星の記憶:EP03 アステールに潜む影を追って
「だから! 私にやらせてください!」
深宇宙方面艦隊旗艦 蒼穹の艦長室。
若い女性士官の声が、重厚な壁と天井に反響する。
部屋の片隅では壁面モニターが緩やかに航行データを流し、床下からは主機関の低い振動がじんわりと伝わってくる。
艦長席の背後には、強化ガラス越しに広がる漆黒の宇宙と、遠く光る青白い恒星が見えた。
「君の気持ちはわかる。しかし――危険すぎる」
「危険なのはわかってます!」
「……だが、アマギから君を託されている以上、無謀な任務には出せん」
応対しているのは、壮年の男性艦長。深宇宙艦隊の紺色の制服に、肩章の三つ星が光る。
眉間に深い皺を刻み、静かな声に抑えた苛立ちが混じる。
「私はもう十八です。自分の判断には責任を持てます!」
一瞬の沈黙。室内には、艦全体の低い駆動音と、窓の外でゆっくり流れる星々のきらめきだけが満ちていた。
やがて、艦長は深く息を吐いた。
「……わかった。例の宙域へ行かせることはできんが、調査チームには加えてやろう」
「ほんと?! おじさま大好き!」
「おいおい……艦内では“艦長”と呼べと言っているだろう」
そう言いつつも、表情にはわずかな苦笑が浮かんでいる。
「では――アマギ・ヒカリ少尉。貴官を深宇宙探査艦調査チームに正式配属する」
「――了解しました、艦長!」
その力強い声が艦長室に響き渡り、外の宇宙に輝く恒星がひときわ明るく瞬いた。
「……やったわ。これでパパの手掛かりを探せる」
ヒカリが父の乗った探査艦の消息を知ったのは――士官学校を卒業し、深宇宙方面艦隊への配属が決まった直後のことだった。
ヒカリの父――アマギ・ツカサは、「惑星アステール」の消滅宙域を調査中に消息を絶った。
軍の発表では、探査中に艦から発せられるエネルギー反応が突如として消滅したとされている。
この事件は世間を騒がせ、メディアに出演した専門家たちは「突発的なマイクロブラックホールの出現に巻き込まれた可能性が高い」と口を揃えた。
でも、そんなの信じられない。父の艦にはイクシオン製の最新探査装置が積まれていた。そんな現象の前兆を見逃すはずがない。
だから確かめる。それが彼女の最初の任務だ。
「よし、じゃあ早速、深宇宙探査艦調査室への配属手続きに行かないとね」
――ヒカリがまず向かったのは、深宇宙スペースコロニーにある深宇宙探査艦調査室の本部だった。
そのコロニーは、単なる軍事拠点ではない。外周を覆う巨大なリングの内側には、艦隊司令部や整備ドックが連なり、さらに内部には数百万人が暮らす都市圏が広がっている。
人工重力のかかった街区には高層ビル群、透明ドームの下に広がる農地や湖、そして恒星光を反射して昼夜を作り出す巨大ミラーが浮かんでいた。
衣食住すべてが完結する、自給自足型の超巨大コロニー――それが深宇宙方面艦隊のホームだ。
「失礼します! アマギ・ヒカリ少尉、深宇宙探査艦調査室への配属手続きに来ました!」
ヒカリは背筋を伸ばし、軍靴の音を響かせながら元気よく声を上げた。
応接デスクの奥にいた受付士官が顔を上げ、タブレットを操作しながら彼女を一瞥する。
「話は聞いているわ、あなたがアマギ艦長の娘さんね」
「はい、アマギ・ヒカリ少尉です」
「じゃあ、こちらの端末に情報を入力してもらえるかしら」
ヒカリは端末へ向かい指示に従い情報を入力した。
「はい、OKよ。――ようこそ、深宇宙探査艦調査室へ」
「今は他のメンバーが全員外出中なの。もうすぐ戻ると思うから、あのソファーで少し待っててくれる?」
◇◆◇
数十分後、自動ドアが開き八人がぞろぞろと戻ってきた。
ヒカリは立ち上がり、背筋を伸ばして元気よく挨拶する。
「本日よりこちらに配属されましたアマギ・ヒカリ少尉です。よろしくお願いします」
「話には聞いてたけど……ほんと若いのね」
「可愛い子は大歓迎!」
「こいつの言うことは気にしないでいいからな」
「よし、今日は歓迎会だ!」
「お前はただ飲みたいだけだろ」
「ぐふふ」
「……よろしく」
「ま、とりあえず自己紹介は後でいい。行くぞ」
こうしてヒカリを加えた十人は、行きつけの居酒屋へと向かう。
居酒屋に入ると、室長のシンジョウがグラスを掲げた。
「じゃあ改めて紹介しよう。わしが室長のシンジョウだ。それから時計回りに――マルコ、エステバン、リディア、デヴィ、ラシード、ヴォス、ミズキ、トウドウ。そして今日から仲間のヒカリ。これで男性六人、女性四人の十名が、我ら深宇宙探査艦調査室の顔ぶれだ」
「はい、改めてよろしくお願いします!」
紹介がひと通り終わると、室長が笑いながら言った。
「仕事の説明は明日からだ。今日はとにかく飲んで食って仲良くなれ!」
その言葉に場が一気に和み、あちこちで笑い声が弾ける。
最近あった面白い出来事の話から、推しているアイドルの自慢、果ては嫌いな艦隊士官への愚痴まで――話題はあちこちに飛び、テーブルの上は酒と料理でいっぱいになっていった。
――皿が片付き、酒もほどよく回ってきた頃。テーブルの端でマルコが声を潜めるように切り出した。
「そういえば、例の航宙ドローンが軍採用されたって聞いたか?」
「ああ、イクシオンの技術が使われてるって噂のやつだろ」ヴォスが言う。
「優秀だけど必ずブラックボックス部分があるって話よね?」
リディアが小声で言うと、ヴォスが頷いた。
「ああ、本当らしい。技術班ですら解析できない構造だとか」
「なんでそんな怪しい技術を?」
「性能は既存の数段上だし、しかも無償提供だ。それに――アステール事件でまた航路封鎖論を黙らせるためって噂もある」
“アステール事件”その名が出た瞬間、空気が少し張り詰めた。
「でも封鎖解除はイクシオンの連邦加盟条件だったんでしょ?」
「そうだ。惑星アステールには“種としての進化”に関わる何かがあるって噂だが、その“何か”が何なのかは誰も知らない」
「SNSじゃ“イクシオン黒幕説”まであるらしいぞ」
「……何それ!」ヒカリが身を乗り出す。
「事件直後、イクシオン艦隊が偶然あの宙域を通過してた。公式記録じゃ予定航路だが、事前に聞いたことはない。それに同型のプローブ試作機が事件数週間前に現場周辺で目撃されたって証言もある」
「マジか……怪しすぎる」
「でも全部噂だ。証拠は一つもない。……だから大声で言うなよ。耳の早い連中がいる」
笑いと酒の匂いの中、その一角だけ妙な緊張が漂っていた。
――やっぱり、アステール事件の裏には何かある。
父の艦の消失と、イクシオンの動き。偶然だなんて思えない。
ヒカリはグラスを口に運びながら、視線だけを窓の外の宇宙に向けた。
青白い星が、遠く小さく瞬いている。あの向こうに――答えがある。
(必ず掴む。どんな形であっても……)
乾杯の声と笑い声が再び耳に届く。
けれどヒカリの心の奥では、静かに火が燃えはじめていた。
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