第17話 聖骸布を探せ③
ナイトクレスター・ナックラヴィーの襲撃を受ける病院船ティレニア号の甲板から飛び降りた金雀枝杏樹の体を彼女の機士である、黒のヴィダリオンが海面スレスレで受け止めた。
「なんて無茶を・・・」
「そうね。ごめんなさい。でもこうした方が敵の目を分散できると思って」
彼女の言葉を裏付ける様にティレニア号を攻撃していた海底からの黒い影がいくつかがこちらに向かってくる。
「しかし、私もティレニア号も海底の敵を攻撃する手段に乏しいのです」
「大丈夫。向こうもきっと聖骸布の在処を探しているから、その手掛かりとなる私を簡単には殺さないはず。その為に、ヴィダリオン紋章へと戻って」
「・・・・分かりました」
一抹の不安を抱えながらヴィダリオンは主の言う通りにするしかない。ヴィダリオンの姿が光と共に消えて学校の校章へと変化すると杏樹の体は暗い海面に落下する。
(・・・・こっちね)
ゴーグル越しに濁った海底を頭に響く『声』を頼りに進む。彼女の後方15mからナックラヴィー2騎が追跡していたが彼女はあえて振り向かず一心に沖合へと向かっていく。
「あった!これだわ!」
そこはいくつかの岩が転がっている砂地だった。だが杏樹の、聖杯を託された一族の巫女としての眼が常人には見えない痕跡を見出す。
「ここに紋章を・・・」
常人から見れば砂地の何の変哲もない場所に杏樹はヴィダリオンの変化した校章を置く。
すると海底が鳴動と共に隆起すると白く光る金属でできたアーチを備える門が出現した。
「これが・・・・この中に」
「あるわ」
門をくぐると扇状の階段があり、そこから先は水の無い硬い石畳の続く神殿とも洞窟ともつかない一本道の通路があるだけだ。ヴィダリオンは実体化すると杏樹の後ろに回り、敵の追撃を警戒する。
「この神聖な空気・・・前方には邪悪な物はいないみたいですね」
「お爺様もここが具体的にどういう所かは分からなかったみたいね。ただ世界の危機が来るまで何人も侵す事の出来ない神聖な場所であるとだけ書いていたわ」
「その神聖さに当てられたのでしょうか?敵は追跡を諦めたようです」
「急ぎましょう。ティレニア号を、仲間を失っては元も子もないわ」
「ハッ」
単調な洞窟の行き止まりに金の祭壇の上に複雑な紋様を施した紫色の金属製の長方形の箱が安置してあった。
「開けるわよ」
杏樹の細腕の動きに沿ってまるで意思のあるように箱の蓋が開く。
「これが?」
中に入っていたのは折りたたまれた白い布。広げると成人1人を包み込めるほどの大きさだ。
「本当にこれが聖骸布なのでしょうか?」
ヴィダリオンが疑問を口に出したのと洞窟が衝撃で揺れるのは同時だった。
「いけない!生き埋めにするつもりです!」
ヴィダリオンは布の入った箱を抱えた杏樹を抱き上げ入り口まで走る。
「あっ!?」
「ウッ、しまった!」
洞窟の唯一の出入り口は岩で塞がれていた。
「ヴィダリオン、聞こえるか!?俺は破剣兵団総長ロベールだ。その小娘共々生き埋めになりたくなかったらさっさとその布を寄こせ!!」
声は頭上から響いてくる。ヴィダリオンが剣を抜き頭上に剣を構えると声はそれを見ているようにせせら笑いに変わる。
「馬鹿め!そんな事をしても無駄だ!お前の考えている所に俺はいない。それを今証明してやろう」
天井から穴が空き海水が滝の様に流れ出てくる。
「どうするね?今頃貴様らの船も沈没寸前だ。迷っている暇は無いと思うが?」
「・・・・従いましょう。きっと反撃のチャンスは来るわ」
杏樹はヴィダリオンに耳打ちすると天井に向かって叫ぶ。
「そちらの言う通りにします!船への攻撃を止めてください!」
彼女の声に答える様に天井の穴が広がり、海水の滝に乗ってナイトクレスター・ナックラヴィーが2騎現れると1騎がヴィダリオンを拘束し、もう1騎が杏樹の腕を乱暴に掴むと海上へ浮上した。
同時刻
ロベールと杏樹のやり取りの間、ティレニア号はナイトクレスター・ナックラヴィーによる海底からの攻撃に苦戦していた。ティレニア号の両舷の大砲も舳先と船尾に備えられたバリスタも海上はともかく海中の敵を攻撃するようにはできていない。
「魚雷とかないのか?」
「それ、何ですか?」
舵輪を握るハダリーの本気で分かっていないという声音に新井陸は怒鳴り声を出したことを本気で後悔した。
「空は飛べないのか?このままじゃ沈没だ!」
分限博人の泣き声が船底から伝令管で船内に響き渡る。
彼は船会社の従業員と船底で水を掻きだしたり、応急処置をしているが敵の腐食液の浸食は広がるばかりである。
「すみません。敵の攻撃で計器が狂っていてとても・・・・」
「とにかく敵を近づけさせなきゃいい!そうだろ!?」
「そうなんですが、それが」
勇騎の言う事が一番難しい。
海底に潜られるとどこに敵がいるか分からない。更に言えば空からの攻撃が無いとも言い切れないのだ。
(少なくとも海底の敵の数を減らしてこの腐食液をどうにかできれば・・・・)
敵が損傷した船底や甲板に乗り移ってこないのはそれだけ地上での運動性や機動性に不安があると考えているのか、もしくは自分を過大評価している、とハダリーは考える。
「ブンゲンさん、そちらから敵の動きが見えますか?」
「暗くてよく分からない。でも何かが動いているのだけはわかる」
「その位置を教えてください。相手を船の中に誘いこみます」
「正気か!?」
「お願いします!」
「う・・・周りを2匹、グルグル回ってる。このまま進めば1匹は捕獲できるかも・・・・」
気の進まないながら博人はスマホのライトで海底を照らし、目を凝らして船底の穴から怖々外の海の世界を覗く。時折、遊んでいるのか攻撃のつもりか船底にピシッという音が響く。その度に従業員も博人も文字通り飛び上って震えた。
「ひ、左側から突っ込んでくるよ!」
「了解!左側を出来るだけ重くして皆さんは右側に!」
ティレニア号を停止させるとハダリーが船底への階段を駆け下る間、金属音と海水の流れこむ音が彼女の耳を聾する。船が左側に段々傾いているのだ。
この自沈させるようにしか見えない狂気の行動にはナックラヴィーも乗らないはずが無かった。
船底をぶち抜いて1騎、続いて反対側の壁からもう1騎のナックラヴィーが躍り込む。
「覚悟!!」
ハダリーが棍棒を振り上げ上の階段から飛び降りたが、敵の辮髪状の蛇腹剣に絡めとられ船底に叩きつけられる。
「グッ、しかしっ!」
再び辮髪が振りあがった時、そこに彼女の姿は無い。
「ハアアッ!!」
完全に自由になったハダリーは後方へ回転しながら飛んで背後から腐食液を吐いて迫るナックラヴィーの胴を粉砕し、次いで腐食液を吐いたアザラシの頭を叩き割る。最初に相対したナックラヴィーは味方の腐食液をモロに受けて全身の装甲を腐らせながら海へと逃げるが泳いでいる内に全身に液が回り海の藻屑となっていった。
「ハアハアハアッ・・・・なんとかなりましたね」
「なってないなってない!!この角度!沈んじまうよ!!」
船の全員が死を覚悟したその瞬間船は徐々にだが右側へと傾いていくのが感じられた。
「・・・・・サンキュー!カローニン、ホットスパー!」
船の右側の舷側を掴んで立て直した2騎の機士の姿に勇騎は心底安堵した。
「馬鹿な・・・・これだけやってなぜ沈まぬのだ!?」
指揮官型ナックラヴィーを除く全ての戦力を失った破剣兵団総長ロベールは水上歩行可能な機動鋼馬ブロウズの鞍から怒りと眩暈で落ちかけるのをやっとのことで耐えた。
「降伏するのは貴様らのようだな」
海から突き出た岩礁の上にヴィダリオンと杏樹、ロベールの前方にナイトクレスター・ガルウとナックラヴィーが控えている。
「ヴィダリオン、そんなにこの小娘を死なせたいようだな」
まだ切り札がある事を思い出し、ロベールはあくまでも強気に出る。事実黒機士の歯噛みする様は彼を落ち着かせるには十分だった。
「ナックラヴィー、その箱の中身を持ってこい」
ナックラヴィーは言われた通りに箱を開け、無造作に聖骸布を引っ張り出す。
途端に布が光り出し、ナックラヴィーの右手から光が浸食を始める。
「う・・・早くこっちへもって来い!」
ある予感に突き動かされてロベールは無意識にブロウズの歩を進めていた。
その予感通り、ロベールの手に布が渡った頃にはナックラヴィーの右半身は無くなっていた。
「おまえはなんともないのか?」
「フ・・・次は貴様の体がどうなるか確かめてみるがいい!!」
ロベールは聖骸布をガルウへ放り投げる。布に包まれたガルウはもがき苦しみながらも布を真っ二つに裂くと唸り声を上げた。
「はんぎゃく!これつかう!!」
全身から光る煙を上げながらガルウはマレフィクスから下賜されたクレストをロベールに投げつける。
「こんな物が・・・ウオオオお!?」
クレストは盾に突き刺さると赤い光を発生させる。光は海面に散らばるナックラヴィーとセイレーンの部品を釣り竿のリールの如く引き上げるとロベールとブロウズを一体化させ、更なる改造を施していく。
「こ・・・これは!?」
頭は止まり木にとまったフクロウ、胴体は騎士。だが腰から下は馬の首の左右に4匹のアザラシの顔のついた魚竜のような見た目をした合体図像獣スキュラが誕生する。
「合体図像獣スキュラ!!機士共を捻り潰せ!」
赤い光と共に消えていくガルウの咆哮を攻撃合図にして合体図像獣スキュラは海へ飛び込むと半壊したティレニア号を向かっていった。




