第21話 協会期待のルーキー
実技試験第二部の開始が宣言されると、学院長とクラインさんは退出していった。
一方、アヤナは参加者ということで、そのまま会場に残っている。
――当然、有名人が近くにいれば、お近づきになりたい受験生は山ほどいる。
最初は一人の受験生が恐る恐る声をかけただけだった。
だが、次の瞬間には雪崩のように人の波が押し寄せ、あっという間にアヤナの周りに人だかりができる。
「あ、私ずっとファンでした! 握手してください!」
「写真撮ってもいいですか?」
「あの、レースの話とか聞かせてください!」
「――えっと、あの……」
さすがのアヤナも、押し寄せる受験生たちの勢いにタジタジになっていた。
そんな中、場の空気を割るように、一人の男が人垣の間に入ってくる。
どこか金持ちの坊ちゃん然とした雰囲気で、いかにも自信家という表情だ。
「こらこらぁ、キミたちぃ。アヤナさんが困っているじゃないかぁ」
「なによ、少しくらいいいじゃない!」
「お前、誰だよ!」
空気が少しピリつきかけたそのとき、アヤナが一歩前に出て、穏やかな声で言った。
「みなさん、ごめんなさい。今回は私も試験に参加させてもらいますので……準備の時間をいただけると嬉しいです」
それを聞いて、名残惜しそうにしながらも受験生たちは少しずつ解散していく。
残ったのは、先ほどアヤナをかばった男が勝ち誇ったような表情で立っている。
男の着ている服についている紋章には見覚えがある。
(……あれ、“第4ファクトリー”の紋章だな)
マイルが突然、場の空気も読まずに声をかける。
「アヤナちゃん、久しぶり〜!」
その瞬間、第4ファクトリーの男がすかさず割り込んできた。
「キミキミィ、さっきのを見ていなかったのかい? しつこいよぉ」
「え、でも……」
(さすがに、でしゃばりすぎだろ)と思い、オレも口を挟む。
「アヤナ、また会ったな」
「お前っ!」
第4男が何か言いかけたが、その声を遮るようにアヤナがこちらを見て話しかけてきた。
「マイルさん、スカイさん。校門の前で会った以来ね」
「うん! アヤナちゃんがこんな有名人なんて知らなかったよ」
「ああ、すごい人気だな」
「ありがとうございます。でも……やっぱり、たくさんの人に囲まれるのは少し疲れますね」
そこで第4男が横から口を挟む。
「あのぉ……アヤナさん、こいつらはぁ?」
「お友達よ。ね?」
「もちろん!」
「ああ」
第4男が苦虫を噛み潰したような顔でオレを睨む。
(いやいや、なんでオレが睨まれなきゃいけないんだよ)
「お二人は一緒に参加するの?」
「ああ、オレが操縦で、マイルがナビで参加する」
「アヤナは一人なのか?」
「ええ。私の機体は一人乗りですし……今までもずっと一人でしたから」
そのとき、一瞬だけアヤナの表情が曇ったように見えた。
「アヤナさん、そろそろ準備したほうがぁいいんじゃないですかぁ?」
「え……あ、そうですね。お二人とも頑張ってくださいね」
アヤナは微笑んで一礼すると、控室の方へと消えていった。
見送るオレたちを、第4男が凄い形相のままこちらを睨み続けているのが気になって仕方なかった。
(……あいつ、なんなんだよ)
オレたちも準備のため、ルミナークが駐機してある学院の駐機場へ向かった。
ここは試験のために受験生が使う機体が並べられている場所で、整備員や係員が慌ただしく動き回っている。
今回の配達任務の詳細はこうだ。
アストリア飛翔学院を出発し、十ヶ所あるチェックポイントのうち任意の五ヶ所を通過。その後目的地で配達完了証明を受け取り、学院へ戻ってくる――これをいかに速くこなすかが評価ポイントになる。
(注意事項には、チェックポイントの未通過はもちろん、危険行為は減点、最悪失格と書いてある)
単純な内容だ。だからこそ小細工は効かない。いかに効率良くルートを選び、確実にこなすかが肝になる。
「マイル、ルートの選定を頼めるか」
「オッケー、任せて!」
オレはルート選びをマイルに任せ、ルミナークの最終点検に取りかかる。
工具を手に計器のチェックをしていると――
「おい、お前」
不意に声をかけられ、チラッと振り向いた瞬間、相手が第4男だとわかる。
悪い予感しかしないので、そのまま無視して作業を続けた。
「おい、無視するんじゃない!」
「そうだぞ、ゾンターさんが声をかけているんだ。失礼だろ!」
取り巻きの一人が声を荒げる。
(はぁ……めんどくさいな)
「ああ、ごめん。気づかなかったよ」
「嘘をつくな! 目が合っただろうがぁ!」
「……で、何の用だ?」
できるだけ感情を乗せずに尋ねる。
「ちっ、生意気なやつだぁ。まあいい。――アヤナに近づかないでもらおう」
「断る」即答だ。
第4男――ゾンターの顔が、見る間に険しくなっていく。
「なんでオレがお前の言うことを聞かないといけないんだ?」
「俺を誰だか知らないのかぁ? 第4ファクトリーのオーナーの息子、ゾンター様だぞぉ!」
ゾンターが目を剥く。
「はっ、まさか第4ファクトリーすら知らないのかぁ? 田舎者めぇ!」
「……知ってるよ。飛翔船で有名なファクトリーだろ」
その返事に、ゾンターは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「わかっているならぁ、失礼な態度は控えることだなぁ。父さんに言って、お前を出禁にしてやってもいいんだぞぉ」
(ほんと、めんどくさいやつだな……)
内心でため息をついたそのとき、不意に背後から声がかかった。
「この飛翔船は君のか?」
振り向いた瞬間、息が詰まる。そこに立っていたのは――クライン。
「えっ? あ……はい、そうです」
プラチナランク探索者。
その存在感は、声をかけられた瞬間に場の空気ごと塗り替えてしまう。
鼓動が一気に早まるのを、自分でもはっきり感じた。
横を見ると、ゾンターも口を半開きにして固まっている。
「いい船だ。……もしかして、グランさんの機体かな?」
「ええ、そうですけど……わかるんですか?」
「ああ、もちろん。このグラン工房のステッカーもそうだが、俺が今乗っている船も、グランさんに作ってもらったものだからな」
「そうなんですね! 一年間、工房で働いていましたけど知りませんでした」
「はは、最近は国の依頼でリヴァリアを離れていたからな」
クラインさんは少し目を細めると、柔らかく笑った。
「もしグランさんに会うことがあったら、近々メンテナンスをお願いしに伺うと伝えてくれ」
「はい。試験が終わったら一度工房に戻るので、その時に話しておきます」
「ああ、よろしく頼むよ。しかし本当に良い船だ。それに――可愛いナビに、今は見えない相棒もな。……船と仲間を大切にするんだぞ」
そう言って僕の右手にある指輪を見る。
(……この人、指輪のことを知ってる!?)
「はい、もちろんです!」
「整備の邪魔をしてすまなかったな」
クラインさんはそう言って、視線をゾンターたちへ向ける。
「それに君たちも、こんなところで油を売っている暇があるのか?」
「し、失礼しますぅ!」
ゾンターたちは一礼し、逃げるように去っていった。
「それじゃあ君たちも、試験がんばれよ。期待している――協会期待のルーキー」
そう言い残し、クラインは静かに背を向けて歩き去っていく。
(……え? オレのこと、知ってる?)
クラインさんの姿が視界から消えると、駐機場のざわめきがまた戻ってきた。
各チームがそれぞれの機体で最終調整を行い、計器の音やエンジンの低い唸りがあちこちから響いている。
「スカイ、ルート決まったよ!」
マイルが手にしたメモを掲げ、笑顔で駆け寄ってくる。
「よし、じゃああとは――」
(おい、さっさと出発させろ。地上ばっかで飽きてきたぞ)
「……だから試験中ノクティはおとなしくしてろって」
係員の声が駐機場に響き渡る。
「受験生は五分前までに搭乗を完了してください!」
いよいよだ。
操縦桿を握る手のひらが、自然と熱を帯びる。
これが最後の試験だ。深く息を吸い込み、気持ちを引き締める。
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