第26話 もう二度と失わない
雲海の切れ間を抜けた瞬間、黒い影が眼前に飛び込んできた。
巨大な翼を広げた淵獣――飛行タイプの個体だ。
「来たな!」
「スカイ、右上からもう一体っ!」
マイルの警告と同時に、ルミナークを急降下させる。
すぐ後方を尾が裂き、雲を散らす。
「レオン、二時方向はたのむ!」
「了解! こっちは任せろ!」
ルミナークは急上昇から一気に旋回、淵獣の背後を奪う。
直後、レオンの機体が真横をすり抜け、青白い閃光を撃ち込んだ。
――轟音。
翼を撃ち抜かれた淵獣が悲鳴を上げ、雲海へと墜ちていく。
「一体撃墜、あとは任せた!」
ルミナークのスラスターが唸り、もう一体へ食らいつく。
エンジンから漏れる青白い粒子が尾を引き、淵獣へ向かって閃光が放たれる。
「キュルルルゥァアアッ!!」
次の瞬間、淵獣の片翼が弾け飛び、黒い影は悲鳴とともに雲の底へと沈んでいく。
「……よし、片付いたな」
「ふぅ……二人ともお疲れさま」
「うん、お疲れ様」
「余裕だぜ!」
俺はマイルとノクティに笑いかけて、ひとまず労った。
「レオンも、お疲れ!」
『おう、お前たちもな! いい感じだったぜ!』
雲海の向こうで、レオンの機体が軽く翼を揺らす。
ルミナークも応えるようにスラスターを一度噴かし、青白い光を尾に散らした。
「お疲れ様、いい連携でしたよ。今日はこの辺にしておきましょう」
いまオレたちは、アストラル・ナイツのメンバーとして、協会から受けた依頼で淵獣の討伐に当たっている。
学院に入学してから一週間。
ナタリー先生の指導のもとで、淵獣討伐のほか商隊の護送任務なんかもこなしながら、探索者としての実地経験を積んでいた。
最初は戸惑いも多かったけど、こうして少しずつ“実戦の空気”に慣れてきている。
「よし、メシにしようぜ!」
「いいな! メシだメシ!」
レオンの一声に、ノクティが飛び跳ねるように同意する。
ちなみにノクティのことは、ナタリー先生にも打ち明けてある。
最初は驚かれたけど、どうやらクラインさんから事前に聞かされていたらしい。
――やっぱり、あの人はオレの指輪の秘密を知っている。どこで知ったのかは分からないけど、プラチナランカーの情報網を考えれば不思議でもない。
◇◆◇
「今日はラーメンにしようぜ!」
アストリアに戻ってきた俺たちは、真っ先に街の食堂街へと繰り出した。
「ラーメンなら、“みいそ”がいいな」
「わたしは塩」
「こってり豚骨だろ!」
「だよな! 豚骨最高!」
レオンとノクティは気が合うね。
やがて湯気を立ててラーメンが並ぶ。
一斉に箸を構え、ズズッとすする音が響いた。
「うまっ……! ズズズッ!」
熱々のスープが喉を駆け抜け、体に染み渡る。
ノクティは箸が使えないので、マイルが小皿に取り分けてやっている。
「ここのラーメンは何度食べても飽きないな」
「レオンはほんとラーメン好きだよな」
「ああ、三食ラーメンでもいいぞ!」
「俺様はテリヤキなら毎日でもいいぜ!」
ノクティはギアベルグで食べたテリヤキに夢中で、戻ったときは必ずせがんでくる。
(あれは確かに美味からな……)
「アヤナちゃんとも一緒に来たいな……」
ふとマイルが箸を止め、小さくつぶやいた。
そうだ。アヤナは入学式のあと、探索者協会で別れて以来会っていない。
マイルは何度か連絡を試みているが、つながらないという。もちろんオレたちも心配していた。
そんなとき――店内のテレビからアナウンサーの声が飛び込んできた。
『ただいま入ったニュースによりますと、飛翔船レーサーのアヤナ・ホシカワさんが、行方不明になっているとの情報が入りました。続報が入り次第お知らせいたします』
ガタッ!
マイルが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、食い入るように画面を見つめる。
「え……アヤナちゃん!?」
オレたちも一斉にテレビに見入る。アナウンサーはアヤナの行方不明を繰り返すばかりで、新しい情報は何ひとつない。
胸の奥が一気に冷たくなるのを感じた。
「どうしよう……アヤナちゃん……」
マイルの声が震えている。
「――ナタリー先生に相談してみよう!」
オレがそう言うと、全員が力強く頷いた。
ラーメン屋を飛び出した俺たちは、学院の教員区画へと急いだ。
――学院の門をくぐると、どこか周囲がざわついているように感じる。
やっぱり、アヤナの件はすでに噂になっているのかもしれない。
ナタリー先生の部屋の前に立ち、ノックをするとすぐに「どうぞ」と落ち着いた声が返ってきた。
部屋に入ると、マイルが真っ先に口を開く。
「ナタリー先生! アヤナちゃんが……!」
声が震え、今にも泣き出しそうだ。
そんなマイルを見て、ナタリー先生は穏やかな声で言った。
「落ち着きなさい、マイルさん。――アヤナさんの件なら、こちらでも調査中です」
「……ほんとですか?」
「ええ。彼女は私たちのクランメンバーですもの。放っておくわけがないでしょう。全力で動いているわ、安心なさい」
ナタリー先生の言葉に、張り詰めていた空気がわずかに和らいだ。
けれど胸の奥に広がる不安は消えない。アヤナは今どこで、何をしているのか――。
「オレたちも捜索に協力させてください!」
だがナタリー先生は首を横に振る。
「クランメンバーが全力で動いていると言ったでしょう? 気持ちはわかるわ。でも冷静さを欠いた今のあなたたちが無理をすれば、二重の事故につながるわ。私だって放っておく気はないわ。だから冷静に動く必要があるの」
その言葉に、胸の熱が少し冷やされる。
確かに、今のまま突っ走っても足を引っ張るだけかもしれない。
それでも――。
「先生……アヤナはオレたちの大事な仲間で、友達なんです。だから、何でもいい。少しでもいいから、手伝わせてください!」
必死に訴えるオレを、ナタリー先生はしばらく見つめていた。
やがて小さく息をつき、真剣な眼差しで口を開く。
「……わかったわ。ただし――私の指示には絶対に従うこと。いいですね?」
「――はい!」全員の声が重なった。
(両親のことを思い出す。もう二度と、大切な人を失いたくない)
拳を強く握りしめる。
胸のざわめきはまだ消えないけど、それ以上に熱い決意が心を満たす。
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