第5話 文芸部②
ずぶ濡れの制服姿で現れた少女――前髪が重ためな桃髪にその小柄な容姿は、小学生と見間違えてもおかしくない。ランドセルが似合いそうな女子だった。
おかしくないのだが…………デッッッッッッッッ!?
G……いやH……ワンチャンI……Jもあり得る!?
小学生くらい小柄なずぶ濡れ少女は、真幌以上に実ったデカメロンを所持していた。
それを考えると、とてもじゃないが小学生には思えなかった。
しかも濡れたおかげでシャツから下着が透けてしまっていて――
「み……」
「み?」
「見るんじゃないわよぉっ!!」
「ぐえぇっ!?」
いつの間にか俺の前にいた香澄さんが指を突き出して目潰ししてきた。
いだい……まだ会って二日目なのにこの仕打ち酷くない? 俺たちまだそんな距離感じゃないよね?
「やほろんっ! ここ文芸部? って、この状況なに?」
すぐ後ろ。同じく入口に立っていたのはレイヤーが入った青髪を肩下まで伸ばした可愛らしい顔の女子生徒だった。ブレザーではなくカーディガンを羽織っており、今日から授業がはじまったばかりなのに既に制服を着崩していた。
ずぶ濡れ少女と目潰しされてうずくまっていた俺。
この状況を見れば誰でも驚くような反応になるのは当然だろう。
「あちゃー、ちょっとタオルで拭いてからにしようか」
「……はい」
椎木先輩がずぶ濡れ少女を心配し、カバンからタオルとジャージを取り出した。
俺が気を遣って目を押さえながら部室の外に出ると、中に戻った時にはずぶ濡れ少女は『椎木』と胸に刺繍されたジャージを着ていた。
ただ、サイズが全く合っていなかった。
腕は余りまくって萌え袖になっているし、胸元はパツンパツンだった。
いや、胸はどのサイズのジャージを着てもああなるかもしれない。
ちなみにずぶ濡れになった原因は用務員さんが掃除で使っていたバケツにつまずいて、ころんだ表紙に頭から水を被ったそうだ。
どんなことをしたら、そんな状況になるというのか。かなりのおっちょこちょいらしい……。
四人全員が着席すると、椎木先輩がホワイトボードの前で話しはじめた。
「――じゃあ改めて。四人とも、坂館高校文芸部へようこそ!」
明るい声音が部室に響いた。
「実は文芸部員は私だけ! いやー、皆が来てくれて助かったよー。なんせ部活として認められるのは五人からだからね」
ギリギリじゃん!?
部として成立してなかったら、これどうなってたんだ?
研究会でも部室って使ったままで良いんだろうか……ともかく一安心はしたけど。
「この坂館高校文芸部が普通の文芸部ではないことはチラシや学校のホームページなどを見て、すでに理解していると思う」
そう、この文芸部は椎木先輩の言う通り、ちょっとした特徴があるのだ。
もちろん他の学校でも似たような活動はあると思われるが、この文芸部は特に、というわけだ。
「正直、高校生の分際で何を言っている、なんて周囲には思われるかもしれないけど、それなりに真剣に活動しているつもり。卒業した三年生は結構凄かったんだよー」
椎木先輩は水性マジックを持つと、ホワイトボードに文字を書き込んでいった。
黒いインクで書き出されたのは『文芸部』『デビュー』『人気小説家』といった文字だった。
そして、この文芸部の目標が明らかになる。
「私たち文芸部の目標は、面白い小説書き、書籍化し、売れっ子小説家になること。一般文芸でもラノベでも何でもいい。それがこの坂館高校文芸部の大きな行動指針であり目標!」
高校生という若い年齢で小説を出版するなど、夢のまた夢。とても狭き道。
そもそも大人と違って学びや経験してきたものも圧倒的に少ない。その少ない知識の中でも面白いと思ってもらえる小説を執筆するのだ。
それを考えると、いかに文才があっても相当に難しいことだろう。
「君たちも『先生』って呼ばれてみたくないかい? ファンができて、『先生』って呼ばれた時の快感……私はまだ知らないけど、絶対に気持ちいいよぉ?」
自らを抱きしめ、何かを妄想した椎木先輩は『先生』呼びの良さを語る。
確かに『越智先生』……なんて呼ばれたら嬉しいかもしれないけど、《《アイツ》》も先生なんだよな…………。
「事例がないわけじゃないのは知っていると思う。中学生でデビューした子だっているんだからね。だから、私たちにそれができないと最初から決めつけなくてもいいよね?」
それなりにこの文芸部も実績……とまでは言えないかもしれないが、書籍化される一歩手前の賞を取ったという話も聞いたことがある。
卒業生がどうなったかは知らないけど、もしかしてデビューしてる人だって……。
そんな目的意識の高い文芸部だからこそ、俺もこの学校を選んだのだ。
「とは言ったけれど、部員になったからと言って読書したり執筆したりは自由。賞に出そうと思って書かなくてもいい。できればこの部活はアットホームな雰囲気にしたいしね! ほら、なんか君たち濃いメンバーだし!」
少し驚かすような言い方をしていたが、実際はそこまでストイックではないのかもしれない。
それにここは学校。執筆ばかりして勉強に身が入らなくなってはしょうがないしな。
「――ってことで、皆も書きたいジャンル、あるんでしょう? 自己紹介がてら、そのことも教えてくれる? ――じゃあ、君から!」
椎木先輩が眼鏡越しにニヤリとした視線を俺たちに向けると、内側から何か熱いものが込み上げてきた気がした。これが期待されている、ということなのだろうか。
自己紹介の最初に指名されたのは俺だった。
「一年A組の越智素直です。執筆歴は約一年……ウェブ投稿を中心にやっていますが、まだ賞などに応募したことはないです。ジャンルはラブコメ……ラブコメを書いていきたいと思っています」
俺が中学二年生の時、交通事故で怪我をしてからはじめたのは、この小説の執筆だ。元々やりたかったことでもあった。
入院したのを期に、俺はウェブ小説投稿サイトのアカウントを作って、パソコンで小説の執筆をはじめたのだ。
「ラ、ラブ……コメ……っ」
いつの間にか俺の隣の席になっていた香澄さんが震えながら反応した。
それ、どういう反応? 俺にラブコメ似合わないとか? 確かに俺は無愛想に見られたり、そういうことに縁がなかったりして、似合わない部分もあるかもしれないけど、だからこそだ。
「ラブコメなんだ……良いじゃん! じゃあこれからはリアルな恋愛も知って行かないとねぇ〜」
「はは……縁があれば、ですかね」
椎木先輩はにやけながら俺に告げる。
リアルな恋愛と聞いて、誰かとの恋愛を想像するが、正直恋愛などよくわかっていない。
今書いているものだって、色々な作品を読んで自分なりに考えたものだ。
「じゃあ次は君!」
「はい……。私は、一年A組の香澄クラウディアです。……異世界ファンタジーを書きます……」
マジか。マジかマジかマジか。異世界ファンタジー書くのかよ……!
すげえな。この容姿からどんなジャンルの作品を書くのか全く想像できなかったが、異世界ファンタジーか……ドイツハーフが書く異世界ファンタジーってなんだろう。すっごい面白そうなんだが……。もしかしてドイツ軍とか出てくる? パンツァー・フォー!!!!
それに男性向けと女性向け、どっちの異世界ファンタジーなんだろう。
女性だからやっぱ女性向けなのかな……でも、男性向けだったらめっちゃ話したい……ああ、いいな香澄さん。
「な、なによ……」
俺がいつの間にか香澄さんをキラキラした目で見ていたからか、ジトッとした目つきで返された。
「……い、異世界ファンタジー良いと思う! 俺も異世界ファンタジー大好きだから!」
「だ、大好きぃ!?」
「ん?」
「あ……いや……あ、あなたには異世界ファンタジーは無理でしょうね!」
「なんでぇ!?」
どうしてそういう思考になったのか全く理解できなかった。
ただ、ファンタジーは見るのは大好きだが、書くことについて難しく感じているのは本当だ。
例えば現実世界のラブコメであれば、春夏秋冬が決まっており、学生なら年間スケジュールもだいたい決まっている。
しかし舞台が異世界である時点で、季節や場所など全て一から考える必要がある。世界観のみならず、魔法や種族、色々な設定を考えるのだって大変だろう。
まあ、実際にある日本の地形を想像してファンタジーに転用する、なんて作家もいるらしいから、そういう手法もあるかもしれないが……。
「いいね、いいね……期待してる! 私もファンタジー好きだから、香澄さんのお話楽しみにしてるね!」
椎木先輩も俺と同じ感想を持ったようで、目がキラキラしていた。
「――じゃあ、次はまよせんの子!」
そうして、三人目の新入部員の自己紹介がはじまった。
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