第1話 金髪碧眼の美少女
春の訪れを告げるように桜吹雪が舞う並木道。
着慣れない制服と履き慣れない新品のローファーでその道を一歩ずつ進んでいた。
校門には大きく『入学式』と書かれた看板。そして校庭の奥――玄関前には、クラス名簿の掲示板が設置されている。
続々と新入生たちが歩き進んでいく中、隣にいる幼馴染と一緒にその名簿に目を走らせ、自分たちの名前を見つけると顔を見合わせた。
「別のクラスか〜、残念っ」
「ああ。しょうがないな」
高校一年生となった俺、越智素直と、長い黒髪とカチューシャがトレードマークの幼馴染、鹿見真幌。
中学校ではずっと同じクラスだったが、今回は別のクラスになるらしい。真幌は肩を落としたものの、持ち前の明るさですぐに元気を取り戻した。
そんな時だった。
校庭の真ん中を、一人の少女が颯爽と歩いてくるのが目に留まった。
「わあ、あの子きれーい」
「すっげえ美少女……」
「おい、お前、声かけてみろよ」
周囲の新入生たちから飛び交うそんな声に、俺たちもつられて視線を向けた。
「ほんとだ……すっごい美人さん」
「ん? 外国人……?」
陽光を受けて糸のようにきらめく長い金髪。まるで人形のように小さく整った顔立ちに、透き通るような色白の肌。そして、サファイアのように深い青色の瞳。
身長も高くすらりと伸びた脚にモデルのような均整の取れたプロポーション――まさに完璧とも言える存在だった。
「…………っ!?」
「ぁ…………」
するとその少女が一瞬だけ俺を見た……ような気がした。
しかし、すぐに視線を戻されたため勘違いだと思うことにした。
「こら、見惚れてないで行くよ」
「わかったって……真幌だって見惚れてたくせに」
真幌が俺に肩をコツンとぶつける。その衝撃でたゆんと揺れる大きな胸。
俺は小さく息を吐き、彼女と並んで校舎の中へ向かった。
◇ ◇ ◇
「素直! じゃあね!」
一年A組。教室の前で真幌と別れると、俺は扉を開けて中に入った。
三十脚ほどの机が整然と並んでおり、開かれた窓から優しく吹き込む春風がカーテンを優しく揺らしていた。
見るとすでに数名のクラスメイトがそれぞれの席に腰を下ろしていた。
黒板には、「好きな席に座ってください」と書かれた紙が貼られており、俺はその指示に従って、適当に空いている席を選んだ。
場所は教室の最後方。中央よりやや左寄りだ。
既に右側は埋まっていたが、この位置は教壇に立つ先生からは見えづらいポジションなのだ。
先ほどまで一緒にいた鹿見真幌は俺の幼馴染だ。
家が近く同じ幼稚園に通っていて、とある共通の趣味を通じて仲良くなった。
幼馴染とはいえ、今となっては腐れ縁に近い関係かもしれない。かつては、彼女の明るさにどこか憧れを抱いていたものの、今では男友達のように色々なことを言い合える仲になっていた。
そんなことを考えていると、クラスメイトたちが一斉に教室の入口に視線を向けていた。
俺もつられて視線を向けると、そこには――
「さっきの子……か。俺と同じクラスみたいだな」
そう、あのひときわ目立っていた金髪の美少女だった。
彼女が教室に足を踏み入れると、そのあまりの美しさにクラス中がざわついた。
黒板を見てから、席を探すように教室全体をゆっくり見渡し、やがて目的の場所を見定めて歩き始めた。
「あ……」
その席は、俺の左隣。窓際、最後方の一番奥。
彼女は静かに椅子を引き、座った――その瞬間。
「――――」
「え?」
俺の方に、ちらりと視線を向けた……ような気がした。
だが、すぐに窓の方へ目を移し、何事もなかったかのように外を眺めてしまった。
二度目……いや、校庭で視線を感じたのは勘違いかもしれない。
でもこの感じ。
まさか、いきなり嫌われた……?
でも、今日は入学式。
自己紹介の場は設けられるとは思うが、せっかくの機会だ。
俺は意を決して、左の彼女に声をかけてみることにした。
「こ、こんにちは……!」
「…………な、なにっ!?」
しどろもどろになりながら声をかけた瞬間、彼女はその綺麗な金髪を揺らしながら驚いたようにこちらに振り向いた。
「ええと……はじめまして、俺、越智素直って言うんだ。隣の席だからさ……とりあえず挨拶しておこうと思って……だから、よろしく」
――ガタン!
俺がそう挨拶をすると、彼女がいきなり机の下に膝をぶつけていた。
……どうした? なにかの発作か?
というか、なんで俺はこうもスラスラと話せないのか。
声が突っかかっていたし、じっと見つめられたからか目を見れていない。
これじゃあ、ちゃんとした挨拶とは言えないのではないか。
そんなマイナスなことを考えていた俺だったが、彼女からの返事は思いも寄らないものだった。
「はじめ、まして……?」
「え?」
どういう意味だろう。俺たちははじめましてのはずだけど。
彼女は碧眼を大きく見開き、驚くような顔をしていた。
「っ! 香澄……クラウディアよ! 名前、忘れないでよねっ!」
「あ、うん! 香澄、香澄さん! 覚えた! だから忘れないよ!」
「じゃあ、いいわ……っ」
名前を告げた香澄さんはそのままぷいっと窓の方へ顔をそむけてしまった。
だから俺はこれ以上会話を続けられなかった。
嫌われたのか、嫌われていないのか、わかりづらい態度だった。
でも、これで一応は挨拶できた、ということで良いだろうか。
「――なんで、覚えてないのよ……っ」
そんな時、香澄さんが何かつぶやいた……ような気がした。
でも、声が小さかったので、俺の耳にはその内容は届かなかった。
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