第12話 ルミナーク誕生
ギアベルグに到着したオレたちは、さっそくグラン工房へと向かった。
「グランさん、戻りました!」
「おう。まずは荷物を部屋に置いてこい。それからだ……今後ワシのことは“工房長”と呼べ」
「はい、工房長!」
声をそろえて返事をしながら、胸の内は期待と不安でぐるぐるしていた。
オレたちの新しい部屋は、シンプルで必要最低限。でも、それがかえって“始まり”を感じさせてくれた。
給料は多少出すから、必要なものは自分で揃えろ――そう言われている。
荷物を置いたあと、オレたちは再び工房長のもとへ戻り、これからの仕事について説明を受けた。
まず、オレとノクティが任されたのは“エンジンコアの調律”。
これはコアの波長を合わせる繊細な作業で、専門的なスキルが必要になるらしい。
そのスキル――“波調制御”は、調律師の星石を工房長から一時的に借りて、ノクティに“調律師”へクラスチェンジさせてもらった。
そのとき、ノクティから“クラスチェンジ”の仕組みについて詳しく教えてもらった。
・一度就いたクラスは、今後自由に切り替え可能。
・ただし、星石のランクによって“記憶できるクラスの数”に上限がある。
・この能力は、スターリングの契約者にしか使えない。
(スターリング……か。こんな不思議な力を、自分が扱っているなんて、まだどこか現実感がない)
ノクティいわく、昔はこのクラスチェンジ技術も当たり前のように使われていたらしい。
一方、マイルはというと――本人の希望で、“キャビンと船体のデザイン”を任されることになった。
まずは、いくつかのデザイン案を考えて提出しろって言われたみたいだ。
工房長によれば、これまで女性向けの機体デザインには手を焼いていたらしく、ちょうどよかったんだそうだ。
それからもうひとつ。
昼食を食べていたとき、余った分をお裾分けしたのがきっかけで、食事の担当もマイルが受け持つことに決まった。
本人は――やる気満々のようだ。
◇◆◇
ギアベルグの夏は強い日差しと、空を渡る爽やかな風が印象的だった。
オレたち三人は、そんな季節の中でグラン工房での手伝い兼、修行を始めた。
工房の朝は早い。まだ陽が昇りきらないうちに作業場の扉を開けると、既に工房長の姿がある。
日中は交代でコア調整、飛翔船の部品について教えてもらったり、試験起動の確認などに取り組み、夜はマイルが作るあったかい夕食で一日が締めくくられる。
マイルの作る料理は、工房の他の職人たちにもすっかり評判になっていた。
昼時になると「店を開いてくれたら毎日通う」だの、「うちの息子の嫁に」だの、本気とも冗談ともつかない声まで聞こえてきた。
最初は戸惑いながらだった作業も、季節が移り変わるにつれ、自然と体が覚えていった。
◇◆◇
オレは調律作業において、特に“波調制御”の精度が評価された。
エンジンコアの波長に指輪を通じて共鳴し、律動を“整える”感覚を体で覚えていった。
「……このコアが、ここまで静かに回れば上出来だ」
そう工房長が口にしたとき、成長を実感できて心の底から嬉しかった。
一方で、マイルも着実に成果を出していた。
彼女が描いたキャビンデザインは、曲線を活かした柔らかく洗練されたフォルムで、工房内でも好評だった。
マイル本人は「まだまだ!」と謙遜していたけれど、工房長は密かに「実用と美観を両立できる稀有なセンス」と高く評価していたのをオレは知っている。
◇◆◇
年が明けて、だんだんと春の気配が感じられるようになった、そんなある日――
いつものように作業を終えたオレが休憩室で休んでいると、工房長が声をかけてきた。
「――ちょっと、来い」
案内されたのは、工房の地下。普段は鍵がかけられ、工房長しか入れない部屋だった。
「……ここは?」
「“特別なエンジンコア”の保管庫だ」
工房長は、中央の台座に置かれた銀色クリスタルへゆっくりと手を添えた。
それは、今まで見てきた他のどのコアよりも力強く、どこか品格のある佇まいだった。
「これを、お前に調整してもらいたい」
「えっ……オレが?」
「ああ。調律に関しちゃ、もう一人前だ。任せられる」
工房長はそれだけ言うと、静かにその場を離れた。
オレはしばらくその“特別なエンジンコア”を見つめていた。
ノクティも指輪から姿を現し、あちこちの角度からじろじろと眺めていた。
「これは……ただのコアじゃないぞ。密度、構造、力の流れ……これは確実に遺物だ」
「遺物……やっぱり、特別なやつなのか……」
――星石がかすかに共鳴している。まるで、その石が自分を待っていたかのように。
◇◆◇
苦戦しつつもコアの調律にも目処がついてきた、そんなある日――。
「……いよいよだな」
工房長がぽつりとつぶやく。
「え?」
「ここまで、お前たちは真面目に働いて、力もつけた。予想以上の働きだ。だから――来月から、お前たちの“飛翔船”を組み立てる」
「本当に……オレたちの船を……!」
「おう。そのためのコアを、もう調律しただろ?」
はっと息を飲む。
あの特別なコア――工房長があれをオレに任せた理由が、ようやくわかった気がした。
――いよいよ飛翔船の製作が始まった。
設計図を受け取ったとき、オレたちは思わず言葉を失った。
そこに描かれていたのは、これまでオレたちが見てきたどの飛翔船とも違う、流麗で力強い“未来の船”の姿だった。
「……これ、ルヴィナスにどこか似てるような」
オレがそう呟くと、工房長はわずかに口元を緩めた。
「当たり前だ。あの船と基本概念は一緒だ――昔、一度は諦めたワシが描いた“理想の飛翔船”の設計図だ」
それは、工房長が若いころ夢に描いた飛翔船の姿、誰にも見せたことのない構想図だったという。
その設計図はすごかった。
ルヴィナスにも採用されている“重力制御フレーム”が、急旋回や加減速操作を可能にし、パイロットへの負担を軽減。
新発想の“多層バリア構造”による既存技術を遥かに超えるダメージ軽減性能。
そして、これらの技術を実現する“特別なエンジンコア”による膨大な出力と無限のカスタマイズ性能。
「で、でもこんなすごい飛翔船、本当にいいんですか?」
オレがそう聞くと、工房長はいつものようにぶっきらぼうな調子で答えた。
「……この船は、“セルギオの野郎が持ち込んできたエンジンコア”を見て、はじめて“かたち”になったもんだ」
「セルギオさんが?」
「ああ。“これをスカイ君の船に使ってくれ”ってな」
工房長の声には、少しだけ重みがあった。
「正直、あの出力に耐えられる船なんて、現行のどこ探してもねえ。だが――この設計なら可能だと、ワシは判断した」
オレは言葉を失った。まさかセルギオ司令官が、ここまでしてくれていたなんて。
「セルギオはな、昔っからお前のことを知っていたみたいだぞ」
「え……?」
「詳しいことは知らん。ワシも聞いてねえし、詮索する気もない。――気になるなら、自分で聞くんだな」
そう言って、工房長は背を向けた。
残されたオレは、静かにエンジンコアへと目をやる。
そのコアの中心が、かすかに脈打っていた。
まるで、早く力を解放させてくれと、言っているかのように。
◇◆◇
製作は、工房総出の一大プロジェクトになった。
フレームの形成、回路の張り巡らし、調律済みのエンジンコアの設置――
作業が進むたびに、誰もが感じていた。これはただの船じゃないと。
「……本気を出したら、こいつ一隻で艦隊とやり合えるんじゃないか?」
誰かが冗談めかして言ったが、誰も笑わなかった。
冗談では済まされない力が、そこには確かにあった。
ただし、それを暴走させないように、エンジンコアには安全封印と出力制限が施されている。
“本来の力”はまだ眠っている。
◇◆◇
そして、ついに完成の日がやってきた。
格納庫の巨大な扉がゆっくりと開く。
差し込む朝陽の中、白銀の機体が静かに姿を現す。
鋭さとしなやかさを兼ね備えた流線型の船体。
船首から船尾へと続くそのフォルムは、まるで宇宙を翔ける流星のようだった。
誰もが息をのむ中、オレは一歩、機体の前へと進み出る。
指輪――スターリングが、力強く光を放つ。
それに応えるように、コアが低く共鳴する音を響かせた。
それは目覚めの音。ずっと待ち続けていた“主”との再会の合図。
オレはそっと、機体に手を添える。
その瞬間、船体から温かな“律動”が伝わってきた。まるで、オレの鼓動と――共鳴しているかのように。
「これが……オレたちの船……」
後ろから、マイルがそっと問いかけてくる。
「名前、どうするの?」
「……決めてる。ずっと前から」
オレは、空を見上げながら答えた。
『ルミナーク』
オレの両親ルークとルミナからとった名前だ。
この船となら、どこまでも行ける気がした。遥か遠く、まだ誰も知らない世界へ。
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