第16話 探索者に必要なもの
倉庫の中には、シートをかぶせられたシャトルが五機、静かに並んでいた。
いずれも中型クラスで、使い込まれてはいるが整備状態は良さそうだ。
「調律をお願いしたいのは、この五機よ」
「了解です。それで……期限はいつまでですか?」
「できれば三日以内に仕上げてほしいんだけど、大丈夫かしら?」
「はい、問題ありません。じゃあ、一度工房に戻って器具を持ってきますね」
「ええ、お願い。あ、それと――何かわからないことがあったら、駐機場のスタッフに聞いてちょうだい」
「はい、わかりました」
そう言ってメイリッサさんは軽く手を振ると、背を向けて協会へと戻っていった。
残された倉庫には、静かな機械の気配と、調律を待つ五つの機体が佇んでいる。
さあ――オレたちの初依頼だ!
◇◆◇
一度工房に戻り、工具を用意したついでに、工房長へメイリッサさんのことを伝える。
すると工房長は「ああ、覚えておる」と懐かしそうに笑った。
「昔、あやつが受付嬢をしていた頃にワシの担当だったんだ」
今は支部長を務めていると話すと、工房長は驚きつつも、どこか嬉しそうな表情を見せたのが印象的だった。
――協会の倉庫に戻ったオレたちは、さっそく作業に取りかかる。
ひと通り全てのコアを確認してみたけど、状態は思ったより良く、二日もあれば十分終わらせられそうだった。
オレは作業に没頭し、慎重に調律を進めていく。
最初はマイルも興味津々で覗き込んでいたけど、ノクティが「腹が減った」と言うので「街を見てくるね」と言い残して出かけて行った。
「――ふぅ……今日はこのくらいにしておこうかな」
工具を置いて大きく息を吐く。
倉庫の外に目をやると、陽はすでに傾き、夕焼けが機体のシルエットを赤く染めていた。
「スカイ、お疲れー!」
軽やかな声とともに、マイルが戻ってきた。
その両腕には、見慣れない袋がいくつもぶら下がっている。
「……ずいぶん買い込んだね」
「だって、村じゃ見たことないものばかりなんだもん。気づいたら……ちょっと買いすぎちゃった」
そう言って、照れくさそうに笑うマイル。
ノクティはといえば、マイルのバッグから顔だけ出してウトウトしている。買い食いでもしてお腹いっぱいなんだろう。
「じゃあ、先にルミナークのトランクに積んでおいでよ」
「うん!」
マイルはぱっと表情を明るくし、袋を抱えたまま駆けていった。
夕陽の中、白い機体へ向かうその背中を見送りながら、オレはなんだか胸が温かくなるのを感じた。
オレも工具を片付けるとルミナークへ向かう。
「じゃあ今日はキリがいいから、一度工房に帰ってまた明日だね」
こうして初依頼一日目は無事に終了した。
◇◆◇
――翌日。
オレは朝から倉庫にこもり、黙々と調律作業を進めていた。
昨日は遊んでいた二人も、ノクティは最終チェック、マイルは「納品するなら綺麗な方がいいよね」と言って、張り切って洗機している。
作業は順調に進み、昼過ぎには五機すべての調律が終了した。
「予定よりもだいぶ早く終わったね」
「ああ、さっそくメイリッサさんへ報告に行こう」
最後に倉庫の掃除を済ませると、オレたちは探索者協会へ報告に向かった。
――協会のドアをくぐり、カウンターに立つ受付のお姉さんへ依頼の完了を告げる。
「……えっ、もう終わったんですか? まだ納期の半分ですよ?」
受付のお姉さんは、思わず眉を上げ、驚いた顔でこちらを見た。
「はい。思ったより状態が良くて、作業が早く進んだんです」
「……そうですか。それでは、支部長に報告してきますね」
そう言って、どこか疑わしげな視線を残しながら、協会の奥へと向かった。
――数分後、受付のお姉さんが戻ってきた。
「お待たせしました。支部長室まで来てほしいそうです、ご案内しますね」
「えっ、支部長室……?」
カウンター横の通路から奥へと案内される。
すると、周りの探索者たちがチラチラとこっちを見てくるのを感じる。
(あれ……なんか視線が痛い……)
「おい、あいつら何やったんだ?」って顔。
別にやましいことなんてないのに、こういうときほど落ち着かなくなるんだよな。
階段を登った先に重厚そうな木製の扉が現れる。
受付のお姉さんが軽くノックすると、中から優しい声が返ってきた。
「どうぞ、入って」
扉を開けた瞬間、外のざわつきが一瞬で遠のき、代わりに穏やかな空気がじんわりと広がってくる。
机の奥には――柔らかな笑みを浮かべたギアベルグ支部長のメイリッサさんが座っていた。
「二人とも来たわね。じゃあ、そこのソファーにかけて。依頼の報告を聞かせてちょうだい」
言われるまま、オレたちは四人は座れそうな大きめのソファーに腰を下ろした。
クッションが沈み込み、少し緊張していた体がふっと軽くなる。
「一応、報告は受けているんだけど……君たちの口から直接聞かせてもらってもいい?」
「はい、わかりました。五機のシャトルですが、思ったよりも状態が良くて、予定よりかなり早く作業を終えることができました」
「ふふっ、期待以上ね。正直、三日では難しいんじゃないかって思っていたのよ。――まあ、ちょっと厳しめの依頼もあるってことを知ってもらいたいと思っていたのだけど」
「そうだったんですか」
「でも……逆に私が驚かされちゃったわ。さすが、グランさんが認めた子ってことかしら」
メイリッサさんは、どこか嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、さっそく現物を確認させてもらってもいいかしら?」
「はい、もちろんです!」
オレが答えると、メイリッサさんはすっと立ち上がり、部屋を出る前にスタッフへ外出の旨を軽く伝える。
「じゃあ、行きましょうか」
階段を降り、協会のロビーを抜けると、探索者たちの視線が一斉にこちらへ向けられた。
――支部長と並んで歩く新人、なんて、そりゃ目立つに決まっている。
外へ出ると、目の前には黒を基調としたシャトルが停まっていた。
艶やかな機体は手入れが行き届き、陽の光を反射して眩しく輝いている。
「私専用のシャトルだから、気にしないで」
メイリッサさんは軽く微笑んでそう言った。
シャトルの移動は驚くほど快適だった。
室内は驚くほど静かで、揺れもほとんどない。外が見えなければ止まっているのかと勘違いするほどだ。
「ふふ、気に入った? 支部長になれば、こういうシャトルにいつでも乗れるわよ」
「いや、オレは……」
「――なんてね、冗談よ」
メイリッサさんは小さく笑ってから、ちらりとオレを見て微笑んだ。
◇◆◇
倉庫へは、ものの数分で到着した。
シャトルを扉の前に止め中にはいる。
「じゃあ、さっそく確認させてもらうわね」
オレたちと一緒に来たドライバーが、整備を終えたシャトルの動作を一通り確かめていく。
「どうかしら?」とメイリッサさん。
「はい、全く問題ありません。正直、これは驚きです」
「そう、ふふ……さすがね。二人とも、本当にいい仕事をしてくれたわ。大満足よ」
「えっと、私は何も……調律はスカイ一人でやってましたから」
マイルが自分は何もやっていないと主張する。
「でも、機体をこんなに綺麗にしてくれたのはあなたでしょ?」
「えっと……それは、まあ……でも、それくらいしか」
「そんなことはないわ」
メイリッサさんは、やわらかく首を振った。
「あなた、依頼主が綺麗な機体を見たら喜ぶだろうって思ってやったんでしょ?」
「はい……」
「そこに気づける探索者は、ほとんどいないのよ。もちろん、正式な評価は調律の出来で決まるけれど、依頼主の満足度は全く違ってくるわ」
『そして、そんな探索者には、必ず依頼が増えていくものよ』
マイルは少し照れたように俯いたけれど、口元はどこか嬉しそうだった。
「これで依頼完了ね。それじゃ、手続きがあるから一度協会に戻りましょう」
◇◆◇
協会に戻ると、受付ロビーが妙にざわついていた。
ざわめきはただの雑談じゃなく、どこか緊張を帯びている。
「……なにかあったの?」
メイリッサさんが、カウンターの職員に声をかける。
「あ、支部長、お戻りになられたんですね。実は――ギアベルグを表敬訪問中だった、カレントポートの大使の輸送船が、エンジントラブルで消息を断ちました!」
「!?……それで、協会に捜索依頼が来たってことね?」
「はい。ですが――」
職員は声を落とし、顔をしかめる。
「どうやら無人の空島に不時着したらしいのですが、救難信号が途中で途絶えてしまい、正確な位置がつかめていません」
「……わかったわ。探索者協会から、緊急依頼を出します!」
メイリッサさんの声が、ロビー全体に響き渡った。ざわめきが一瞬で静まり、視線が一斉に彼女へ向く。
「条件は――アイアンランク以上。そして、自分で移動手段を確保できる探索者に限定します!」
メイリッサさんの声が、ロビーに響き渡る。
「さらに、今回の依頼での貢献度に応じて、協会からの評価も加算します!」
その一言で、探索者たちの目の色が一斉に変わった。
協会からの評価加算――それは昇格や将来の高額依頼に直結する、喉から手が出るほど欲しい報酬だ。
次々にアイアンランク以上の探索者たちが名乗りを上げ、場は一気に活気づいていく。
オレとマイルは、その光景にただ唖然とするしかなかった。
そんな中、メイリッサさんがすっとこちらへ歩み寄ってきた。
「――君たちにも、指名依頼としてお願いしたいのだけど。どうかしら?」
「でもオレたちはまだカッパーランクですよ?」
「これは、教会ではなく“私個人”からの依頼よ」
メイリッサさんは少し声を落とし、真剣な眼差しで続けた。
「カレントポートの大使――彼女、昔の知り合いなの。それに、グランさんとも縁がある方なのよ」
「お二人の知り合い……なんですね」
「ええ。だから、信頼できる人に任せたいの」
その言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……わかりました。お受けします!」
メイリッサさんは安心したように微笑み、軽く頷いた。
――そのやり取りを遠くから見ていた数人の探索者が、ひそひそと何かを話している。
「おい、あれ……あいつら新人のカッパーだろ? なんで指名されてんだよ」
「しかも支部長から直々だぜ。何のコネがあるんだか……」
オレは、その声に気づくことなくメイリッサさんへ向き直った。
だが、背後では口元だけで笑いながらこちらを見ている探索者たちがいる。
その笑みは――祝福ではなく、どこか不穏な影を孕んでいた。
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