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第8話 私の書籍

 部活後、校門前で皆と別れてから約一時間後。


 私は一人で文房具店に寄り、足りない文房具――消しゴムとかを買ったあと、とある書店に寄っていた。

 場所は『山林道書店』。この近くでは一番大きい書店だ。


 中に入ると私は一目散に目的の場所へと向かった。


 向かったのは『限界領域の魔法銃使い』――ラノベ作品のタイトルであるその書籍が並べられている場所だ。


 積み上がっている本の数を見るとやっぱり感動する。

 この本のために作られたポップも同様、わざわざ書店員さんが作ってくれていると考えると、嬉しくなってしまう。


 私はパシャリとスマホを掲げて、特集コーナーの写真を撮った。


「ふう……」


 ――私は『限界領域の魔法銃使い』の作者『ハイルヴィヒ』だ。


 このことはまだ家族や出版社の人以外の誰にも知られていない。

 タイミングが合えば言いたいと思っている相手はいるけれど、今のところはその人以外の誰にも言うつもりがない――だって、恥ずかしいし。


 小学生の時から書きはじめた小説。

 いつしかウェブ小説投稿サイトに投稿するようになり、人気が出てきたところで、ある賞に応募した。


 私は大賞を取った。何がなんだかよくわからなくて、現実感がなかった。

 小さい頃からずっと夢見ていた小説家だったけれど、まさか中学生の時にデビューできるなんて思ってもいなかったから。


 そこからは目まぐるしくて、改稿作業などに追われ、必死になっているうちに私の書籍第一巻は刊行された。


 いきなりの重版だった。

 小さい頃、病気がちだった私をずっと気にかけてくれていた家族は皆喜んでくれた。今は体調も安定しているし、昔よりずっと元気だ。


 ――私、小説家になったよ。夢、叶えたよ。


 彼に、言いたい。


 でも、そう簡単に口に出せなくて。

 今は会話するだけでもやっと。


 今日だって、私の胸を……胸を……


「あ゛〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 自分で抱き寄せたとはいえ、なんて破廉恥なことを……。

 うう、彼はどう思ったかな。


 ただ、私は学校での彼のこと以外にも大きな悩みがあった。


 最新刊である『限界領域の魔法銃使い』四巻の帯に書かれている一行のコメント。


『作者ハイルヴィヒのサイン会の抽選コード付き』という文字。

 つまり、私のサイン会である。


 いやいやいやいや。

 まだ四巻しか出してないですけど?

 コミカライズもはじまったばかりだし、アニメ化もしていないのに新人作家の私がサイン会とか誰得!?


 でも、それをオーケーした私も私だけど……。


『やほー! ハイルヴィヒ先生! サイン会やるからよろしくねー!』


 入学式前に担当編集の網走乃々あばしりののこさんから電話でそう言われた。

 あの人は口調が軽くて、押せ押せの性格。

 私はそんな網走さんの強い性格に負けてサイン会の開催を承諾してしまった。


 でも網走さんは、私がよくわからない宣伝なども色々やってくれていて、売れ行きにもかなり貢献しているらしい。だから、彼女にも恩を返したくて承諾したんだけど……。


「はあ……」


 人付き合いが基本的に苦手な私は、極力人前には出たくなかった。

 だからサイン会はかなりプレッシャーだ。早く終わってほしい。

 というか、来てくれるお客さんがゼロだったどうしよう……私ショックで生きていけないかも……!?


 と、そんなことを考えている時だった。


「あー! クラウディアちゃん!」

「えっ」


 振り返ると、バインバインと核爆弾を二つ抱えた女がこちらに手を振って駆け寄ってきた。

 私の敵だった。


「えっと、香澄クラウディアちゃんでいいんだよね?」

「あっ、えっ……そうだけど……」


 爆乳を揺らしながら私に近づいてきたのは、彼と一緒にいた黒髪カチューシャの子だった。


「私、鹿見真幌! クラウディアちゃんのことは素直から聞いてたんだ! 今ここでバイトしてるんだけど、まさかいるなんて思わなかったよー!」

「す、素直!?」

「ん? どうかした?」

「い、いや……なんでもない……」


 なぜなぜなぜなぜぇッ!! 貴様が素直を下の名前で呼んでいるッ!!

 私だってまだ呼べていないのに……この淫売爆乳女がぁッ!!


「今度素直に紹介してもらおうと思ってたんだけど、ちょうど良かったよぉー!」

「そ、そうなんだ……っ」


 近い、距離が近い。

 この子何なの? パーソナルスペースというものがないの?


「あ、私のことは気軽に真幌って呼んでねー! で、クラウディアちゃん、もしかしてラノベとか読む人!? ここにいるってことは『魔法銃』好きなんだよね!?」

「あっ……ええと。うん、好きだけど……」


 グイグイくる系の相手は苦手だ……いや、昔は彼もグイグイ来ていたけど、彼は私のことを全部肯定してくれたから……。


「えー! そうなんだぁ! クラウディアちゃんってすっごい美人だから、こういうジャンルはイメージなかったけど、嬉しいなぁ。私もラノベとか大好きだからさっ。ほら、このポップ、私が作ったんだよ!」

「え……?」


 爆乳女が指差す先のポップ。

 そこには、は『発売後すぐ大重版! 私のレーヴァテインが唸る!』と書かれていて、主人公のリリアと愛銃であるレーヴァテインの絵が描かれてあった。


「どう? 結構頑張って描いたんだけど……」

「えっと…………うまい……」


 え、なに。この子が作ってくれたの?

 すごい愛情を感じる絵なんだけど……てか、絵がうますぎるし、なにこれ。

 …………好き。


「うれしー! 『魔法銃』は今人気だし、私も好きだからこうやって貢献したいんだっ!」

「あ、ありが……」

「え?」

「アリゲーター!!」

「何言ってるの?」


 危ない危ない。作者としての嬉しい気持ちが溢れてしまって、感謝を伝えるところだった。

 ふう。相手は素直を誘惑している駄肉淫売女だ。絶対に心を許してはいけない相手なのだ。


「ってことで、連絡先交換しよー!」

「え………………うん」


 ぬおおおおおおっ!

 私何やってるのよぉっ!


 ポップを作ってくれたことが嬉しかったからか、私は彼女のお願いを断れなかった。連絡先を交換するつもりなんてさらさらなかったのに……。


「って、『魔法銃』買って行かないんだー?」

「も、もう持ってるから……」


 献本されたやつ、発売前から持ってたし。

 今更買う必要なんてない。特典SS書いたのも私だし。


「そうなんだ! それじゃあまた! 学校で会った時はお喋りしようねー!」

「…………」


 私は返事をせず、コクリと頭だけ縦に動かした。

『魔法銃』シリーズの確認も終えたし、私は『山林堂書店』から出た。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。私は就寝前に日課である日記を書いていた。


『今日は目まぐるしかった。


 彼はなぜか私が思っていたスポーツをしていなかった。

 でもそのお陰で長く一緒にいられることになった。とってもとっても嬉しい。


 再会してからはずっと好きが溢れてくる。

 どんな彼も愛おしく見えてしまう。


 昨日も好き。今日も好き。明日も好き。

 直接は言えないから、私は好きを綴るのだ。


 長い間会っていなかったから、知らないことばかりだ。

 だからこれからは、私の知らないあなたをたくさん見せて欲しい。

 全部全部、好きになってみせるから……。


 そして、もう一つ。

 今日は最大の敵と接触した。


 相手は人類破壊兵器を二つも所持していて、私の武器ではまるで太刀打ちできなかった。

 敵のはずなのに、距離感が近くて色々と流されてしまった。

 私は本当に弱い人間だ。


 でも、いずれあの敵には勝たないといけない。

 私が彼と結ばれるためには、あの凶器に勝る武器を手に入れなくてはいけないのだ』


『ジニアな私と最愛の彼』を書き終えた私は、投稿ボタンを押した。


 すると、すぐにコメント通知がくる。


『凶器を持っている敵?』

『いきなり物騒になったけど大丈夫?』

『ジニアの武器か……愛の深さじゃね?』

『ほら、やっぱり体を使って魅了するしかないんだよ!』

『武器って、なんのことはわからないけど、男ってチラリズムが好きだよ』

『わかる! やっぱりチラリズムだよな!』


 へえ、チラリズムか……。

 といっても、チラリズムって何をすればいいのよ。


 私はスマホでチラリズムについて検索してみた。


「ふむふむ……チラリズムは単に露出するんじゃなくて、隙を与えることで相手の想像力を刺激すること、かあ」


 さらに調べると、チラリズムにも色々あるらしい。

 襟元から胸がチラ見えしたり、スカートからパンツがチラ見えしたり、服の裾からヘソがチラ見えしたり、袖の隙間から脇がチラ見えしたり……。


 私は姿見の前でパジャマをめくってみると、ちらりと自分のヘソが鏡に映し出された。


「…………って、こんなこと意図的にやってたら、ただの変態じゃない!」


 私はチラリズムに頼るのをやめた。


「そういえば、私って素直と一緒の学校に通ってるんだよね。今思えばすごいことだ……明日は体育の授業だし、素直のかっこいいところ見れるのかな」


 明日ははじめての体育の授業。

 彼は小さい頃、サッカーをしていた。だから、スポーツもある程度できるはず。


 私は彼がサッカー部に入るものだと思っていた。でもなぜか文芸部に入って小説を書くらしい。想像とは違っていたけれど彼が決めたことだ。その道に進むなら応援したい。


 そんな事を考えていると、私は遠い記憶を思い出した。


「――そういえば、素直のお父さんって小説家だったよね」







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