第12話 命を懸けたトーナメント①
「あ~暑い・・・」
6月
星川勇騎が季節の変化を感じられる程には剣王町は久しぶりの平和な日々が戻っていた。
「おはよう、勇騎君」
「おう、おはよう杏樹。今日も暑いね」
「全くだ。でもこれ以外気にすることが無いってのはありがたいよ」
星川家には長期の出張から父親と彼に同行していた母親が戻って来ていた。2人は当然この家の新たな同居人である、従騎士にして看護兵であるハダリーの存在と彼女の生活サイクルに困惑した。
「何事もなくてよかったね」
「結局俺の生活は元に戻ってないけどな・・・・」
両親が卒倒したりしなかったのはひとえにハダリーの「普段の」姿がシスター服である点も大きかったと勇騎は考えていた。息子を主と呼ぶ以外にはこの姿の彼女は万事言動が控えめであった。ただ祈りの時間については大きな問題となった。
日中はともかく夜中数時間毎に起きてきて家人全てを巻き込んで祈りを捧げる事を「強要」されるのは流石に母親がキレた。(父親は眠い目をこすりながらも悪い事ではないからと容認していた)
両親が帰って来て1日半後の家族会議でハダリーは夜中の祈りは2階でのみ、それも1階に聞こえないような小声で祈りの言葉を呟く事を条件に星川家への「居候」を認められた。ハダリーは最初この条件を渋ったが自分の主の立場が家庭内で悪くなることは本意ではないので結局この条件を飲んだ。それは結局のところハダリーがやって来てからの勇騎の生活に何の変化をもたらさないものである事を意味していた。つまり毎夜従者の祈りに付き合わされることに変わりはなかったのだ。
「いいじゃない。早寝早起きはいい事だし。現に遅刻しなくなったでしょ。それに昔みたいに一緒に登校できるようになったし」
「母さんと同じこといってらあ。遅刻しないじゃなくて出来ないんだけどな。やいのやいのハダリーと母さんに言われるから。それに今はその一緒に登校出来て嬉しいデス」
「今は・・・・?」
金雀枝杏樹は勇騎の視線が自分のブラウスにいっているのを見て彼の足を踏みつけた。
「いってえ!!」
「スケベ!!変態!!」
朝の爽やかな出来事をぶち壊した幼馴染の行動に憤慨した杏樹はスタスタと先に学校へと行ってしまう。
「ま、待ってくれよ。調子に乗って悪かったよ。そうだ、聞きたいことがあったんだ!」
「何!?」
物凄いジト目で睨んでくる幼馴染に気圧されながらも勇騎は絶対に聞いておきたい事があったのを思い出したのだ。
「その、クリーニングって出しても大丈夫なのか?いや変な意味じゃないって!?ヴィダリオンやハダリーは冬服の
校章に憑いているからさ。どうしてるのかな~って」
「私は普通に出したけど。そうか!ハダリーは従機士だから勇騎君から一定の距離から離れられないのよね」
「そうなんだよ。クリーニング出すのは今日まで待ってくれって母さんに頼んでいるからさ」
「本人は相変わらず寝ていたみたいで何も感じなかったって言っていたからあまり参考にはならないわね。後はクリーニングが終わるまで何事もない事を祈るしかないんじゃない?」
「だよなあ。ま、連中もここんところ大人しいけど・・・・」
「かえって不気味よね・・・・」
2人してため息をついたところで丁度学校へと辿り着いた。
ゴールデンウィークと先のゴートクレスターⅡによる地上げ事件による臨時休校で合わせて3週間ぶりの学校ではどこの教室でも友人達との再会を喜ぶ声で溢れており、少しだけ誇らしげな気分で2人は教室に入る。
「ようお二人さん、聞いたか?今年は運動大会が中止になるらしいぜ」
「おはようさん。何だよ陸。どこ情報だよそれは?」
「朝来たら、校長室で生徒会長の怒鳴り声が聞こえてきてな。勉学の遅れが~とかで教頭と一緒になって力説してやがった。ありゃ本気だな」
「礼徳会長の言う事も一理あるわよ。困るのは私達なんだから」
「だからって中止する事は無いと思うけどなあ」
陸に同調する勇騎。クラスでもこの件に関しては意見は真っ二つに割れていた。そうこうする内に予鈴が鳴り、担任
の先生が入って来てHRが始まる。
「もう噂になっている様だが今年は運動大会を中止にすべきという意見が出ている。だがこの事を残念に思う者多いと思う。そこでだ、校長先生の意見としては学生自治の原則から全校生徒にアンケートを取って決めようという事になった。大会をするか否かを今から紙に書いて投票するように」
「結果はいつ分かるんですか?」
「今日の昼休みに放送で流す。例年通りなら1週間後だからな」
昼休み
いつもなら右から左に聞き流す昼休みの放送を勇騎と陸を含む勉強嫌いの生徒らは固唾を飲んで耳をそばだてていた。
杏樹を含めた女生徒らはそんな彼らを呆れた目で眺めながらも結果はやはり気になっておしゃべりもそこそこに放送に注意を向けていた。
結果は開催決定。ただし、例年2日の所を1日に短縮するという妥協案だった。
「よっし!ナイス校長!」
それでも恒例行事が開催されるという事は一種の安心感を生徒達に与えたのは事実だ。たった1人を除いては。
「どうして・・・・どうしてみんな分かってくれないの・・・・?」
生徒会室で礼徳律子は涙声で自身の机に両肘をついて顔を抱えていた。こんな調子で受験生である3年生はどうするのか?学校自体が存続の危機なのに皆暢気すぎる。
「こんなのっておかしいわよ・・・・」
「そうだ。君は正しい」
律子はハッと頭を上げるが誰もいない。心労で幻聴が聞こえだしたのかと思ったが再び声が聞こえた。
「だが正しさを示すには力が必要だ」
「誰?誰なの?」
応えたのは声ではなく音。吸血鬼のような青白い顔の男がいつの間にか目の前に立っていた。
「さあ、これを。君の望む世界と力を手に入れたまえ」
律子は男の声に導かれるようにひし形の結晶HBクレストを手にして胸に突き刺した。途端彼女の体が紫がかった黒い波動に包まれる。
「フフフッ私の細胞で生み出したHBクレストにて誕生せよ!ライオンクレスタ―!お前のルールで町を支配せよ!!」
ライオンクレスタ―は頭部が猛獣である以外はエジプトのピラミッドの傍にあるあのスフィンクスそのものだった。
「彼女」は雄叫びを上げると町へと飛び出していった。
「ハアッ、ハアッ、間に合え、間に合ってくれ!」
勇騎は商店街のクリーニング店へ走る。家に帰り着くなり母親から冬服のクリーニングを済ませた事を聞いた彼はハダリーに事情を説明する為に上着を取り戻しに走った。クリーニング店の前には配送用のワンボックスワゴンが停まっていて今まさに店の品を積み込んでいる所だった。
「す、すいませ~んッ!?逃げて!」
勇騎の声は店の人達に届く事は無かった。車の天井に突如降り立ったエジプトのファラオのような被り物をしたライオンの怪物がその被り物から何かを放出するとそれに搦めとられた人々はライオンの体に吸収されてしまった。
「あ・・・・杏樹か!?クレスターだ!場所はクリーニング店で」
迂闊にも怪物の目の前で電話をした勇騎をライオンクレスターが見逃すはずが無かった。
「フフフ、お前も受けろ!」
「あ・・・アコレード・ハダリー!」
勇騎は自分の機士であるハダリーを呼び出す呪文を唱える。だが車の荷台が光ったかと思うとそれ以降何の反応も無かった。
ライオンクレスタ―の頭部から光の糸のような物が射出され勇騎に迫る。糸はしかし、身構えた勇騎に触れる事は無かった。機動鋼馬ベオタスに騎乗し盾を構えて急降下してきたホットスパーに阻まれたからだ。
「大丈夫かユウキ」
「後はお任せを」
「た、助かったよホットスパー、カローニン」
「フ、バカめ!」
「う?何ッ!?」
ホットスパーの盾に張り付いていた糸が伸びて盾ごとホットスパーの体を拘束する。
「ホットスパー様、ユウキ様!?」
クリーニング品の山を押し分けてようやく車から這い出して来たハダリーはバトルモードへと移行すべく修道服を脱ごうとする。
「破廉恥な!貴様も女なら恥じらいを持つがいい!!」
ライオンクレスタ―は怒り狂い拘束糸を飛ばしてハダリーの脱衣を阻止して拘束した。
「しまった!」
「そこで反省していろ。次はお前だ!」
「そうはいかん!チェンジマートレット!」
カローニンはライオンクレスタ―の拘束糸を鳥を模した飛行形態で躱しつつ回転突撃をかける。
「馬鹿な・・・グワッ!」
「残念だったな!」
ライオンクレスタ―は突撃を片手で止めるとカローニンを地面に叩きつけると拘束糸で縛りあげる。
「み、皆・・・」
逃げるべきだ。だが仲間を置いてはいけない。そのジレンマで硬直した勇騎の耳に聞き慣れた蹄の音が轟いた。ヴィダリオン達が来たのだ。
「新しいクレスターか!マリニエール、メガイロこのままチャージアタックだ!」
「「了解!」」
「気を付けろ!変なものを飛ばしてくるぞ!」
「承知した!」
突撃陣形をとって突っ込む3騎の眼前でライオンクレスタ―は本来の姿を現す。
「最後はあなた達よ!」
「え?生徒会長?」
黒髪のショートボブに神経質そうな切れ長の眼に眼鏡をかけた勇騎が見慣れた、生徒会長の姿に愕然とする。
「何ッ!?こいつもHBクレスタ―なのか?」
人間を攻撃する事は出来ない。速度を緩めた3騎と正体に呆然とする勇騎に律子の姿で拘束糸を射出して縛り上げる。
「ぐ・・・これは・・・!」
「心配するな。殺しはしない。お前達機士共は私の主催するデストーナメントの特別参加者だからな。無論参加しないというのであれば」
「うわあああ!」
「ユウキ様!?おのれ卑劣な!」
「そいつは参加証も兼ねたタスキだ。もちろん負けたらこのタスキがお前達の体を粉砕するがな」
「良いだろう。その挑戦受けて立つ」
「首を洗って待っているがいい」
ヴィダリオンの宣言を笑って受け流すと律子はライオンクレスタ―の姿に戻って何処かへ消えていった。




