第19話 聖杯の機士②
「ま~たデカブツかよ。連中も芸がねえな」
威圧するように体を逸らせて周囲を睥睨する、図像獣の神たるマレフィクスを除けば最大最強の存在たるテュポーンを前にしてもホットスパーは余裕のある、というよりいささか気の抜けた態度だった。といって彼をあまり責められない。というのは巨大な敵を何度も相手をしてきたという自信と戦いの終わりが見えてきた、という一種の安堵感がそうさせるのも無理からぬ話ではあるのだから。
「いや、流石に大きすぎる。丁度マレフィクスの半分程度ではないですか?時間を置かず繰り出して来たんです。相当な力があると見るべきでは?」
その点カローニンは冷静だ。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「せっかく遠距離攻撃の達人が帰還したんだ。あの頭にこちらの遠距離兵器を集中砲火するんだ。いくら強いとはいえ頭を攻撃されて無傷では済むまい。カローニン、奴の周囲に障壁の様な物は?」
後ろからテュポーンを観察していたヴィダリオンは攻撃方針を立てると自分には見る事の出来ない防御障壁の有無を
カローニンに尋ねる。
「・・・・特には見えないですね。ただ、これだけの巨体なら防御力も並大抵ではないはずです」
「よし、攻撃後、俺とホットスパーで接近し奴の頭を挟撃する。ホットスパー、フェザーブレイドを撃ったら奴の真後ろに回ってくれ」
「よっしゃ、腕が鳴るぜ!じゃ!」
「各員照準合わせ!メガイロの攻撃に合わせて撃て!」
「「「「応!」」」」
ヴィダリオンの合図に4騎が扇状に並ぶ。
聖骸布の力で蘇った従機士メガイロはガトリングガンの様に連続発射が可能となったコートオブアームズ・アニューレットカノンを右肩に構えると白銀の砲弾を斉射。
続いて彼の左右に陣取ったヴィダリオンのレイブルフレアーの白炎とカローニンのバイブレイション・ウェイブの衝撃波が怪物の顔の左右真ん中を射貫かんと放たれ、最後に撃ち出されたホットスパーのフェザーブレイドが目や喉への急所目掛けて殺到する。
「フ、ハハハハハ!」
テュポーンは微動だにしない。四方から放たれる光の弾丸を、衝撃波も煌めく羽の刃はテュポーンの体に到達した瞬間黒い霧となってたちどころに霧散してしまった。
「ハハハハハッ!どんな攻撃も・・ム!?」
カラクリのタネ明かしをしようとしたテュポーンは目の前の機士が半分に減っているのに気が付いた。
「覚悟!」
「しやがれ!」
眉間目掛けてブースタレイブルを吹かして上から急降下するヴィダリオンが、そして後頭部へ回り込んだホットスパーが必殺の一撃を見舞うべく突進してきたのだ。
「お前達の相手は彼らがしよう」
「何ッ!?うぐっ!?」
「げっ?」
突然テュポーンの額から死んだはずのナイトクレスター・ガルウが、後頭部からはナイトクレスター・プレハがそれぞれ出現。ガルウの爪は振り下ろされる剣より早くヴィダリオンの胸を切り裂き、プレハの蜘蛛の糸はホットスパーの槍を絡め取るとホットスパーを愛馬ベオタスごとヴィダリオンへ叩きつけた。叩き落された2騎は地面すれすれで左右にとびすさり激突を回避。互いに無事を伝えようと声を上げたが突如巻き起こった轟音にかき消されてしまう。
強風で飛ばされてきた自分の頭ほどの岩をホットスパーは盾で防ぐが、その衝撃は盾の反響音と共に彼の左腕を駆け巡る。
「痛てえ!何でこんな岩が!?」
「違う!これは・・・・砂嵐だ!奴が巻き起こしているんだ、くっ!」
「砂だと!?どう見ても岩じゃねえか!」
ヴィダリオンの言う通り、周囲はもうもうと巻き上がる黄色い砂塵に埋め尽くされていた。その竜巻に乗ってやって来る「砂」はテュポーンのサイズに比例するかのように巨大な物だった。いまやヴィダリオン達は風に飛ばされまいと身を屈め飛来する岩の直撃を避けるべく縮こまっている以外に方法が無かった。
(少しでも気を緩めれば強風に吹き上げられ巨石の渦に押し潰される。だが・・・・このままで済むとも思えん。ならばいっそ乗るか反るか)
「ホットスパー、俺はこの竜巻に乗って外へ出てみようと思う。少しでも怪物の気を逸らせば強風も少しは収まるはずだ」
「頼んだぜ」
ヴィダリオンはブースターレイブルを吹かすと竜巻の勢いに乗って上昇していく。そのブースターの光は後方にいたカローニンとメガイロにも確認できた。
「なるほど。危険な賭けですがブースタレイブルの馬力なら外へ飛び出す事は出来るでしょうね」
「一緒に行くか?」
「いえ、私達は彼が飛び出したのとは反対側に出ましょう。今度は接近戦、奴の足元を狙いましょう。いくら強大でも倒れてしまえばその力も発揮できないでしょうから」
「わかった。ホットスパーにもその事を伝えに行く」
メガイロはいうな否や這いつくばるとブースタレイブルが飛び立った地点へ匍匐前進を始めた。
巨大な岩がアスファルトや何かの残骸をすり潰して火花を上げる光景が前後左右に繰り広げられる様は、さすがにいくつもの戦場を渡り歩いてきたヴィダリオンでもゾッとする光景である。
「外は・・・・まだか?」
外へ向けて進んでいるつもりである。砂煙と岩塊のカーテンは1m先を見通すのがやっとの状況だ。
「っつ!うおっツ!?」
急制動をかけて前から飛んできた岩を蹴って後退、後ろの岩との激突を避ける為ブースタ―を可動させて体を反転させるが間に合わず全身で岩を受け止める体勢となった。
「そうか・・風は上に向けて流れている。このまま乗っていけば・・・・!」
最も安全にたどり着けるとは限らない。他の岩や残骸とぶつかる可能性は依然高い。そもそも飛び出した後どうするかという事をこの機士はまだ考えていなかった。
(上がダメなら下か)
だが戦士としての本能が巨大な敵を倒す為の常策を告げていた。
「空が見えた!行くぞ!!」
岩を蹴って再び一直線に上昇すると目の前にテュポーンの顔があった。右眼からスコーピオンクレスターが飛び出し、鋏を突き出す。
「その手はもう食わん!」
鋏の上に乗って左に飛ぶ。右肩の蛇の群れが一斉に火を噴き、炎の渦となってヴィダリオンを襲う。
「くっ!」
マントの裾を焦がしながら上下にブースターを振って狙いを逸らしながら、背後へ回る。既に砂嵐は止んでいた。
(後はホットスパーらの脱出の時間を稼ぐのみ!)
どこかに脆い箇所は無いかと探しながら飛ぶヴィダリオンへ怪物の左肩の蛇の群れが凍りの渦を吐き出す。
「まだあるのか!?いや待てよ?確か主がテスト勉強とかいうので以前・・・・」
『冷たいものを急に熱するとね、分子が膨らんだり縮んだりして物は壊れてしまうのよ』
金雀枝杏樹が幼馴染に向けての解説をあの時は半分微睡みながら聞いていたので肝心の原理などは覚えていなかったが、その知識が役に立つ時が来た。
(2つの渦を足へと誘導してやる!)
ヴィダリオンは両肩の蛇の群れが自分を挟み撃ちしようと炎と氷のブレスを吐いた瞬間急上昇し、テュポーンの頭を超える。他の3騎が怪物の足元に近づくのを見ると考えることは同じだという喜びと同時にまだ近づくなとハンドサインで彼らを制した。ヴィダリオンの策を理解したカローニンがホットスパーとメガイロを両脚の爪で持ち上げると退避する。一瞬後両肩の蛇の群れが敵を一網打尽にすべくブレスを再び同時に放つ。
「おい!?行けと言ったり戻ってみたりどうなってんだ!?」
「分かりませんか?あの蛇共の吐く渦を同時に食らったら急激な温度差でバラバラになりますよ。尤もそれは同じ金属を使っている図像獣本体も同様ですがね」
「な~るほど。弱点が無いなら作ればいいってか!?やるねえ、アイツも」
策は半ば成った。ヴィダリオンに誘導されたブレスはテュポーンの足元で交差し、急激な温度変化でヒビが入り始めた。同時に再生が始まるが、その隙を逃す機士達ではない。
「行きますよ!」
カローニンは大きく足を振ってホットスパーとメガイロを裂け目目掛けて投げ飛ばすと自身も巨大な鳥となって突っ込むと飛ばした2騎と並走する。
「いけえェー!!」
真一文字に突撃する3騎と同じタイミングで彼らの頭上から落ちてくるヴィダリオン。
4つの剣が怪物の脚の最も深い亀裂に同時に突き刺さった。
「うおおおおお!」
渾身の力で亀裂を広げていく。
「グ・・・クククッ」
テュポーンは痛みに顔を歪めつつも笑みを浮かべる。
「皆さん離れて!」
カローニンの言葉と同時に亀裂から第4の渦が、酸の嵐が吹き荒れる。
「ガッ!?これは・・・・」
体勢を立て直そうとしたヴィダリオンは尻餅をつく。見ると左足が骨組みだけになっておりその骨組みもわずかに溶けて自重を支えられなくなっていたのだ。
足だけでなく腕や兜、剣がボロボロになっていた。
「まだこんな物が・・・っ!」
「こんな物では済まさぬぞ!」
一瞬にして鉄錆の塊となったヴィダリオンらをテュポーンは樹木状の脚を伸ばして締め上げる。
「溶かされながら死んでゆけ!」
機士達の苦悶の声と姿に愉悦を感じながらテュポーンは足の力を更に込める。
ボロリ
テュポーンの脚が次々に落ちていく。
その切り口は鋭利な刃物で切られたかのようだ。
「何者だ!」
その刃物、三日月型のブーメランの戻って行く先に1人の機士がいた。
「黒のヴィダリオンの部隊が1人マリニエール!この顔を忘れたとは言わさぬぞザパト!」
緑の縁どられた銀の装甲を纏ったヴィダリオンの最後の仲間。
コートオブアームズ・クレッセントカッターの使い手マリニエールが黄泉から舞い戻ってきたのだ。




