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異世界の機士 黒のヴィダリオン  作者: 紀之
最終章 聖杯の章

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第19話 聖杯の機士⑤




 「ふ・・・フフフ、サン・クレールとは大きく出たな。だが果たしてその名に相応しい力があるかな!?」


テュポーンの頭脳を(つかさど)るナイトクレスター・ザパトは自分でも奇妙な程落ち着いていた。目の前に現れたヴィダリオン・サン・クレールに動揺こそしたものの、それは自分と同じサイズにまで巨大化したからであり、黒ずんだ白色というカラーリングと頭部以外は余り変化が無い事からさほど強そうには見えないからだった。


「1つだけ言っておく。光と闇の共存。それが聖杯の示す、世界のあるべき姿だ。今すぐ主人を説得し、闇の領域へ帰れ。そしてそこから二度と出てくるな」


ヴィダリオン・サン・クレールの言葉が空間を震わせて響く。その声の力にテュポーンは危うく頷きかけた事に慄然とする。


「・・・・そんな要求を呑むと思うのか!全次元を闇に包む事こそ我らの使命、我らが主の望み!この身と魂を砕かぬ限りそんな世迷言は実現しないと知れ!!」


『聖杯』の力の影響を振り払うようにテュポーンは背中の翼を広げ飛ぶと樹木状の下半身巨大な尻尾へ纏めると鞭のようにしならせてヴィダリオンの頭へ打ちかかった。


だがヴィダリオン・サン・クレールの胸部から光の輪が広がり尾を弾く。


「お・・・おお!?」


光輪を受けてテュポーンは壁に跳ね返った毬の様に飛ぶ事も受け身もできず、地面へ背中から落下した。


「肉弾戦が出来ぬというならば!!所詮は金属!」


下半身の木の幹を開口させ、最大出力の嵐を発生させる。


「どうだ?貴様が避けたら背後の仲間達は溶解するぞ!」


ヴィダリオン・サン・クレールは無言で右手をかざす。竜巻の轟音が機士の装甲に触れ、柔らかな反響音が周囲に響く。


「ば・・・馬鹿な!?片手で酸の嵐を防いでしかも何ともないだと!?しかもこの音、いや声は?」


『目覚めなさい』


男とも女ともとれる不思議な声がヴィダリオン・サン・クレールの発する反響音の正体だった。ヴィダリオンの周囲に光が灯りそれらは半円状に広がっていく。薄い光の広がりと共に声もまた広がり、光は生命の息吹を(もたら)す。


「う・・・・俺は?」


「意識を失っていたはず?」


「無事なのか・・・戦況は・・・」


「見ろ。あれはヴィダリオンではないのか?」


停止寸前のエスカッシャンハートが動き出しホットスパー、カローニン、マリニエール、メガイロ、ティレニア号内のハダリー次々に息を吹き返す。


「デケエ!しかも姿も変わっているぞ」


「しかし、この未知の強さと温かさ・・・・2つの力を感じる。これが聖杯の力なのか?」


「でしょうね。テュポーンがあんなに苦しんでいますよ」


「これが伝承に名高い神秘の力・・・・・なんという神々しさ・・・・」


ヴィダリオン・サン・クレールを分析していたマリニエールはカローニンの視線を追う。その視界の片隅でハダリーが(ひざまず)いて祈るのが見えた。


声か光か、はたまた両方かは分からないまでもテュポーン全身を震わせて悶え苦しんでいた。その体のあちこちから自らの体を形成する図像獣らが生まれ同士討ちを始める者、ヴィダリオン・サン・クレールへ挑もうと分離しようとする者、更にテュポーンの主導権を握るべくザパトを排除すべくよじ登ってくる者まで出てきた。


「目覚めろとはこういう事か!おのれヴィダリオン!味なマネを!」


テュポーンの躰はマレフィクス以外の図像獣の寄せ集めて作った物だ。不思議な声はその中に眠る各々の図像獣を目覚めさせ彼らの戦闘本能や支配欲の赴くままに行動させたのだった。


「そんなに戦いたくば、行くがいい!我らの真の敵へとな!」


ザパトはテュポーンを蝕む「反逆者達」をその巨大な右手(声の影響が出ていなかった)で引き千切るとヴィダリオンへと投げつける。彼らが勝てるなどとは微塵も思っていない。彼の狙いは引き剥がした傷跡から立ち昇る静寂の霧を浴びせる事だ。


投げつけられた図像獣達はヴィダリオン・サン・クレールの全身へ牙や爪を突き立てる。黒みがかった白い装甲は薄皮が剝がれるように図像獣を包み込みながらに剥離していく。薄い装甲に包み込まれた図像獣はクレストへと戻って消滅していった。地面に落ちたそれらの装甲は淡い光を放ちながらヴィダリオンの周りを舞い踊りテュポーンの傷口から吹きあがる静寂の霧を打ち消す全身を包む粒子状のバリアとなった。


「見ろよ、あの怪物が手も足も出ねえ」


「多分あれがヴィダリオンの最強形態だよ!きっとそうだ!」


「聖杯だ!きっと聖杯が目覚めたんだよ!杏樹!そうだ、杏樹は!?」


目覚めを促す光によって目を覚ましたティレニア号内の少年達はヴィダリオン・サン・クレールの力に喝采した。しながらも星川勇騎は幼馴染の金雀枝杏樹の安否を気遣い艦橋を飛び出すと船倉へ駆け降りた。


「杏樹!おい、無事か!?」


船倉の床に力なく突っ伏している幼馴染を抱き起こす。


「平気・・・・私の力の一部が聖杯に行っているだけだから・・・・」


「大問題じゃないか、それ!?」


(もし、戦いが長引いたら・・・・!)


恐ろしい予想が勇騎の頭の中を駆け抜けると居ても立っても居られず彼は外に飛び出すとヴィダリオンへ大声で呼びかける。


「ヴィダリオン!杏樹のエネルギーがお前ん中に入っちまっているんだ!戦いを長引かせないでくれ!!」


「何!?」


「そうか・・・!それは良い事を聞いた!」


テュポーンは再び巨大な翼を広げ飛び上る。ヴィダリオンは巨大な樹木状の下半身を掴んで引きずりおろそうとしたが、急に力が抜け尻餅をつく。テュポーンが下半身を自ら切り離したのだ。


「早く奴を・・・なっ!?」


怪物を追って飛び上ろうとしたヴィダリオンのいや杏樹以外の全員の目に恐るべき光景が広がっていた。


剣王町全域を飲み込む程の巨大な青い光球が不気味な光を湛えて漂っていた。


「馬鹿な!?あんなものが地表に落ちたら爆発の余波で空中にいるアイツだって消し飛んじまうぞ!?」


「恐らく承知の上でしょう。そしてザパトはあれでもマレフィクスが死なないと分かっている!」


「それはこちらも・・・いやアンジュ殿は無事では済まない。そうなればこちらは聖杯の力に選ばれたヴィダリオンも消滅してしまう・・・・!?」


「来たぞ!」


メガイロの言う通り光球が放たれる。光球の遥か上方で、ザパトの声が破滅の哄笑を響かせる。


『テュポーンの最大の技たるバプテスマ・メギドウで町ごと消し去ってくれるわ!』


「装・醒・剣!」


ヴィダリオン・サン・クレールの胸から剣が飛び出す。


装醒剣を剣というのはかなり語弊がある。見た目は音叉(おんさ)のU字部分がそれぞれ白と黒の剣になっている奇妙な姿をしているからだ。


その剣をヴィダリオン・サン・クレールは頭上に高々と掲げると音も立てずに舞い上がった。


『そんな物が何になる!?』


「ハッ!!」


光球内に突き入れられた装醒剣が振動し、剣の間のU字部分に光球のエネルギーが急速に集まっていき、剣は吸い取ったエネルギーを暗黒と曙光の2つの螺旋へと変えていく。光球はエネルギーを吸い取られて急速に萎むのと反比例に2つの螺旋は輝きを増していく。


「ハハハハハ!フハハハハハ!そのまま私を斬ってみろ!その衝撃で地上は消し飛ぶわ!どう転んでも貴様の負けだヴィダリオン!!」


「装醒剣・一つの太刀!」


脅しに屈することなくヴィダリオン・サン・クレールが剣を振り下ろす。相反する色の渦が1つとなりテュポーンの体を真っ二つに裂いていく。


「うおおおおオオオオオ!?体が、我が主の分身たるテュポーンの肉体が・・・・!?」


肩から袈裟切りに斬られた切断面から黒い光があふれ出ると次の瞬間目も眩む白熱光が黒い光の中心部で爆発、昼間の太陽光の如き輝きは数分の間剣王町の上空で輝くと細かな黒と白の粒子となって消えた。


元の黒機士へと戻ったヴィダリオンは剣を杖にして体を引きずりながら皆の許へ戻って行く。


「お・・・おわった!?助かったのか、俺達!?」


「ええ、多分」


全員何が起きたのか分かっていない。当のヴィダリオンもである。


「なあ、あれは何だったんだ?」


披露の色を顔に滲ませた杏樹をおんぶしたまま勇騎はヴィダリオンに尋ねる。


「分からん」


杏樹へ一礼してからぶっきらぼうにヴィダリオンは返した。先程まで彼女の『一部』と一体化していたので余計な言葉は不要だった。


「わからんって・・・技まで叫んでたのに?」


ずっこける勇騎の隣でマリニエールとカローニンが先程の光景を分析していた。


「この爆発は図書館で見た超新星爆発・・・つまり星が爆発するのと同じものです。そしてその爆発を外側の黒い光が吸収して恐らく別の次元へ放逐していると見ていいでしょう」


「理論上これを受けて生きていられる物は無いという事ですね」


「そんならもう何も怖くねえ!後はマレフィクスただ一人!今度こそ乗り込もうぜ!」


「一休みしてからな。疲れるんだ。あれは俺も主も」


全員からため息が漏れる。だがそれでいいと杏樹は思う。


だからこそ聖杯はヴィダリオンを選んだのだと。

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