オレはノクティから聞いた推測を村長に教える。
「そんな……! 私……村を豊かにするつもりで……逆に災厄を招いて……!」
村長が青ざめ、膝をついた。
「違う」レオンが力強く首を振った。
「村を豊かにしようとした結果だ。村を豊かにするのが村長の仕事なら、守るのは俺たちの仕事だ。ここからは俺たちに任せておけ」
村長が顔を上げる。
レオンは真っ直ぐに言い切った。
「ヴァルガス家の名にかけて、この村を守る。必ずヴェノスを討伐してやる」
その言葉に村長の瞳から涙があふれ、深く頭を下げた。
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