海か、陸か
ハクの尻尾が筋肉痛になり、エスノアに回復魔法をかけてもらいながら起きた朝。
三人は昨日と同じ店に行き(ファネを尻尾にぶら下げたまま移動した)、朝食を終わらせたあと。
「さて、ここからのことですが」
「いくつか行き先があるみたいだな」
三人はハクの部屋に集まり、今後のことを話し合っていた。
尚、ファネはまだ眠たいらしく、ハクの尻尾でうつらうつらとしている。眠いから尻尾を抱いているのか、尻尾を抱いているから眠いのか、その因果関係は定かではない。
「まず、順当に東へと進むルートです。バンガロンドにおける中央都市があり、色んな種族が入り乱れている街がありますよ」
エスノアが地図を指さす。イントの街から西は、同じく港町が何度かあったうえで、その先に中央都市が存在している。バンガロンド共和国の国土のほぼ中央に存在しており、月に一度の種族会議も、この街で行われている。
「もしくは、ここから海に行くルートですね。バンガロンド内で降りることもできますが、アルクリア王国、ドラメル帝国、エスト国にも船が繋がっているようです。クエンサーは流石に遠すぎて繋がってないみたいですけど……」
クエンサーはアルクリアやバンガロンドの北側に存在している、エスノアの故郷の貧困国だ。船が出ていない理由は、距離以外にも理由がありそうである。
ドラメルはバンガロンドの東にある国で、軍事力が高い。戦争はしていないが、出現する魔物やモンスターが強いため、国中でピリピリしていることが多い。
エスト国はファネの故郷。たくさんの島から成り立つ国であり、王国制ではあるものの、島同士で協調性が高いとは言えない。吸血鬼の住む島が残されている時点で、協力などできそうにない。
「勿論、また砂漠に戻るという選択肢もないことはないですが……」
「今後数年は砂漠はご遠慮願いたい。這うような状態で砂漠を渡るのはもう懲り懲りだ」
「ここらへんの地域、いい思い出がないですもんね」
苦笑しながらエスノアが言う。今のところ、バンガロンドに入ってから何事もなく出られた街というのは少ない。逃げたり追われたりして、砂漠と乾燥地帯では特に苦労をさせられた。
それを思えば、砂漠に戻ろうとは思えない。自ずと、陸を進むか海を進むかという話になっていく。
「確か、エストは西にあるんだよな」
「はい。アルクリアから海を挟んでさらに西の海上ですね」
分かりやすくここまでの国の立地関係を表すと、
クエン
エスト 海 アルク バンガ ドラメ
となっている。ここでさらに東に進めば、エスト国まで足が伸びるのはだいぶ先のことになる。
「ファネは故郷に戻りたいと思うか?」
「うーん……あそこは船が通ってないし、吸血鬼のお父様はまだ大陸にいると思う。それに、狐のお父様がいるから戻りたいとは思わないよ!」
狐の尻尾を揺らして尋ねれば、ファネは笑顔で返事をしてくれた。
ハクたちが出会った吸血鬼は、ファネを見て家名に反応していた。どうやら吸血鬼内ではやんごとなき立場らしいファネだが、ハクたちには何も言わないし、特に帰りたそうにも見えないので、気にしないことにしていたが……本当に、故郷に対して郷愁の想いはないようだ。
「ファネはもっと遠くに行きたいな。知らないところ!」
やっと尻尾から離れ、ファネも話し合いに参加する。流れでファネが指さしたのは、ドラメルの西端。
「こっから先は何もないの?」
「ううん。ちっちゃい島が残ってるみたい。国になるほど大きくない島が」
「世界の果てまで行ってみたいなぁ」
世界地図を見て、果ての景色を思い耽るファネ。
それを微笑ましく見つつ、ハクは世界の果てがどうなっているのか少し考察してみることにした。
一般的にハクの頭の中では、地球の形が思い浮かんでいる。しかし、この世界は異世界だし、地球の物理現象が正しく働かない場面というのは何度も見てきた。それこそ、ドーナツのようになっていたり、平面になっていたりしてもおかしくない。
果たして、この世界に果てというのがあるのか、ファネにつられてハクも少し興味が出てきた。
「なら、このまま東に進んで……ついでに、船も乗ってみようじゃないか」
折角港町にいるのだからと、二人に提案するハク。尚、料金については一旦考えていない。
船に乗れる機会というのは非常に少なく、内陸が多い地域では船というのは見ることもない。お金の問題はあれど、時間に縛られている旅ではないのだから、これを機に乗船するのもまた一興であろうと。
「どこまで乗ります?」
「うーん、長くなれば長くなるほどお金が必要だろうし、中央都市の最寄り港でいいんじゃないか?」
「船!」
「ふふ、楽しみだね。じゃあ、私は値段を調べておきます」
エスノアが母性を多分に含んだ顔でファネを宥めつつ、ハクにやることを列挙していく。エスノアは港を歩いて必要な資金を確認する。ということで、残った二人は金稼ぎだ。
「よし、ファネ、私たちは仕事をしよう。今度は二人で同じ依頼をやってみるか」
「やるー!」
そうして、三人は行動を開始した。ハクとファネはテンションのままにギルドに行ったので、ちょっとエスノアは心配したが。
エスノアは、ひとまず船が多く停泊している場所に行ってみることにした。そのうちの何割が漁船で、何割が輸送船なのかは分からないが、なんとなく大きい船が輸送船だろうと考えて、客船を探してみることにした。
まだ昼前だからか、港には漁船が多く、未だに競売会場も活発だ。一番の大物は既に取引済みだろうが、屋台で商売を行うような人向けの魚が多く扱われている。
ここでは情報収集は無理そうだと考え、波止場の近くに建物がないだろうかと探してみることにした。きっと船長たちが所属するギルド的なものがあるだろうと思ったのだ。
エスノアは、船の知識がほとんどない。実物を見るのも、実のところ初めてだ。流石に存在すら知らないということはないが、それにしたって使う機会も見る機会もなかったので、知っていることの方が珍しいかもしれない。
エスノアの知識は、基本的にすべてが書物からの吸収だ。故に、本に書かれていないようなマイナールール的なことを知る由もないのである。
どういうことかと言うと
「あ、あれ」
いつの間にやら、エスノアは妙に殺伐とした場所に迷い込んでしまったのである。
ここは船の整備士たちが集まるエリア。ただの整備士なので、怖い人たちではないものの、その筋肉と威圧感、そして全員真面目に仕事をしているせいで空気が重い。
エスノアに恐怖を与えるには十分だった。
「嬢ちゃん、ここには入っちゃいけないだろう?」
一人がエスノアに気が付き声をかける。彼にとっては笑顔なのだが、もとより強面なせいもあって、エスノア視点だとギャングの類にしか見えない。
だが、彼がエスノアに気が付いたことで、どんどんと人は集まってくる。
「危ないだろう?」
「女が一人でこんなところに来るなんて……」
「ここは危ないから、ちょっとこっちに……」
強面が、脅すような表情(エスノア主観)で詰め寄ってくる様子は、精神的に成熟していても未だ十六歳の少女には厳しいもので。
「ごめんなさあああい!」
涙目で、脱兎のごとく逃げることになったのだった。エスノアには、波止場は怖いところという恐怖が刻まれた。
尚、彼らは優しいので、普通に話せば客船のことも教えてくれる。エスノア、痛恨の恐怖。
「はぁ……ふぅ……まさかギャングの縄張りに入っちゃうなんて」
彼らが何をやっていたかなど見ておらず、ただ強面の男たちに囲まれたという記憶しかないエスノア。整備士たちのことをギャングと決めつけることにした。
いや、少なくともエスノアにとってはギャングだったのだ。吸血鬼男に出会ったときよりも、今のギャングの方が怖かった。
だが、こんなところで止まってはいられない。
エスノアはなんとか心を持ち直して、波止場から離れる方向に情報収集に向かったのだった。




