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異世界の機士 黒のヴィダリオン  作者: 紀之
好敵手の章

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第12話 命を懸けたトーナメント⑤



本来機動鋼馬達のポテンシャルはケンタウロスなどとは比べ物にならないほど優れている。だがそうはならないのが2頭1組で引く戦車競技の難しさなのだ。馬同士の相性という点では機動鋼馬マスルガとヴァレルは抜群だった。相手方に大分引き離されていたはずの距離はみるみる縮んでいき、剣王山の麓を一周する頃には完全に彼らを捉えていた。


「よっしゃ!追いついたぞ」


カート内で立ったまま2頭の手綱を握っている星川勇騎はさらにスピードを上げる。


彼は競技が始まって以来ずっと立ったままだった。理由は単純。尻が痛くなるからだ。

競技に使われるカートは無駄に往時を再現するあまり、サスペンションといった座る人間の快適性をかなぐり捨てていた。だから始終ガタガタ揺れる。特に今のような相手方の攻撃を受ける時はその極みだった。相手方のケンタウルス2頭からの弓とカートに乗ったスパイダーハイクレスタ―の手から鞭状の糸が襲いかかる。


「うわっ!」


勇騎は手綱を引いて身を屈めるが間に合わない。だがヴァレルの胴体にアームで繋がれた3枚の盾が悉く攻撃を跳ね返す。


「ユウキ様、これなら速度を落とすことなく走り続けられますよ」


「そうだな。これなら・・・・あっ、そうか!」


勇騎は相手が自分達の内側、つまり左側を取ろうと車線を変更しているのに気が付いて戦車を左へと寄せていく。


「チッ、さすがに連中も気が付いたか」


先頭を行くスパイダーハイクレスタ―は目論見が外れたのに毒づく。確かにヴァレルの防御は鉄壁だ。だがそれはヴァレルがいる戦車右半分までの事で左側にいるマスルガの左半身までは流石に守る事は出来ない。


(とはいえ、内側により過ぎればカーブを曲がる際ぶつけられる可能性も高まる。そしてケンタウロス共ではじきに抜かれてしまう。ならば・・・子蜘蛛達よ)


スパイダーハイクレスタ―は剣王町の各地にスパイとして放っている自身の分身たる子蜘蛛に指令を飛ばす。


「奴の目が赤く光って・・・!?ユウキ様、連中何か仕掛けてきます!」


「わかっている、ハダリー!ヴァレルもマスルガも気を付けろ!」


勇騎の言葉が終わらぬ内にカートの振動が一際大きくなる。


「ユウキ様、道に穴が!?」


「いけねえ、避けるんだマスルガ、ヴァレル!」


勇騎達の戦車の進路上にボコボコと直径5~10cmほど、大小様々な穴が突如として出現した。競技前に町中の地下に配置されたスパイダーハイクレスタ―の分身たる子蜘蛛が敵を捕らえる逆円錐状の穴を作りだしたのだ。


(いいぞ、子蜘蛛達よ。その調子で穴を開け続けて奴らの進路を誘導せよ。穴にかかれば良し、誘導できればこちらの攻撃が通る内側を獲れるからな)


後ろの戦車の2名の御者の慌てぶりを見る限り、穴を避ける事に必死でスパイダーハイクレスタ―の目論見に気付く余裕はなさそうだった。事実勇騎とハダリーの視線は穴を避けるために道の上に注がれており相手の戦車がどこにいるかという考えは完全に頭の中から消え去っていたのだった。


「戦車を奴らの動きに合わせて左側に着けろ。そうすればこちらの妨害も通る」


「ハッ!」


御者としての適性が高いだけあってこのタロス兵の手綱さばきは見事なもので見る見るうちに両者の位置が入れ替わる。馬車が対角線上で左右に行き交う時、視界の端に入って来た戦車に頭を上げたハダリーが相手の動きとその目論見にようやく気が付き、腰からメイスを引き抜いた。


「馬鹿め!もう遅いわ!」


スパイダーハイクレスタ―はケンタウロスを走らせるためと味方への懲罰用としても使用する電撃鞭をマスルガの首筋に叩きつけた。バチッという鋭い音とスパーク。悲痛ないななきと共にマスルガは身をよじらせ隣のヴァレルを巻き込みながら倒れ、それに引っ張られる形でカートも横転。勇騎は間一髪ハダリーに抱えられて旧市街の歩道に着地した。


「ハッ!ハアアッ!助かったよハダリー。大丈夫か?」


「私は平気です。私が居ながら申し訳ありません」


「それは俺も同じさ。2人して全く相手を見てなかった。それより」


勇騎は横転し、苦しそうに呻くマスルガに駆け寄る。巻き込まれたヴァレルは既に立ち上がり、同僚を気遣うようにその顔を覗き込んでいた。


「いけません!まだマスルガの体に電流が残っているかも・・・」


マスルガに触れようとする主をハダリーは諫める。


「でもこのままにはしておけない」


「それは私が」


ハダリーは勇騎を下がらせるとマスルガの傍に蹲まるとその頭と胸に手を置いて意識を集中する。


「よし・・・・頭脳回路に影響なし。運動機能は・・・左足の骨格にヒビか。これならすぐに治せる」


「本当か!助かるのか!?」


「はい。少し離れていてください」


ハダリーは右手を患部に触れると再び意識を集中する。瞬間右手から柔らかな青い光が瞬くとマスルガはすっくと立ち上がり、先程とは打って変わった力強いいななきを発した。


「よかった、よかったなあ、マスルガ!」


勇騎は駆け寄りマスルガに頬ずりしながら撫でる。その反対側からヴァレルも無事を祝うように顔を寄せてくるのをマスルガはくすぐったそうに首を揺らした。


「ユウキ様、カートも問題ありません。急ぎましょう」


カートを起こしたハダリーが各部を点検して言った。


「そうだな。たとえ負けるにしても最後までやり遂げなきゃな」


2人は再び戦車に飛び乗ると細い旧市街の道を駆けだした。


「フ・・・・我らの勝ちだな。グラウンドは目の前だ。そこを一周すれば終わる。後は最後のジョストでゲッグ様が機士共を片付けて下さ・・・・る!?」


マレフィクス側の戦車が旧市街を抜ける直前。スパイダーハイクレスタ―の胸のタスキが凄まじい勢いで彼女の胴を締め上げ、その激痛によろめいてスパイダーハイクレスタ―はカートから落下した。


「スパイダーハイクレスタ―様。どうされました」


機械兵であるからか、それとも外様であるゲッグの配下だからなのかタロス兵は気遣いや労りの感じられない無機質な声を掛ける。


「何のつもりだ!!」


彼女の言葉はタロスと呪いをかけたライオンクレスタ―双方に向けられたものだ。


(この馬鹿クモが・・・・!事前に私が指示した事を無駄にするようなマネをして!あのばあさんは捕らえたのか!?)


(捕らえたさ!だがこっちはお前のお遊びに付き合っている暇はないんでねえ)


(そう。ではしばらく休んでいなさい。私の考案したゲームをゲッグ様は楽しみにしておられるからね。それが台無しになればどうなるか・・・・)


「小娘がッ!調子に乗りおって・・・・!」


スパイダーハイクレスタ―がもがけばもがくほどタスキは体に食い込んでくる。どのくらいのたうちまわったろうか。スパイダーハイクレスタ―の逆さまの視界に敵の戦車が入って来た。


「うおっ!?」


「危ねえ!?」


勇騎は手綱を引くが戦車は急には止まらない。撥ね飛ばされる直前、スパイダーハイクレスタ―が転がって避けたその位置にカートが停まった。


「どうしたんだよ、一体?」


「うるさい!敵に情けをかける余裕があるのか?」


「奴の言う通りです。このまま先に進みましょう」


「う・・・うん。そう・・・・だな」


ハダリーに促された勇騎は釈然としないながらも先を進む。マレフィクス側の戦車がその後ろをピタリとついてくる。


「下級クレスタ―風情の余興がどんなものか、とくと見せてもらおうか」


カートに飛び乗ったスパイダーハイクレスタ―は忌々し気に呟いてグラウンドの特別席を睨むがライオンクレスタ―はその視線に気が付いていないようで、その視線はグラウンドの反対側を注視していた。


「ユウキ様、あれは!?」


「ばっちゃん!?それにあの人達は・・・・誰だ!?」


『さあ、この戦車競技最後の試練!!この私ライオンクレスタ―考案の大逆転トロッコゲーム!!先頭の戦車はこれより2つのレーンのどちらかに入って頂き、その先に磔にされた人間を撥ね飛ばして頂きます。片方は金雀枝杏樹さんの祖母リエ!もう片方はランダムに選ばれた5人の町の人々!!選ばれなかったレーンの人は解放されますが、そうでない人は・・・・・さあ、先に行くものが後になるのか、それともそのまま振り切るのか機士チームの選択を皆さんお楽しみに!!』


ライオンクレスタ―の仕掛けた最後の『試練』の内容に観客席の方々から悲鳴や怒声が上る。だが大半の観客達のこの異常な見世物に取り付かれたような熱狂の声援がこれらの良識による怒りをかき消した。


「こんな・・・・こんな事って・・・・・会長、あなたって人は・・・!!」


「私のこの姿分からない?スフィンクスなのよ。スフィンクスの有名な謎かけ、金雀枝さんもご存知でしょう?それをマレフィクス流にアレンジしたのよ」

磔にされても杏樹は気丈に振る舞っていた。しかし肉親である祖母が今回の事件の巻き込まれてはそうもいかない。杏樹の非難などどこ吹く風のライオンクレスタ―は今日一番の笑顔を競技の生贄達に向ける。


「くそう、これじゃどうする事も出来ない!」


「しかし!奴らに先頭を譲ればどちらに行こうともためらわずにひき殺すでしょう。それならばいっそ、伸るか反るか!」


「グ・・・・こんな大事な時に何もできないとは・・・・」


「落ち着けヴィダリオン。あの2人なら必ずやってくれる。今までも、今回も」


「カローニン・・・そうだな。ヤツもハダリーも立派な機士の端くれだからな」


観客席の最前列の機士2人の予想通り勇騎とハダリーの戦車は速度を上げて追い抜こうとしていたマレフィクス側の戦車を引き離すとリエのいる側のレーンへと入っていく。高みの見物を決め込むつもりかマレフィクス側の戦車はその場に停車する。


「う・・・スピードが増した!?」


「やはりこんな手を・・・」


レーンの床はいわゆる動く歩道となっていて例え戦車が動きを止めた所で人1人を撥ね飛ばすだけの速力があった。そして幅はギリギリ馬2頭が並んで走るだけしかないのだ。


「ハダリー!マスルガ、ヴァレル!チャンスは1度だけだ!行くぞ!!ばっちゃん今助けるからな!!」


(しくじるなよ、俺!!)


機士側の戦車は速度を上げ続けた。


「いっけェェー!」


勇騎がマスルガの手綱を波打たせるとマスルガは跳躍し、後足に備えられたブースターを点火すると空中で右へ方向転換をかける。それに引っ張られるようにカートも時計回り回転


「ハアアアッ!」


修道服を脱ぎ捨て機士モードのハダリーがカートの遠心力を利用したメイスの横薙ぎをリエの十字架の根元に打ち込む。メイスは見事十字架を断ち切りリエは磔のままヴァレルの盾を滑ってカート内に倒れ込んだ。


「な!?こんな事が!?」


「やった!?勇騎君、ハダリーありがとう。ありがとうマスルガ、ヴァレル」


ライオンクレスターにとっては予想外、杏樹にとっては信じていた事態。さらにマスルガは勇騎の命令で尻尾のフレイムボンバーを連射し反対側のレーンの人々を十字架の縛めから解き放ち、レーン片側の壁を破壊する活躍さえ見せたのだ。


「皆早く逃げるんだ」


高速で回転するカートの中で目を回しながらも勇騎は5人の被害者に避難を呼びかける。


「ばっちゃんも」


「時間が惜しいわい。このまま行け」


「・・・・わかった。目を回すなよ」


何もかも予定の狂ったマレフィクス側の戦車はもはやゴールに向かって爆走するしかなかった。


「かくなる上はあの巫女だけでも血祭りにあげてくれる!」


「させるかよ!死人が出る競技会なんてまっぴらごめんだぜ!」


最終カーブに2台の戦車がさしかかり、その距離は一気に縮む。マレフィクス側の戦車が敵の戦車に体当たりをかけ、柱へと押し込む。


「く・・・!」


「楽に死ねると思うな!若造共が!」


「その非道を見逃すものか!」


スパイダーハイクレスタ―が最大出力の電撃鞭を振り上げカートに叩きつける瞬間、ハダリーの振り上げたメイスが滑り込み鞭を巻き取る。機士と怪物は互いに電流を浴びて互いのカートから転落・・・・しなかった。正確にはハダリーだけはヴァレルの盾の上に落下し、全身から煙を噴き上げながらも勇騎の手でカートに引っ張り上げられた。

つまり転落したのはスパイダーハイクレスタ―のみ。それも落下の際に自身の浴びた電流が左側を走るケンタウルスに帯電してしまい、高圧電流で回路の狂った馬は全身から火花を噴き上げて横転しカートと御者2名を巻き込んで爆発した。


「か・・・・勝った?」


『最後のデッドヒートを制したのは機士チーム。残念ではありますが人質は返却します。しかし最後の種目である馬上槍試合では確実に機士達は命を落とすでしょう!』

ゴールした機士チームに対し、体裁を(つくろ)うという事をしないライオンクレスターの実況は完全に怨み節である。


「よかった。皆無事で・・・」


「ありがとう。私信じていたから・・・」


「すまない。ユウキ。これからマスルガを使う。よくやったマスルガ。それにユウキも。そして主申し訳ありませんでした。私がいながら」


「もういいのよ。貴方がいてもきっとこうなっていたわ。つまり全員無事で終わるという意味でね」


「そう言って頂けると救われます」


「立派でしたよ、ユウキ殿もハダリーも。私達も貴方がたに恥じない戦いをせねばなりませんね」


「おう、客席で応援するぜ」


では、と会釈して去って行くヴィダリオンとカローニン。トーナメントの花形である馬上槍試合(ジョスト)。そこに機士の誇りの大輪を咲かせるための決戦へ。


 

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