第32話 受け継がれし両翼
――グラン工房でルージュを整備することが決まった翌日。
オレは、さっそく“ルージュ”のエンジンコアを調律していた。
アヤナも「見てみたい」と言って、すぐ後ろでじっと作業を見守っている。
「どうだ、順調か」
そこへ工房長が現れ、作業の進み具合を確かめに来る。
「あ、工房長。ちょうどよかった。アヤナも一緒に相談したいことがあって」
オレは作業の途中で気づいた違和感を話した。
「ルージュのエンジンコアなんですが……出力限界はすごく高いのに、どうも力がうまく流れていかない感じがするんです」
「ふむ、そのことか」工房長は腕を組み、うなずく。
「おそらく以前、調整した調律師の仕業だろうな」
「やっぱり……何か理由があるんでしょうか?」
「考えられるのは一つ。これ以上出力を上げると、コアが“暴走”する可能性があるからだ」
「暴走!?」
アヤナが青ざめる。
「ここを見てみろ」
工房長はコアの一部を指差した。
「……欠けてる?」
「ああ。無理な調整のせいか、それとも最初からかは分からん。ただ一つ言えるのは――こいつは普通のコアじゃない。おそらく、お前のルミナークと同じ“遺物”だ」
「どうだチビ」
「ああ、間違いないな。スカイのとは設計思想が違うけどな」
『それと……チビって言うんじゃねえ!』
ノクティが烈火のごとく叫ぶが、工房長は豪快に笑い飛ばす。
「実際ちっちぇえじゃねえか!」
「お前ら、大精霊様への敬意が足りなすぎるぞ!」
「ごめんなさい、怒らないでくださいティーちゃん」
(アヤナ、それは逆効果だって……)
ノクティはもはや怒りを通り越し、がっくりと肩を落としていた。
「……話を戻すがな」
工房長は真顔に戻り、コアを叩いた。
「この欠けが原因で力の流れが滞っている。普通のコアなら直せるが、これは正直、難しい」
その言葉にアヤナの顔が曇る。
「だが――」工房長の視線がノクティに向く。
「“大精霊様”の力があれば、あるいは……」
ノクティの耳がぴくりと動く。
アヤナは希望を見つけたように目を輝かせ、ノクティを見つめた。
ノクティはこちらをチラチラ見たあと、――諦めたように口を開く。
「はぁ……確かに俺様なら、なんとかなるだろうな」
「ほんと!? ティ……ノクティちゃん!」
(惜しいアヤナ、あと一歩……!)
ぎろり、とノクティが睨む。
「だが今は無理だぞ。いくら俺様でも無くなったものを復元することはできないからな」
「ってことは……コアの欠けた部分を探さないといけないってこと?」
「もしくは、それに変わるコアを探すかだな」
「それとだ……レオンの機体。確か“パンツァー”とか言ったか――あれのコアも“遺物”だぞ」
さらっと、ノクティが爆弾発言をする。
「えっ!? レオンの機体も!?」
「はぁ、遺物なんて代物は、本来そうそう転がってるもんじゃねえんだがな。お前らの周りは一体どうなってんだか……」
工房長は呆れたように頭をガシガシとかいた。
(偶然にしては、できすぎてるような……)
アヤナは小さく息を呑み、真剣な瞳で機体を見つめる。
「三機の遺物《飛翔船》ですか……私たちが出会ったのは偶然ではなく、星石の導きなのかもしれませんね」
その言葉に胸元の〈星石〉が、かすかに光を放った気がした。
工房長は深いため息を吐き、肩をすくめる。
「導きかどうかは知らん。だが、お前たちが“普通の探索者”で済む未来は、もう無さそうだな」
◇◆◇
その後、調理場で料理中のマイルと、工房の従業員と一緒につまみ食い役をしていたレオンを呼んで、改めて〈パンツァー〉を調べてもらった。
「……やっぱり、こりゃ遺物だな」
工房長が低く断言する。
「ほら見ろ、俺様が言ったとおりだろ!」
ノクティが胸を張り、ふんぞり返る。
その言葉に、レオンも思わず目を見開いた。
「……俺のパンツァーが、遺物……?」
工房長は機体の装甲に手を当て、まじまじと観察する。
「これは……ヴァルガスんとこの機体か?」
「えっ、わかるんですか?」レオンが驚いて聞き返す。
「ああ、探索者をやってた頃に、ヴァルガス家の機体を何度か見せてもらったことがある」
「ヴァルガス家って、確か白兵戦で名を上げた名門ですよね?」
アヤナが補足してくれる。
「へぇ〜、レオンって見かけによらずエリートだったんだね」
マイルがにやにやと茶化す。
「兄貴たちはな……でも俺は違う」
レオンは視線を伏せ、苦笑を浮かべた。いつもの調子とは違う、陰のある声音だった。
「俺は、兄貴たちと違ってオヤジに期待されてなかったからさ。長兄は軍で武勲を立てて、次兄は深雲獣の討伐で名を上げた。優秀な兄貴たちには最新鋭の機体が与えられて……俺に回ってきたのは、倉庫の奥で長く眠っていた、このパンツァーだけだった」
だがレオンは肩をすくめ、ぱっと顔を上げて笑った。
「まあ、そのおかげでお前たちと出会えたし、パンツァーとも相性がいいみたいで、結果的には良かったけどな!」
――コンコン。
工房長が無骨な手でパンツァーの装甲を叩き、レオンの言葉を否定するように口を開いた。
「“期待されてない”だと? 馬鹿言うな」
重い音が響くたびに、場の空気が引き締まっていく。
工房長の表情は真剣そのもので、低く力強い声が工房に落ちた。
「この機体はな……ヴァルガス家がヴァルガスであり続けるための〈飛翔船〉――」
ごつい指が装甲をなぞり、刻まれた古い傷跡を示す。
「初代ヴァルガスが戦場で駆った、幻の機体だ。数え切れぬ戦いをくぐり抜け、一族の誇りを背負ってきた“翼”なんだよ」
〈機体名:パンツァー・ヴァルガス〉
工房の空気が一瞬、静まり返る。
まるでその名が持つ重みが、場に圧し掛かってくるかのようだった。
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