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星雲の飛翔士 〜アーティファクトの力で世界を巡る〜  作者: いぬは
【第2章】 《飛翔船購入編》
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星の記憶:EP02 惑星アステール

 ― 星歴3037年 ―


 窓の外には、漆黒の宇宙が広がっていた。

 どこまでも果てしなく続く、星の海。

 遠い星々が瞬くたび、時の狭間に取り込まれていくような感覚に包まれる。

 この空を、これまでどれほど多くの人類が見上げてきたのだろう――。

 そんな思いにふける間もなく、通信が鳴った。


「アマギ艦長。星界連邦司令部より、至急、司令本部への出頭を命じるとのことです」


「了解した。すぐに向かうと伝えてくれ」


 アマギはステーション内のオムニリフト《三次元エレベーター》に乗り、三次元的に構成された構内を滑るように降下していく。

 司令部へと続く通路は、壁面そのものが柔らかく光を放ち、空中には数多の情報ウィンドウが浮かんでいた。

 窓の外に広がる宇宙の闇とは対照的に、この場所には影ひとつなく、すべてが光に満ちている。


 やがて司令本部の扉がアマギの接近に反応し、静かにスライドして開く。

 中から漏れ出す光は、通路の白光とは違い、穏やかで落ち着いた輝きを放っていた。


 室内は円形の構造をしており、中央には戦略ホロテーブルが設置され、その周囲には数人の高官たちが集まっていた。


 アマギは一礼し、凛とした声で報告する。


「アマギ・ツカサ、命令により参上しました」


 一瞬の沈黙の後、中央に立つ一人の将官が静かに頷いた。


「さっそくだが、艦長。君に任せたい調査任務がある」


 将官はホロテーブルに指をかざし、ゆっくりと座標をなぞる。瞬時に空間に浮かび上がったのは、一つの惑星だった。


「〈惑星アステール:Ω018754〉の名は知っているな?」


 投影された惑星を見上げながら、彼は静かに問いかける。


「はい。もちろんです」


 今からおよそ千年前――惑星は破壊したものの旧深宇宙艦隊が壊滅し、わずかな移民船だけが生還した、未曾有の惨劇。


 将官は視線を落とし、短く息を吐く。


「最近、その宇宙域で異常なエネルギー反応が観測された。君に、現地の調査を依頼したい」


「たしか、あの航路は封鎖されていたはずでは?」


 問いに対して、将官はわずかに顔をしかめ、口調を落とした。


「ああ。だが、状況が変わった――」


「最近、星界連邦に加盟したイクシオンが、あの宙域の封鎖解除を加盟の条件として提示してきたのだ」


「イクシオン……機械生命種族、でしたか?」


「その通りだ。高度に進化した人工知性の集合体――“文明体”とでも言うべき存在だ」


 情報は知っていた。だが、それがなぜ今、問題の宙域と関係してくるのか。


「なぜ彼らは、あの宙域にそこまで執着するのですか?」


 問いには、やや間を置いての返答だった。


「――イクシオン側の説明によれば、〈惑星アステール:Ω018754〉には、彼らの“種としての進化”に資する何かが存在する可能性があるらしい。だからこそ、あの宙域の調査を強く望んでいる……というのが、彼らの主張だ」


「しかし、危険ではありませんか?」


 静かに問い返すと、将官は小さくうなずいた。


「ああ、その点については私からも再三進言した。だが、今の星界連邦は加盟宙域の拡大を何より優先していてな……リスクに対する感覚が鈍っているのは否めない」


 言葉を濁しつつも、その裏には苛立ちがにじんでいた。


「なるほど。それで割を食うのが、我々現場というわけですか……」


 皮肉めいた口調だったが、将官はそれを否定しなかった。むしろ、後ろめたさを抱えたような表情を浮かべ、こう続けた。


「すまぬ。その代わりと言っては何だが、今回の任務にあたっては、就航したばかりの最新鋭艦〈オルフェウス〉の使用許可がおりている」


「最新鋭艦〈オルフェウス〉……というと、例の、イクシオンから提供された技術を搭載した艦でしょうか?」


 将官は静かにうなずいた。


「そうだ。性能は実証済みだが……注意すべき点もある。イクシオンの技術の一部は、ブラックボックス化されていてな。内部構造も完全には把握できていない」


「ブラックボックス……ですか」


「おそらく、ブラックボックスによるリスクよりも、新技術を得る利益の方が上回る――そういう判断なのだろう」


「どちらにせよ、異常が観測された以上、調査しないわけにもいかぬのでな」


 将官の声には、達観とも諦めともつかない響きがあった。


「――任務は君に一任する。準備が整い次第、出発してくれ」


「はっ、承知いたしました。直ちに準備に入ります」



 ― 星界連邦軍 深宇宙探査艦 ―


「艦長、まもなく目的宙域に到着します」


「了解。メインモニターに映せ」


 投影された視界の先には、時の流れを忘れたような空間が広がっていた。

 千年前と変わらぬ、凍りついたような静寂。

 あの戦いの記憶だけを残し、宇宙は何事もなかったかのように、ただそこにあった。


「センサーの値に異常はないか?」


「異常は感知されておりません」


「よし、探査プローブの準備を」


「準備完了しています」


「目標へ向けて、探査プローブを発射」


 六機のプローブが音もなく目標宙域の中心へと進んでいく。


「艦長、目標中心付近にわずかな数値の乱れを検知しました」


 その瞬間――。


(っ……! 消えた!?)


「探査プローブ、全機ロスト!」


「どういうことだ? 破壊されたのか?」


「攻撃によるエネルギー反応は検出されていません」


 ――艦内には非常動議が発令され、全セクションでデータ解析が進められていた。

 その中で、艦橋の一角にいた情報士官が異常なログを発見する。


「――これは……やはり、“何か”が隠されていたと考えるべきでしょう」


 情報士官がホロテーブルに投影されたセンサーログの波形を指差す。


「このデータ、解析では“異常無し”と記録されていますが――実際には未知の空間波動をわずかに観測しています。しかも、しきい値が異常に高い。通常であれば即座に“異常”として検知されるレベルの変動です」


「誰がこんな処理を?」


 アマギ艦長の声が鋭く低く響く。


「ログ署名は“イクシオン内部プロトコル:Core-RX-ε”。

 ――連邦へ提供された新技術に、最初から組み込まれていた“暗号化された偽装プログラム”です」


「つまり奴らは……最初から、“見せたくないもの”を我々に見せないよう偽装していた……」


「我々がこの宙域に送り込まれることを、分かっていたとしか思えません」


 アマギは静かに立ち上がり、ロストしたプローブが向かった空間の中心へ視線を向ける。


 発光も、熱放射も、重力の揺らぎすら……センサーはすべて“存在しない”と判定していた。

 だが――あそこには“何か”がいる。

 見えていないだけで、確実に存在している。


 ◇◆◇


 ― イクシオン艦隊旗艦 ―


 イクシオン艦隊の高官と、技術者による極秘会談が行われていた。


「……計画は想定どおり進行していますか?」


「問題はありません。ゼロ・ポイントの“干渉体”は未だ動きを見せていない。調整フェイズは、予定どおり次段階へ移行可能です」


「星界連邦の探査艦に動きは?」

「艦隊本部に通信を試みているようですが、全てシャットアウトしております」

「では……あとは“干渉”が起こるのを待つのみか」


 イクシオンの代表者――その瞳は、ガラスのように透明で、感情の揺らぎは一切見えなかった。


 ◇◆◇


 ― 星界連邦軍 深宇宙探査艦〈オルフェウス〉 ―


「艦長! 星界連邦司令部との通信が断たれました! 外部からの干渉と思われます!」

「なんだと……妨害か。イクシオンの連中かもしれん!」

「現在、敵性シグナルの発信源を探索中です。割り出しにはあと数分かかります!」

「くそっ……! 全艦、即時撤退準備に入れ! この宙域を離脱する!」


 ――その瞬間。


「艦長、目標宙域から異常値を観測! ……まるで……あれは……」


 オペレーターの声が震える。


「あ、暗黒……」


 誰かが低く、息を呑むようにつぶやいた。


 そこに“あった”はずのものは、もうどこにもなかった。

 いや――“ある”という認識すらも拒む、完全なる“無”。


 光も、重力も、あらゆる反応もない。センサーは沈黙し、記録も拒絶する。

 それは深淵のごとき闇。

 存在を塗りつぶすその虚無が、静かに、だが急速に膨張を始めていた。


 境界は曖昧で、しかし否応なく広がっていく。

 見ているだけで、こちら側の現実が少しずつ侵されていく感覚――。


 何かが“始まってしまった”ことを、誰もが悟っていた。


 ――そして……探査艦〈オルフェウス〉は――“無”に飲まれた。

最後までお読みくださいありがとうございます。

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