第19話 聖杯の機士③
テュポーンは新たな挑戦者の正体を知ってせせら笑う。
「馬鹿めが!今更従騎士風情が1匹のこのこ遅れて出てきおって!貴様の仲間はこの有様だぞ?このテュポーンをたった1人で倒すつもりか!?」
「誰が私だけで戦うといった?それにここにいるのは私だけではない」
「む!?あのボロ船か?」
いつの間にか上空いた病院船ティレニア号の甲板から飛び降りる1つの影。修道女姿のハダリーである。
「いくぞ!ハダリー」
「は、はい!?」
マリニエールは2つのクレッセントカッターを空中で円状に合体させ回転させる。そこに飛び降りたハダリーが両手を円の中へ入れた。
円から暖かな光が放射状に広がり、酸に傷ついたヴィダリオンらの体を癒し、溶けた武器を修復していく。
「これは・・・!?」
「これが蘇ったマリニエールの味方の力を増幅する新たな力!」
「フ・・フ無駄な事を!」
テュポーンはマリニエールとハダリーの行動に面食らっていたが形勢は何も変わっていない。事実先に出撃した4騎の機士、とりわけ損傷の酷いヴィダリオンの左足は大腿部の装甲が一部修復された程度で、全員が完全回復とはいかないようだった。
それが判れば後は簡単だった。テュポーンは再生させた樹木状の脚部から再び酸の嵐を吹き出す。
「そしてもう一つ」
慌てずマリニエールは別の4つのクレッセントカッターをと酸の嵐の前へ展開し、先程同様円状に合体させる。
緑がかった銀の光を発したカッターは嵐を一手に受け止め跳ね返す。
「フン、自分の武器で傷つくマヌケだと思うのか!うおッ!?」
何度目か分からぬ嘲笑をかけるテュポーンだったが突如体勢を崩して右手をつく。怪物の周囲の大地は自身の酸で出来た穴がいくつも開いており、その1つに巨体が嵌まりこんだのだ。
「お前はそうでも周囲の地形はそうもいかんさ。私達の鎧を溶かす酸だ。地面など容易く溶解する!ハダリー、今の内のティレニア号を安全な所へ!」
「おのれ!させるか!」
テュポーンは左肩の蛇の群れを船へ駆け戻って行くハダリーに向ける。同時にマリニエールはハダリーの力を増幅した2つの円状のカッターを自身の目の前に移動させるとその真ん中へ蛇腹剣を投げ入れる。鞭状に変化した剣はカッターの作る輪を通って巨大化し、氷の嵐を起こそうとした蛇の群れの首を纏めて締め上げた。
「メガイロ!聖骸布の力を使わず、アニューレットカノンを撃って下さい」
「了解」
メガイロは復活した同僚の言外の意を汲みアニューレットカノンの砲弾を蛇腹剣を避けて輪に向かって放つ。威力を増幅した弾は蛇の群れを纏めて粉砕する。
「グ・・・私の躰の秘密を!?」
「どういうことだよ?」
「・・・・・実はですね、復活自体はもっと早くしていたんです。奴の体の秘密を解析し終えたので名乗りを上げて出てきた、という次第で」
「やっぱ性格悪いな、お前」
ホットスパーは呆れて首をすくめる
「それで続きですが、奴は聖骸布の力を闇の力に反転させてしまうのです。だから先程からの攻撃が通用しなかった訳です」
「対聖骸布用の図像獣ですか・・・」
カローニンの懸念は的中する。破壊された蛇の群れはすぐさま再生し、地に落ちた古い蛇の体は過去に機士達が倒して来たブルクレスター、合体ハウンドクレスターとなって襲い掛かって来た。
「聖骸布無しでも俺達も強くなっている。恐れる事は無い」
ヴィダリオンはハウンドクレスターの攻撃を躱すとその背後から突撃してきたブルクレスターの棍棒を奪ってその背を蹴飛ばし、再び襲い掛かってきた魔犬の口に棍棒を突き入れその体を真っ二つに裂いた。
「そういうこった!」
仲間を殺されて怒り狂うブルクレスターをコートオブアームズ・スターシールドを変形させた槍で貫いたホットスパーもヴィダリオンに同調する。
「奴は確かに強いかもしれんがマレフィクスじゃねえ。ならやりようはあるってこった」
「ですね・・・・」
「貴様ら!!黙って聞いていれば調子に乗りおって!どうするか見ているがよい!」
体勢を立て直したテュポーンは両肩の蛇の群れの鎌首をティレニア号へ向けると同時に船を守ろうと踵を返して退却する足下の機士達へ口から猛烈な砂嵐を吹き付けた。
「クソッ、さっきよりも風が強い!」
「だ、ダメだ!?」
飛ばされまいとしていたホットスパーは徐々に体が強風に煽られて体が浮かんでいくのを槍と剣を地面に突き立ててこらえていたが、風に捲かれた岩が槍を打った衝撃で手を放し吹き飛ばされた。直後下から突き出した大きな手ががっしりと彼の手首を掴んだことでホットスパーは急死に一生を得たのだった。
「助かった、メガイロ」
「伏せておけ。少しはマシだ」
「しかしこのままでは!ティレニア号が!?」
顔を上げたカローニンの目には砂嵐の黄色い壁越しに赤と青のテュポーンのブレスの帯がティレニア号らしき影を襲っているのが見て取れた。
「5人そろったんだ。合体して奴を食い止めるぞ。全員の力を使えばどんな敵でも倒せるはずだ」
「そうか!久しぶりに全員集合したんだもんな・・・!」
ヴィダリオンの提案に全員が賛同する。
「いくぞ!!」
「「「「ヴォ―セアン!!」」」」
復活したマリニエールがハダリーを連れてティレニア号を飛び出した後、船内では聖杯の浄化を行っている金雀枝杏樹以外は手持ち無沙汰だった。
だが突如船内の気温が上がったと感じた矢先、船の壁や床がミシミシと音を立て始めた。
「う、わ!?壁に亀裂が!床にも!?」
「決まってんだろ!出航準備だ!錨を上げるんだよ!!」
揺れる船内で星川勇騎は今自分の出来る事を直感的に悟り飛び出した。
「正気かい!?」
「うるさいぞ、ブンゲン!さっさと行くぞ!」
喚き散らすだけの分限博人よりも少しだけ修羅場を潜り抜けた新井陸はこの危機的状況でも落ち着いていた。
「でも、船の動かし方判るのかい?」
「最後はハダリーがやるさ!だけどそれまで何もしません、船が壊れましたじゃ格好つかないだろ!」
そりゃあ、と渋る友人を急かして錨の巻き上げ機を操作すべく廊下へ出る。目の前の壁が赤く変色していた。
「時間が無いぞ、こりゃ」
「外へ出たら死んじゃうよ!」
「操舵室から遠隔操作できる。こんな事もあろうかと色々教わっていたんだ。行くぞ」
3人は熱気に炙られ、揺れる船内を躓き、ふらつきながら操舵室へたどり着く。
「あった、このレバーだ!あっち!?」
勇騎は高温で熱されたレバーを不用意に触って飛び上る。
「おい、大丈夫か!こうすれば・・・ぐ・・・あちち・・・重てえ・・・」
陸は上着を脱ぐとレバーに捲いて回そうとするがビクともしない。
「陸!?博人、手伝ってくれ!」
「わ、判ったよ」
3人同時に力を込めて徐々にレバーが動いていく。
「ね、ねえ!?」
「何だよ?」
状況が動いたことに安堵した博人は重大な疑問を口にする
「誰がハダリーが乗った事を確認するのさ?」
「「あっ!?」」
勇騎も陸も考えなしに行動した事を後悔するが腕の動きは無意識に動き続けていた。それは何かしていなければ恐怖と不安で押し殺されそうになるのを本能が拒否しての行動だった。
「私が何か?」
「ハダリー!?良かった、無事か!?」
「私は大丈夫です。それより皆様、手が・・・!?」
「それよか船を動かさないと!細かい事は分からないから頼む。俺達で錨は上げるからさ」
「え、ええ!頼みます」
ハダリーは真っ先に船のバリアーを展開すると浮上準備にかかる。
上下左右に揺さぶられながらも間一髪、船体の破断を免れたティレニア号が徐々に浮き上がっていく。
(ヴィダリオン様達は無事だろうか?)
猛威を増していく眼前の砂嵐を見てハダリーは呟いた。
「あれは何だ!?」
砂嵐の中から1つの光の塊が飛び出した。光は徐々に人型を為していく。
「ヴィダリオンだ!合体したんだよ!5人揃ったからな!」
だがハダリーの目にはテュポーンは白銀に輝く重装ヴィダリオン改を見てもまるで動じた様子は無い。
「ヴィダリオン様達を援護します。掴まっていてください!」
ハダリーは一抹の不安を感じながらもティレニア号をテュポーンへと向けた。
そして
(駄目!どうしても聖杯から闇の力を浄化できない!?どうすれば良いの!?)
舟底で杏樹は困惑と焦りのを抱えながらも、負の感情を吹き飛ばすべく聖骸布で巻いた聖杯の前で一心に浄化の祈りを捧げていた。




