エスノアの頑張り
ハクたちが依頼を終わらせて宿に戻ると、随分と疲れた様子のエスノアがベッドに倒れこんでいるのを発見することになった。非常に疲れた様子を見せるエスノアに、流石のハクとファネも心配になる。
「エスノア、大丈夫か?」
「は、ハクさん……怖いですね、港街は」
そう、実はエスノアは船の整備士(主観ギャング)とは別に、何度か怪しい人物たちと遭遇してしまったのだ。
筋骨隆々の、もじゃもじゃした塊を持つ男たち!(漁師)
血に濡れた槍を持って倉庫へと入っていく女!(漁師)
突如として爆音を鳴らす大きな船!(漁船)
ということで、エスノアは彼女らしからぬ焦りと混乱を持って、この港町の洗礼を受けたわけである。どれもこれも漁業に関連するものたちなのは不思議である。
最初のギャングじみた整備士たちで、だいぶ恐怖メーターが限界だったのだろう。そこから先に出会った人々に、エスノアは正常な判断を下すこともできずに逃げ回ったのである。
しかし、そうして逃げ回っていても情報収集は欠かさないのがエスノア。その体の多大な疲労と引き換えに、当初の目的を達成したのだ。
「次に船が出るのは三日後らしいです。値段はそこまで高くないので、当日までいつものペースで依頼をこなせば十分溜まる額です」
ベッドに倒れこんだまま、顔だけをハクの方に向けて報告をするエスノア。その姿には、どこか哀愁のようなものすらも漂っていて、二人はツッコもうにもツッコめなかった。
「そちらはどうでしたか?」
「昨日も私はそうだったんだが、荷物運びだ。ファネが軽々と大きい荷物を運ぶから、皆が驚いていたよ」
ハクたちは、昨日とは別の倉庫にて荷運びを行った。
依頼を受けてきたのが、ひょろひょろな見た目のハクと、小さい女の子だったので依頼人の漁師は酷くがっかりした様子であった。しかし、仕事が終わるころには、ボーナス分まで出して二人を送り出してくれたのである。
ハクは大きい荷物を運ぶと同時に、小さい荷物を尻尾で運ぶのである。一本につき、一個の箱を巻き付けて運ぶので、一気に四つまとめて持っていくのだ。
ファネはその小さい体とは裏腹に、大きい荷物をひょいと持ち上げて悠々と往復する。ハクですら少し苦労した大きな箱をファネがひょいと持って行ったことに、ハクは少しだけ筋トレをしようと心に決めた。
「明日からは私も依頼受けます……」
「休んでてもいいぞ?」
「うんうん、お姉様、休憩して?」
「大丈夫です。これは、ちょっと精神的なものですから」
そのまま枕に顔を埋めると、しばらくして寝息が聞こえてくるようになった。どうやら、ハクたちが来るまで待っていたのも限界になり、睡魔に負けて眠り始めてしまったらしい。
あのエスノアがここまで精神疲労状態になるとは、一体何があったのだろうと二人は思う。まさか、ただ漁師たちと交流しただけとは思うまい。
「この様子じゃ夕飯は起きないかもしれないな。気が済むまで眠らせてあげよう」
「うん。おやすみ、お姉様」
尚、エスノアが眠ったのは、ハク用の一人部屋のベッドだ。なぜだか知らないが、エスノアは二人部屋ではなくハクの一人部屋で待っていたらしい。
ハクとしては、昨夜も使ったそのベッドに女の子を寝かすというのは少々の抵抗感を覚えるが、起こしてしまうのも憚られ諦めることにした。このままエスノアが起きなければ、ハクが女子部屋で眠ることになり……やはり、夜の寝る前に一度起こそうと決めた。
ハクたちは二人部屋の方へと移動した。ファネが悩むようにハクに問う。
「じゃあお父様、どうする?夕方だけど……」
「夕食の用意をしてもいいが、少し気になることもあって。スラちゃんを出してくれるか?」
「いいよー」
ハクの願いで、ファネは魔道具からスラちゃんを出してあげた。毎晩寝る前にファネが遊んでいるからか、ハクの目には前よりも動きが活発になっているように見えた。
ハクはポケットの中から小瓶を取り出した。中には透明の液体が入っているようで、何かが浮いている様子はない。
「お父様、それは?」
「これはただの海水だ。隙を見て少し汲んでみたんだが……」
ハクは、その小瓶の蓋を外すと、そのままスラちゃんへとかける。
スラちゃんはびしゃびしゃと海水を浴び、最初は何か反応を示していたようだが、途中から動かなくなった。だが、その海水はスラちゃんへと吸収されてしまったようで、周囲には濡れた痕跡はない。
「ふむ」
「お父様、何か分かったの?」
「正直この量じゃわからないか」
ハクの創作物知識はそこまで深くないが、スライムという物質ならそれなりに覚えている。有名なRPGの雑魚的に抜擢されてからというもの、スライム自体にもある程度注目が集まったように思える。
その知識から言うと、スライムに塩をかけるとスーパーボールのような触感になるのだ。実際、弾力性が増して動きが変わる。水分が減るので、粘着性が下がるのだ。
そうなれば、スライムはもっと活発に動くようになるんじゃないかとハクは考えたわけだが……触ってみても、特に変化はない。
海水をかけたところも、特に変化しているようには見えなかった。実際に高いところから落としてみても、今まで通りべちゃっと広がったあと、少しずつ元の姿へと戻っていくのみ。
「お父様、どういう……」
「ふむ、まあ少なくとも私の知るスライムとは別の性質を持っているようだ」
例えば、水をあげればその質量だけ増える、というわけでもないようだ。今は海水をあげたわけだが、塩が混じっているとはいえ、水分は水分である。しかし、見た目では大きくなったようには見えず、いつも通り。
海水が下に染みていないので、スライムが吸収したことは間違いないだろうが、その質量は一体どこにいったのだろうか。
「ファネ、エスノアから何かスライムの知識を聞いたか?」
「うん。育てるならって」
そう言ってファネが自分のバッグから取り出したのは小さなメモ帳。いつの間にやら買ったもののようで、まだまだ新品の様子だ。
ぺらぺらとめくると、そこには色々とメモが記されていた。ハクはスラちゃん育成日記か何かだと思ったが、中身には情報という情報が書かれているようだった。
ハクがちらりと見えた内容では、ハクのこと、エスノアのこと、国の位置や魔法についてなど、あらゆることが書かれている。見出しのようになっていたので、詳細は分からないものの、何が書かれているかは分かったのだ。
そうしてスラちゃんと書かれたページを開くと同時に、ファネはハクの方を向く。
「お父様、乙女の本を勝手に読んじゃいけないんだよ」
「おっとすまない。失礼した」
「お父様だからいいけど!それでこれなんだけど……」
そこには、エスノアの持つ魔物知識が色々な観点で記されていた。どうやらスラちゃん相手に実験もしたらしく、魔力への反応や水への反応などが書かれていた。
「それでファネたちの結論だと、核がないのが問題かなって」
「核か……」
某RPGではないが、例えばフリーゲームなんかのスライムには存在していることもある、いわゆる心臓のようなものだ。
この世界のスライムは基本的に核を持ち、核がない部分はあくまで反応でしかなく、成長や意思などは核を元にして発生しているらしい。故に、この核を持たないスライムは、成長も攻撃もしないのだという。
「因みに、スライムをペットにした事例は?」
「意思が希薄だからテイムも難しいって書いてるよ。でも……」
と、そこで二人部屋の扉が音を立てて開く。びくりと体を揺らしてみてみれば、そこにいるのは先ほど眠ったはずのエスノア。
「意思のないはずのスライムが、ファネには懐くような反応をしてる。なら、何か新しいことも分かるかもしれません」
「起きて大丈夫なのか?」
「いえ、その、ハクさんの匂いが……」
ハクは落ち込んだ。加齢臭とかするのかな。
エスノアは赤面した。まさかハクの香りがあそこまでエスノアの情緒を破壊するなんて。
「二人とも、どうしたの?」
二人の間で、不思議そうな顔をするファネは、スラちゃんを優しく撫でた。




