第7話 書店員
文芸部の部室から出ると、俺たち四人は玄関まで一緒に歩くことになった。
俺はこの機会を使い、奥村さんに気になっていたことを聞いた。
「ねえ、奥村さんって言ったよね」
「ちまり」
「え?」
「ちまりで良い」
「じゃあ、ちまり……まよせんの家の子って、先輩が言ってたんだけど、あれ、どういう意味?」
そう、ちまりは奥村であり、京本先生は京本。
名字が違えば家族なのか疑ってしまう。それなのに家の子なんて言われていた。
「まよりちゃんは遠い親戚……色々あって、一緒に住んでる」
まさか通っている学校の先生と一緒の家に住んでいるとは驚きだ。
「ああ、親戚だったのか。まあ、家が遠いとかいう人もいるだろうしな」
「そういうのじゃないけど……」
これ以上詳しく聞くのはデリカシーに欠けるだろう。
俺は口をつぐみ、ツッコむことをやめた。
すると今度はちまりの方から質問をくれた。
「越智は小説、好きなのかー?」
「うん、好きだよ。きっかけは色々あるけど、小さい頃に読んだ『メリー・ポッター』がはじまりかな」
――ドタンっ。
ちまりと話している横で、突然香澄さんがカバンを落とした。
すぐに拾い上げると「気にしないで続けて」と言った。
「先に小説を読んだというよりも映画を見てから先が知りたくなって読みはじめたって感じかな。それに、映画ではカットされたシーンもあるって親から聞いたからさ」
「そうか。じゃあファンタジーが好きなんだな」
「そうなんだよ! 現実世界では表現できない空想が好きなんだ! なんというか、俺はそういう設定を作ることも苦手というか……でも、小説自体は好きだから、何かできないかなって考えた時に、ラブコメも好きだからラブコメ書いてみようかなって思って……」
「越智、めっちゃ喋るね」
「あぅっ」
やっちまった。俺の内なるオタク魂がバーニングファイヤーしてしまった。
好きな話をすると、いつもこうなってしまう。
通称『メリポタ』は超名作。
海外の作者が書き上げた魔法学園モノのシリーズ。眼鏡が特徴的な主人公の少女であるメリー・ポッターが魔法を学び、悪に立ち向かっていく話だ。
映画化され、日本でも上映。翻訳された書籍も大ヒットしていて、俺はこの『メリポタ』の素晴らしさに触れて、小説が好きになったのだ。
いや、本当はもっと前から小説に触れる機会があったのだが、興味を持ったのは小学生で『メリポタ』を読みはじめた時からだった。
「ふふっ」
「ん?」
急に笑い声が聞こえた気がして振り返る。
そこにはもちろん香澄さんがいたのだが、俺が見た時には無表情だった。
ふむ……。
「越智はそれだけ小説が好きってことだ」
「あ、あぁ……そうだな」
初対面で恥ずかしいところを見られたかもしれない。
俺は自分の顔が熱くなり紅潮しているのがわかった。
「素直っちにクラウちん、ちまりんもバイバーイ!」
「おー。じゃあなー」
「そ、それじゃあ……っ」
「皆、またね!」
俺たち四人は校門前で別れた。
「クラウちん、かあ…………」
結局性別がわからない、るいるいからのいきなりのあだ名呼びには驚いたが、その中でも香澄さんへの『クラウちん』という呼び方がどこか気になった。
というか女性に対して『ちん』ってありなの?
今日の香澄さんの不可思議な態度には戸惑った。一緒の部活になったことだし、嫌われていないといいんだけど。
背中を見送るちまりは小さくてふらふらと歩いている様子からちょっと心配にはなるけれど、あれで今まで生きてきたのだから、余計な心配は必要ないだろう。
◇ ◇ ◇
そうして一人帰路についた俺は部活後に行こうと思っていた場所があった。
その場所は学校から徒歩で約二十分。
最寄り駅にほど近い場所に構えられていたのは大型書店である『山林堂書店』。
俺はその場所に寄った。
両開きのスライドドアを開けると、目の前に広がっていたのは数えきれないほど大量の本が並べられた書棚。
首を振りながら目的の場所を探して歩いていくと、あるコーナーを見つける。
「さすがは大型書店……ラノベも充実してるな」
辿り着いたのはラノベコーナーだ。
最新作から古い作品まで取り揃えられており、イラストレーターによる美麗な絵が描かれた表紙にインパクトあるタイトル。
その中でも一際目立っていた特集が組まれたコーナー。
銃を持った可愛い女の子が表紙に描かれたそのタイトルは『限界領域の魔法銃使い』。
『このライトノベルがエグい一位』『今話題沸騰』『累計百万部超え』など、書店員が作ったと思われるポップが飾られており、書籍が何十冊にも積み上げられていた。
俺がそのラノベを手に取ろうとする前にも、何人かの客が本を手に取りレジに持っていった。
このように一連のことから、今話題の人気作だとわかる。
現在四巻まで発売されているこの『魔法銃』シリーズは、発売前から小説投稿サイト『小説家になれよ!』や『カケヨメ』に投稿され、大きく話題となっていた。
そうしてその後、とある出版社の賞で大賞を取り、作者である『ハイルヴィヒ』は華々しく小説家デビュー果たした。
俺は発売されたばかりの四巻を手に取り、他のラノベもチェックしようと他の本棚もじっくりと眺めいていった。
「――お客様にはこちらの『勝ちヒロインなんて全員滅べ!』という作品がお勧めだと思うのですが、どうでしょうか〜?」
明らかに客に対する口調ではない話し方で声をかけてきた店員がいた。
振り返るとそこにいたのは俺の幼馴染である鹿見真幌だった。
「客にはちゃんと対応しろよな」
「他のお客様には丁寧に対応してます〜っ」
真幌は口を尖らせてそう言った。
『山林堂書店』の緑のエプロンはいつも身につけているカチューシャとも相性ばっちりでとても似合っていた。
それにエプロンをしようとも、その爆乳は隠せていないらしく、胸元に書かれた『山林堂書店』文字が歪んでいた。
「……それにしても、働いたばかりなのに様になってるな」
「まあ、実家で鍛えてたからね」
「見た目はそうだけど……あそこは変わった人しか来ないだろ」
真幌の実家の書店はこういう大型書店とは全く違う。
子供から老人まで訪れる『山林堂書店』とは客層も比べられないだろう。
だから、対応だって変わるはずだが、その雰囲気だけで新人店員だとは誰も思わないだろう。
「まあまあ、私って何でもできるから」
「羨ましいこった……んで、『ヒロほろ』か。まだ読んでなかったんだよなこれ」
真幌が手に取っていたのは、こちらも最近話題沸騰中のラブコメ作品である『勝ちヒロインなんて全員滅べ!』――通称『ヒロほろ』。
出てくる可愛いヒロインの恋が全員成就していき、主人公だけが取り残されていくといった内容。それ故に主人公は「ヒロインは全員滅べ!」が口癖なのだが、徐々に主人公も恋をしていくらしい。
「ほら、素直ってちょっと卑屈なところがあるでしょ? 多分、この主人公に共感できるんじゃないかなって」
「お前なあ……」
人をディスりながらお勧めの本を紹介するなど、書店員としてどうなのか。
まあ、幼馴染の俺が相手だからだとは思うが……。
「それはまだいいや。とりあえず『魔法銃』買ってくるから」
「あ、そうだこれ見てよ! このポップ、私が作ったの!」
「へえ〜」
真幌は『魔法銃』シリーズのポップの一つを指差した。
そこには『発売後すぐ大重版! 私のレーヴァテインが唸る!』なんて書かていて、主人公の女の子と魔法銃の絵が一緒に描かれてあった。
無駄に絵がうまい……。
「じゃ、真幌の顔も見れたし、もう行くわ」
「え〜! それって私に会いにきてくれたってことー!?」
「いや……だから行くって前に言ってたろ。それに目的は『魔法銃』だし。お前の顔とかそういうんじゃねえ」
「ほれほれ〜。照れない照れない」
真幌は俺の体を指でつついて茶化す。
確かにバイト先でうまくやれているかという心配はあった。
でも、心配する必要がないくらい笑顔で仕事をしていた。
俺は真幌に別れを告げ、レジで本を買うとそのまま書店を出た。