第33話 ヴァルガスの名の下に
――山の稜線が見えてきた。
鋼のようにゴツゴツした岩肌、その上を強風に煽られてはためく旗。
宝飾の街ルミナリアが眼下に広がっていた。
オレたちは今、レオンの実家に向かっている。
パンツァーのさらなる強化を頼もうとしたところ、条件として「ヴァルガス家の許可」が必要だと言われたのだ。
「なぁスカイ……本当に行くのかよ」
通信越しに聞こえるレオンの声は、落ち着いているようで、どこか硬い。
「行くしかないだろ。パンツァーを強化するには許可が要るんだからさ」
「……まぁな。でもよ……」
隣を飛ぶパンツァーの操縦も、どこかぎこちない。
その動きは、レオンの心の内を映しているように見えた。
(“期待されていなかったわけじゃない”ってわかったとしても……長年の苦手意識は、そう簡単には消えないんだろうな)
実際、レオンには兄ふたりのような実績はない。
あの時、工房でふと漏らした一言――「なんで俺なんだ?」。
その答えは、この先にあるのかもしれない。
「ふぅ……なんか緊張するね」
ナビ席のマイルが不安そうに息をつく。
「レオンのご両親って、やっぱり厳しい人なのかな?」
「そりゃ“武の家”だからな。その可能性は高いんじゃないか?」
「ぜってーヒゲもじゃだろ! 間違いないぜ!」
ノクティが根拠ゼロの予想をぶちかます。
「確かにヒゲは生えてるけどな!」
レオンが苦笑交じりに答えると、ノクティは「ほらな!」とドヤ顔で胸を張った。
そんな取りとめのないやり取りをしているうちに、ヴァルガス家専用の駐機場が見えてきた。
十機以上の飛翔船が整然と並び、制服姿の人々が慌ただしく動き回っている。
管制塔の頂には、黄金のライオンをかたどった旗が風を受けて大きくはためいていた。
「これは……ぼっちゃん!? おかえりなさいませ!」
着陸した瞬間、執事風の男性が駆け寄り、深々と頭を下げた。
「ぼっちゃん!?」
「ぶっ……ぼっちゃんって!」
(ノクティが腹を抱えて笑ってる。オレだって笑いをこらえるの必死だっての……)
「はあ……だから“ぼっちゃん”はやめろって言ってるだろ」
レオンが無造作に降り立ち、真顔で尋ねる。
「オヤジはいるか?」
「はい。本邸の執務室にいらっしゃいます」
「わかった。それと、この三人と一匹は学院の友達だ」
「なんと……おぼっちゃまのご学友の方々でしたか。レオンぼっちゃまが、日頃お世話になっております」
「あ、いえ。こちらこそ、レオンには助けられてます」
それから、オレたちは執事に案内されてレオンの実家へと向かった。
「へぇ……これがレオンの実家か」
「おっきいね!」
オレとマイルは、その規模に素直に感心する。
「さすがヴァルガス家……格式のある造りですね」
アヤナは感心の眼差しを向ける。やっぱり、お嬢様の目線はオレたちとは違う。
「ただ古いだけだ」
レオンは素っ気なくそう言った。
――広い中庭を抜け、石畳を踏みしめて歩く。両脇には整然と手入れされた庭木と噴水。
重厚な扉が開かれると、そこは武門の家らしい質実剛健な雰囲気が漂う広間だった。
広間を抜け奥へ進むと、執務室の扉の前にたどり着く。
「こちらでございます」
執事が一礼し、扉をノックする。
「入れ」
低く響く声が中から返ってきた。
執務室に入ると、机の奥に座っていたのは堂々たる体躯の男だった。分厚い胸板に鋭い眼光。顎にはレオンの言った通り、立派な髭が蓄えられている。
その存在感だけで、オレは一瞬息を呑んだ。
その横に、優雅な物腰で立つ女性が、品のある微笑みを浮かべてこちらを見つめている。レオンの母親だろう。
「……オヤジ」
レオンが一歩前に出る。
「はぁ……人前では“父上”と呼べと、何度言えばわかる」
低い声が執務室に響く。父の眉間に深い皺が刻まれる。
「まぁいい、久しいな、レオン」
当主の声は重く、言葉一つ一つが槍のように鋭かった。
「軍ではなく学院に行くといって出ていったはずだが――まさか仲間を連れて、こうして戻ってくるとはな」
当主の横にいた女性が静かに口を開く。
「ようこそ、ヴァルガス家へ。レオンの友人の方々ですね」
レオンの母親だろう。
柔らかい笑みの奥に、鋭い観察眼を感じて背筋が伸びる。
「はい。スカイといいます。こちらはマイルとアヤナ、それからノクティです」
思わず自己紹介をしてしまった。声がわずかに裏返っていたかもしれない。
「……今日はお願いがあって、戻ってまいりました」
レオンの声は低く、固い。普段の軽口は影も形もない。
当主の眼光がオレたちを順に射抜いていく。獲物を値踏みするような視線に、息を呑んだ。
(こりゃ……さすがに緊張するな)
「それで――察しはつくが、願いというのはなんだ」
レオンは拳を握りしめ、一歩前へ出る。
「“パンツァー”を強化する許可を貰いに来ました」
その声には、確かな決意が込められていた。
「パンツァーを……強化したい、か」
当主の目が鋭く光る。
「ならば力で示せ。――パンツァーがどんな意味を持つ機体なのか。“グライ”から聞いたのだろう?」
その視線が、オレの胸に輝く工房長のバッジを一瞥する。
「それは……はい。……あの、父上」
「言わずともよい。なぜパンツァーをお前に託したのか――それを知りたいのであろう?」
「……はい」
レオンの目が、不安と期待を宿していた。
「今は語らぬ。だが、試練を果たしたその時、強化の許可と共に教えてやろう」
「……わかりました」
レオンは落胆と安堵が入り混じった表情で答える。
当主はわずかに口元を動かし、話題を切り替えた。
「それで試練の内容だが――駐機場に飛翔船が並んでいたのを見たであろう?」
「はい。何かあったのですか?」
「近郊に淵獣が現れ、村を脅かしているとの報告を受けている。本来なら私が指揮するつもりであったが……」
当主はレオンを真っ直ぐに見据える。
「気が変わった。今回は――お前が部隊の指揮を執れ」
「え……! 俺が!?」
「そうだ。部隊を率い、淵獣を討伐してみせろ」
当主の言葉が重く響く。
レオンはしばし俯き、拳を握りしめていた。
そして顔を上げ、真っ直ぐに父を見返す。
「……わかりました。必ずやり遂げてみせます」
その声には迷いがなかった。
長年胸に積もっていた“劣等感”や“疑念”を抱えたままでも、それでも一歩を踏み出そうとする強さがあった。
――これは、レオン自身が答えをつかむための戦いだ。
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