第10話 職人の門は簡単には開かない!
オレたちは美味しそうな匂いに誘われて、その店の扉をそっと開けた――。
中に入ると、広くもない店内に職人風の男たちや地元の人々が談笑しながら食事を楽しんでいる。
「いらっしゃい! 好きなところに座っておくれ」と、朗らかな声が飛んできた。
現れたのは、明るく恰幅のいい女将さん。手際よく盆をさばきながら、誰にでも気さくに声をかけている。
カウンター越しに立ちのぼる湯気と、じゅうじゅうと鉄板で焼かれる音。
甘辛いタレの焦げる匂いが鼻をくすぐる。
オレたちは、カウンターにほど近い四人掛けのテーブル席に腰を下ろした。
「お待たせ、何にするんだい?」
元気な声とともに、恰幅のいい女将さんがやってくる。
「えっと、初めてなんですけど、この甘辛い匂い……何ですか?」
「ああ、それはうちの名物、“テリヤキ”だよ!」
「テリヤキにするかい?」
「はい! じゃあテリヤキ三人前お願いします!」
「三人前? 本当にそんなに食べられるのかい?」
「あ、大丈夫です」
マイルが胸を張って答えると、店主は目を丸くしてから、にやりと笑った。
「そっかい。じゃあ、ちょっと待ってな」
にっこり笑って、女将さんは厨房の奥へと戻っていった。
すると、マイルのカバンからノクティが顔を出す。
“まかせとけ、全部平らげてやるぜ!”とでも言いたげに、得意げな顔をしている。
「テリヤキかぁ。楽しみだな」
「うん、いい匂い……♪」
オレたちは明日からの予定をあれこれ話しながら料理を待っていた。
そのとき、ふとカウンターのほうから聞こえてきた男性たちの話し声が、自然と耳に入ってくる。
「しかしよ、グランさんを追い出すなんて、第4は何考えてんだか……」
「ああ。あそこが今みたいに有名になったのも、グランさんの功績あってこそなのにな」
「最近は金持ち向けの見た目重視な船ばっかで、性能は二の次らしいぜ」
「……なんだっけな。グランさんが最後に手がけた船。確か――」
「えーっと、第三艦隊の……ヘリオス級巡洋艦だったか?」
えっ、第三艦隊?
その名前を聞いた瞬間、オレは思わず耳をそばだてる。
彼らの会話に、聞き覚えのある単語が混じっていた。
「そうそう、あれはすごかったよな。見た目も斬新だったけど、それ以上にシステムが特殊すぎた」
「普通は、乗り手によって多少性能は変わるが……あれは、みんなが“異常”って言うほどだったらしいぜ」
「しかもそのシステム、グランさんと第三艦隊の艦長と二人だけで組み上げたって話だろ? 信じられんよな」
「そういやグランさん、最近は郊外に自分の工房を開いたらしいぞ」
会話を聞きながら、オレは司令官の言っていた“グラン”という人も気になったけど――それ以上に、「第三艦隊の艦長と二人」という一言が、胸に引っかかった。
(レイナ艦長――スターリング……)
その名を心の中でつぶやいた直後だった。
「お待ちどうさん、“テリヤキ”だよ。さあ、召し上がれ」
女将さんが笑顔で料理を運んできた。甘辛い香りが鼻をくすぐる。
「わぁ、美味しそう!」
「よっしゃ、早く食わせろ!」
「いただきます!」
箸で一切れをつまんで口に運ぶと、香ばしく焼かれた皮の下から、じゅわっと肉汁があふれ出す。シュオユとリミンの甘辛いタレが、鶏肉の旨みを引き立てていて、やみつきになる味だ。
「……うまっ!」
思わず声がもれた。隣でマイルも頬をふくらませ、目を輝かせている。ノクティは尻尾をぶんぶん振りながら、身を乗り出してきた。
「これ、あと三人前いけるよね!」
笑い合いながら箸を動かすうち、皿の上の照り焼きはあっという間に減っていった。香ばしく甘い香りは、食べ終えてもなお、食欲を刺激していた。
◇◆◇
昨夜、絶品の照り焼きを堪能し、ふかふかのベッドでぐっすり眠ったオレたちは、いまはグランさんの工房を目指して街を歩いている。
――どうしても、あの食堂で耳にした“グラン工房”の話が、頭から離れなかったからだ。
「ねえスカイ、聞いた話によるとこの辺だよね?」
「そうだと思うんだけどな……」
「おい……あれじゃないか? 少し気になる気配を感じるぞ」
「気になる気配?」
通りの喧騒から少し外れた、古びた石畳の道を進んでいくと、やがて一軒の工房が姿を現した。
黒ずんだ外壁、錆びた鋼板の屋根、重々しい鉄の扉。まるで何十年も前からこの場所に建っていたかのような風格をまとっている。
けれど、この工房が建てられたのは、つい最近のことだと聞いている。
――理由はすぐにわかった。
外壁に使われている板材には、古い飛翔船の翼だったものが流用されているし、屋根の鋼板も見覚えのある機体の装甲を叩き直した痕跡が残っていた。
要するにこの工房そのものが、かつて空を駆けた機体の“寄せ集め”でできているんだ。
それは見ようによっては粗末とも言えるけど、不思議と不快ではなかった。むしろ、飛翔船を知り尽くした職人が、一つ一つを選び抜いて組み上げた“機体への敬意”のようなものが、建物全体から滲み出ていた。
〈GRAN WORKS〉
入口の頭上には飾り気のない小さな鉄製の看板が掲げられている。
工房の中からは、リズミカルにハンマーを叩く音が聞こえてくる。
「すみませーん。グランさん、いらっしゃいますかー?」
声をかけると、店の奥から低く渋い声が返ってきた。
「おう、悪いが裏のガレージに回ってくれや」
オレたちはその言葉に従い、建物の脇を回り込んで裏手へ向かう。
ガレージには、一人の男がいた。
灰色の髪に、光の加減でふっと水色のメッシュが浮かび上がる。
赤い瞳はじっとこちらを見据えていて、誰に何を言われようと自分の信じた道を曲げなさそうな、そんな強い意志がにじんでいる。
「あの……グランさん、ですよね?」
「ああ、そうだが。お前さんたちは?」
「あ、オレはスカイ。隣がマイルっていいます」
「飛翔船を買いたくて、いろんなファクトリーを回ってきたんですけど……なかなかピンとくるのがなくて」
「それで、たまたまグランさんの噂を聞いて、訪ねてきました」
グランさんは腕を組んだまま、ちらとオレたちを一瞥した。
「悪いが、ガキの遊びに付き合ってる暇はねえんだわ」
その声はぶっきらぼうで、話を聞く気なんてこれっぽっちもなさそうだった。オレは思わずマイルと顔を見合わせる。
「い、いえ! 本気で探してるんです! 買う気も資金もちゃんとあります!」
必死に訴えかけてみるけど、グランさんはふんと鼻を鳴らすだけだった。
「そう言うやつに限って、飛翔船の何たるかを全く分かってねえ。そう言うのは、もううんざりなんでな」
このままじゃ話もできずに追い返される――そう思ったオレは、カバンの奥から一枚の封筒を取り出した。
「……あの、これを見てほしいんです」
「ん、なんだ……?」
グランさんが封筒を受け取って、中身を抜き出す。そこに書かれていたのは、第三艦隊司令官・セルギオの署名入りの紹介状だった。
「セルギオの……紹介?」
それまで仏頂面だったグランさんの眉が、ぴくりと動いた。赤い瞳が封筒とオレを交互に見比べる。
「……お前さん、セルギオの知り合いか?」
「はい。少しだけですけど……この前、任務の関係で会って、それで……」
グランさんはしばらく沈黙したあと、溜息まじりに頭をかいた。
「まったく、あの物好きが……また変なのに肩入れしやがって」
そうぼやきながらも、グランさんの態度は明らかに変わっていた。腕を組み直すと、ようやく真正面からオレたちを見据える。
「……よし。セルギオの顔を立てて、話くらいは聞いてやる。ついてきな」
そう言って、グランさんはガレージの奥へと歩き出した。
少しホッとしながら、オレたちはグランさんの後に続いた。
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