第0話 プロローグ
「――ねえ、なに見てるのさ!」
「あ、だめっ」
陽の光が燦々と降り注ぐ窓際の席で、金髪をたなびかせる少女がノートを広げていた。
ページに並ぶのは、彼女が大切にしている物語の断片たち。
だが、そのノートを一人の少年がひょいと取り上げ、中身を勝手に読み始めた。
「破壊神マオーがエターナルプリズムワンドを手に、勇者ノリスケを倒した――って、なにこれ、めっちゃ変!」
「か、勝手に見ないでよ!」
少女は慌てて手を伸ばし、ノートを奪い返そうとする。
けれど少年はそれを避け、あろうことかクラス中に聞こえる声で続きを読み上げた。
「なあみんな、こいつのノート見てみろよ! ヤバすぎ! やっぱ髪も顔もおかしいガイジンは変なこと考えてるよな!」
その言葉に、周囲のクラスメイトもくすくすと笑い出した。
少女が金髪で外人寄りの顔だったことも、からかいの対象になった一因かもしれない。
これはいじめ、そう感じていたのは少女だけ。少年たちは面白がって少女の宝物の中身をバカにし続けた。
「……私、おかしくなんか、ないもん……!」
「おかしいよ。こんな妄想、普通書かないって。ガキじゃあるまいし!」
それを言うなら小学生はガキだ。
ただ、少年の言う通りで小学生で自作のファンタジーを書く子は多くはないかもしれない。けれど、それが少女にとっての日常であり、生きがいだった。
やがて少女の瞳には、涙がじわりと滲んでくる。
誰も止めない。誰も、笑いをやめない。
彼女の味方は、教室のどこにもいなかった。
――それ以来、少女は学校にノートを持っていくのをやめた。
もうすぐ、この街を離れる。
だったらもう、無理をして持って行く必要なんてなかったから。
そうして迎えた最後の夏休み。
ノートを持って学校に行けないなら外で書けばいい。
今日はたまたま体調も良かった。
少女は少し体が弱く、こうして調子の良い時にノートと鉛筆を持って公園に出て、創作活動に勤しんでいた。
「ぐへへ……やっぱり勇者は最初にぶっ殺すべきだよねぇ……!」
日陰のあるベンチの上で少女はノートに目を落としながら物語の続きを妄想する。
そんな時、不意に声が響いた。
「――わっ、すっげえええ!!」
「え?」
顔を上げると、サッカーボールを抱えた黒髪の少年がノートを覗き込んでおり、目を輝かせていた。
「ねえ君、これ全部自分で書いたの? 天才じゃん! しかも魔王が勇者を倒すの!? めっちゃ面白い!」
「え、え……っ」
少年はノートを見せてくれと頼むこともなく、隣に座ってパラパラとページをめくっていく。
けれど、彼の目には好奇心だけでなく、尊敬があった。
まるで宝物でも見つけたかのように――。
「なあ、他にも書いてるのある? 読みたい!」
「か、書いてるけど……」
「だったら次も持ってきてよ! 俺だけに、こっそり見せて!」
その言葉に、少女は思わず口元を押さえ、ぽつりとつぶやいた。
「……王子、さまだ……」
「ん?」
「お、王子さまのお話、見せて……あげる……」
「マジで!? やったーっ!」
少年は満面の笑みでガッツポーズを見せた。
その無邪気さに、少女の顔にも自然と笑みがこぼれた。
「……ね、ねえ。私って、変じゃない? 金髪だし、顔だって……」
「何言ってるのかよくわからないけど、すっごい可愛いと思う! だってほら、物語の中の人みたいじゃん! げんそー的っていうのかな?」
「なっ、なっ……かわいいとか……うみゅう……」
まさか褒められると思っていなかった少女は真っ赤に顔を伏せた。
今までこうやって男子に褒められることなんて一切なかった。
省かれるか、からかわれるかで、誰も自分を一人の女の子として扱ってくれなかったから。
「ねえ、隣で見てていい? 続く書くんでしょ?」
「あ……うん。良いよっ」
「ありがとっ!」
それからの二週間、少女は毎日のようにノートを公園に持ち込み、少年と二人だけで一緒に物語を作る時間を過ごすようになった。
少女は語る。
少年は聞く。
たったそれだけの時間が、世界のどこよりも温かく感じられた。
――けれど、残酷にも別れの時は唐突にやってくる。
「絶対、小説家になれよ!」
「なる……絶対なるから……! 忘れないで……わたしのこと……っ」
「忘れないよ。絶対に。クラウ――君がいなくても、俺は遠くからずっと応援してる!」
「ありがとうっ…………夢、叶えたら……いつか、ちゃんと胸を張って報告するね……っ!」
「うん……! 待ってる……!」
少女は元々、父親の転勤でこの街を離れる予定だった。
だから、この場所で過ごせる時間はたった二週間だけだった。
夏の終わり、公園のベンチで交わした最後の言葉。
それは二人だけの特別な約束だった。
いつか必ず小説家になる――少女はその夢を強く胸に抱き、少年は彼女の夢を遠くから応援していると微笑み、互いに涙を流した――。
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ドイツハーフの美少女と小説家を目指す男子高校生が文芸部でラブコメする話になります!
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