第11話 旅立ちの条件
ガレージの中へ足を踏み入れると、天井高く積まれた資材や部品の山。どこかの飛翔船から引き剥がしたようなエンジンが転がり、壁際には工具が整然と、けれど使い込まれた様子で並んでいる。
油の匂い、焼けた金属の熱気、遠くで鳴る機械の駆動音――そこは、職人の世界だった。
「で、お前さんたちは、自分の飛翔船が欲しいってわけか?」
「はい! オレたち、飛翔士になって世界中を旅するのが夢なんです!」
「世界中を旅する、か……」
――グランさんは、興味ありげにオレらを見つめた。
そして、ふっと視線をオレの右手へ移す。
「その前に、スターリング《星石》の中に隠れてるチビ。出てこい」
「なにぃ! チビだとぉ!!」
声を荒げながら、ノクティが指輪から勢いよく飛び出した。肩に乗ったその姿は、明らかに不満げだ。
(やっぱり……この人、指輪のことを知ってる……)
「あの、やっぱり指輪のこと、知ってるんですね?」
「ああ。前にセルギオんところの嬢ちゃんが、似たようなピンク色のちんちくりんを連れてたんでな」
「それ、レイナ艦長の精霊……ミスティですね」
「そんな名前だったな、たしか」
名前にはあまり興味無さそうにグランさんが頷く。
「あの、それで……飛翔船のことなんですけど」
「まぁ、慌てるな。まずはお前のスタークリスタル《星石》を貸してみろ」
オレは、いつも首から提げている星石をそっと外し、手渡した。
グランさんはそれを受け取ると、頭にかけていたゴーグルを目元まで下ろし、レンズ越しに慎重に観察を始める。
「ふむ……“ランクⅦ”ってところか。だが、何か……こいつは――」
「おい、おっさん。今はランクⅦって事がわかればいいだろ」
ノクティが小さく低く、制するように言う。
「……そうだな。わかったところで今はどうすることも出来んか」
グランさんはそれ以上を語らず、代わりに淡々と言葉を続けた。
「まぁ、これだけのスタークリスタルであれば、それなりの船を操れるだろう」
「本当ですか!」思わず声が上ずる。
「で、予算は?」
「えっと……今あるのは、三百万ゼニーです」
「……ふむ。その年でよく貯めたとは思うが、まったく足りんな」
言葉はきっぱりとしていたが、どこか試しているような笑みが、その口元に浮かんでいた。
「ま、船ってのはただ飛べりゃいいってもんじゃねえ。強度、推進力、操縦性、そして何より――相性ってもんがある」
「相性、ですか……?」
「そうだ。お前さんがこの先、どんな冒険をするかは知らん。だが、船ってのは、そいつを一緒にくぐり抜ける“相棒”だ。だからこそ、作る側としても、妥協はできねぇ」
グランさんは、ふう……とため息を吐き、腕を組んでオレを見た。
「……ってわけで、三百万じゃ足りん。最低でも三倍――九百万は欲しいところだな」
思わず声が詰まった。
九百万ゼニー。とても今のオレたちに出せる額じゃない。
「……そんな、大金……とても今のオレらには……」
思わずうつむいてしまう。夢が、急に遠ざかっていくような気がした。
そのオレの様子を、グランさんはしばし黙って見つめていた。やがて、重たい椅子をぎしりと鳴らしながら背にもたれ、小さく鼻を鳴らす。
「まったく、どいつもこいつも、無茶ばっかり言いやがる」
顔を上げると、グランさんはどこか呆れたようにつぶやく。
「セルギオの紹介状を持ってきたってことは、それなりに見込みがあるってことなんだろうさ。ったく、あの野郎も、面倒ごとを押しつけてきやがる」
そう言って、工具の並ぶ作業台を軽く指で叩く。
「どうしてもってんなら……しばらくここで、ワシの手伝いをしろ」
「オレが……グランさんの手伝いを?」
「そうだ。“エンジンコア”の調律作業をな」
グランさんは立ち上がり、奥の部屋を顎でしゃくった。
「ちょうど今、あるエンジンコアの試験をやってるんだが……これがまた厄介でな。他のコアの調整まで手がまわらん」
「エンジンコアの調整なんて、やったことないんですけど……オレで大丈夫なんですか?」
「繊細な魔力操作が必要な作業だ。だが、スターリングを使える“お前たち"なら問題ないだろう」
そう言って、ふっと視線をノクティに移す。
「どうだチビ。自信がねぇか?」
「チビじゃねえ!俺様がコアの調整ごときでビビるとでも思ったか!」
ノクティが威勢よく言い返す。
グランさんは口元だけで笑う。
「相棒はこう言ってるが、どうする?」
オレは、少しだけ笑って、しっかりと頷いた。
「わかりました。やってみます」
「とりあえず、一年だ。いいな?」
「はい!」
背筋を伸ばして返事をしたその時、マイルが横からそっと手を挙げた。
「あ、あの……わたしは何をすればいいですか?」
グランさんは一瞬だけ驚いた顔を見せ、それからすぐに渋い顔を作って言った。
「手伝いはこの坊主だけでいい」
「え?わたしたちの飛翔船を買うんですよ?当然、わたしも手伝います!」
言い返すマイルの目は、真っすぐだった。
グランさんは一瞬だけ面食らったように視線を逸らし、そして肩をすくめる。
「……好きにしろ。ただし、仕事は厳しいぞ。覚悟しとけ」
「はいっ!」
マイルはぱっと笑って答えた。その笑顔は、なんだか、オレの心まで明るくしてくれる気がした。
◇◆◇
その後、オレたちは一度ハイノ村へ戻り、グラン工房で働くための準備を整えることにした。
マイルのお父さんは、最初はやっぱり反対だった。
でも、マイルとお母さん二人の説得により、最終的には押し切られたらしい。
出発の朝。家の前で、マイルがに両親に挨拶をする。
「それじゃ、行ってくるね」
「スカイ君も……気をつけてね。マイルのこと、よろしく頼むわ」
「はい、任せてください!」
オレも背筋を伸ばしてそう答えると、お母さんは少しだけ目を潤ませて、笑ってくれた。
こうして、マイルの家族に見送られながら、オレたちは期待と不安を胸に、再び空へ――。
グラン工房へ向けて、旅立った。
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