カトゥブリーダー
魚料理を食べたことで、すっかり目の覚めたファネを連れて、三人で通りを歩く。既に競りのピークは終わっており、多くの屋台が販売を開始していた。
きっと、ハクたちが買った店は、逆に店を畳み始めている頃だろう。他の店や料理とタイムスケジュールがずれているからこそ、あの時間から店を開けることができるのだ。
「にしても、本当にカトゥが多いな」
魚を焼いている店が増えてきたからか、屋根上や路地裏の至る所にカトゥが待ち伏せている。そのほとんどがこの街のどこかで飼われているペットだというのだから、不法地帯にもほどがある。
カトゥを完全に飼いならすことはできない。猫のような見た目をしているものの、見た目よりも狡猾で、魔法も使えるのだから、ただの人間が家の中に束縛することはできないのだ。無理に制限をさせると、カトゥは家の壁や窓を吹き飛ばしてしまうので、飼い主たちはカトゥが外に出るのを止めることはできない。
一時期、カトゥの飼育を制限しようという動きがあったが、カトゥがなんだかんだ人気のペットであるということと、既に飼っているカトゥたちを制限することができないということで、結局流れることとなった。
故に、この街はカトゥたちによる襲撃に怯えながら食事をしないといけないという状況になっている。
因みに、カトゥたちは店の焼いているものから直接取ることはしない。焼いている途中は流石に熱すぎて近づけないのも理由の一つだが、店から直接奪うと、店がなくなってしまうことをカトゥたちは知っているのである。
店から直接奪おうとするカトゥがいれば、他のカトゥが静止するくらいだ。カトゥたちの中にも、ちゃんとしたルールが存在しているということが、この街のカトゥ研究科によって証明されている。
「うまくやれば戦いの仲間にもなりそうだがなぁ」
「実際、人によっては戦闘に使っているみたいですよ。いわゆる、モンスター使いって言われている人たちです」
魔物はどう頑張っても他生物と相いれることはないが、モンスターなら話は違う。
魔石を持たず、普通に生殖で増えるモンスターたちは、根気よく餌などを使って餌付けさせれば飼いならすこともできるのだ。地球の、動物園で飼育員に甘える動物たちと同じである。
そのため、強力なモンスターたちを従えて戦うモンスター使いが、非常に少ないが存在している。
尚、モンスターの被害者で一番多いのは、モンスター使いになろうとして襲われた人たちである。
「ファネがいるから、お父様はモンスター使い?」
「使ってないだろう。私たちは家族じゃないか」
「~~!えへへ、そうだねお父様!」
ぎゅむっとハクに抱き着くファネ。ハクは優しくファネの頭を撫でる。
それにしても……エスノアは思う。ファネはまだ、自分がモンスターであるという自覚が強いようだということを。
吸血鬼はモンスターである。それは、全世界で共通に認識である。例え人の言葉を話し、会話のキャッチボールすら可能だとはいえ、今までに吸血鬼によって齎された被害が、吸血鬼の分類を異種族ではなくモンスターへと定義させるに至った。
ファネの自認がモンスターではなくなる時は、きっと世界で吸血鬼が受け入れられるまで来ないのだと分からされる。とはいえ、アルクリア王国で遭遇した吸血鬼の様子を見るに、共存の道は険しそうだけど。
「でも、ファネがスラちゃんを扱えるようになったら、モンスター使いになれるかもしれないなぁ」
「確かに!」
現在、ファネのローブの中に、スラちゃんが入っている魔道具がある。まだ、スラちゃんは少しだけもじょもじょするだけの大きさと知能だが、もしこのまま成長することがあれば、もしかしたら一緒に戦ってくれるようになるかもしれない。
そも、ハクが蜥蜴たちに働かされた原因の一端は、スラちゃんが戦えるようになるためにどうすればいいかを探すためだった。結局、見つけることはできなかったが、いつかスラちゃんが強くなることがあるかもしれない。
そうなれば、名実ともにファネはモンスター使いになるだろう。人類からすると、モンスターがモンスターを使ってくるという特殊事例だが……
「私も、自分がモンスターに分類されるか知らないしな」
「そういえば、ハクさんはこっちは化けてる姿ですもんね」
「親や兄弟は人間を襲っている様子はなかったが、そもそも人間が入れる森じゃなかったらしい」
それに、ハクが全力疾走したうえで数日走り続けることでやっと抜けられるほどの大きさの森だ。その奥深くに住んでいる狐種族のことなど、誰も気にしていないだろう。
一応、獣図鑑に載っていることは確認済みだが、それにしても発見例が少なすぎて分類未定であった。
「お父様は優しいよ!」
「それはファネも同じだよ。一個人の性格だけで種族の危険度は決まらないから……」
もしかしたら、ハクと、そこら中にいるカトゥは同類なのかもしれない。
生息域によっては、ハクはどこかのブリーダーの元で生まれていた可能性だってある。そうして生まれていたら、人生……狐生は全く違うものになっていただろう。
「もー、すぐにファネたちをモンスター扱いするこの世界嫌い」
「人間とはそういうものだよ。恐れるなら敵と判断するのさ」
それは、地球でもこの世界でも変わらない。
ハクはこの世界の人間の性質を理解していた。なまじ、それぞれが強大な力を持っているせいで、敵対したら即戦闘が起こり得る世界なので、地球よりも数段物騒だが。
「ハクさん、たまにとても人間側なことを言いますよね」
「ああ……経験かな」
「ハクさん、私と出会うまでそこまで人間と関わりがあったわけじゃないはずですよね」
まさかその経験が、前世によるものだとはエスノアも思いつかない。
生まれてからエスノアに出会うまでの話はしたことがあるので、エスノアはハクの最初の街で出会ったことを知っている。それまでは獣人の村で生活していたので、やはり人間はいない。
一体どこで、とエスノアが考えていると、そんなぼーっとしているエスノアの足元をカトゥが走り抜けた。危うく踏みそうになって、慌てて足を退かしたものだからそのまま転んでしまう。
「エスノア、大丈夫か?」
「あはは……大丈夫です。カトゥは大丈夫でしたか?」
「奴はもう路地裏に走って行ったよ」
見れば、その路地裏には、他の数匹のカトゥも走りこんでいく。それぞれが何かしらを咥えており、戦利品を手に入れて帰る途中であることが分かる。
「あっちに家が?」
「そうみたいですね……ってファネ!」
気が付いたら、ファネがカトゥたちの後ろをトテトテとついて行って路地裏へと入って行ってしまった。ハクとエスノアは顔を合わせ、急いで追いかける。
そうして二つほど曲がると、カトゥの鳴き声が鳴り響く場所に出た。その入口で、ファネはその中を眺めるように立ち尽くしていた。
「もう、ファネ。危ないから勝手に離れちゃだめだよ」
「お姉様、ごめんなさい」
申し訳なさそうな表情で謝罪を口にするが、ファネの視線はずっとカトゥたち……いや、そのカトゥたちの中心にいる男に向けられていた。
「あん?お前、昨日のやつか!」
「迷いカトゥの世話してた人!」
二人は知らないことだが、ファネとその男は面識があった。昨日、ファネが迷いカトゥの依頼を受けた時、探しているカトゥの近くにいた男である。
どういう術か、カトゥたちに好かれているらしく、男の周囲には十匹ほどのカトゥが寝転がっていた。
「ちっ、追ってきやがったのか。やれ!」
男が声をあげ、エスノアが周囲を警戒する。
しかし、襲ってきたのは、なんとカトゥであった。男の近くにいたカトゥたちが飛び上がり、三人に魔法を浴びせ始めたのである。
それぞれのカトゥが使える魔法は個体差があるが、それがむしろ今は大変。炎や氷、雷などが三人に飛び、エスノアは必死に結界を張って防御をしている。
「何するの!」
「魔法使いか。ならっ」
すると、男は懐からナイフを取り出して飛び掛かってきた。カトゥの魔法の隙間を潜り抜け、ファネのところまで走りこんでくる。
ファネが急いで盾を構えるが、男の身のこなしは軽く、路地裏の壁を使って縦横無尽に突撃してくるせいで、うまく身構えることができない。
なので
「うちの子に何するんだ」
男が踏み込もうとした地面に、突然くぼみができる。安全に降りたてる場所を確認したはずなのに、突然動いた地面に、足をもつらせ男は転倒しそうになる。
だが、立て直そうと踏みしめた地面が、今度はスライムのように変形した。たまらず男は転倒すると、同時に左右から石の壁で挟まれる。
魔法を放っていたカトゥたちは、突然地面から伸びた壁がドームのように囲い、完全に身動きを取れなくする。中からドンドンと聞こえてくるが、しばらくは大丈夫そうだ。
「なるほど、カトゥを使って窃盗をしていたのか」
「ぐ、がぁ」
そんな事象を発生させた本人は、すべて変化魔法によって実現したハクである。
頭の中で思い描くままに、男とカトゥたちを捕獲したのだ。同じく変化魔法を主に扱うバンカをして、そんな使い方はあり得ないと叫ぶような運用方法。
しかし、それを成したハクは魔法の使い方を気にも留めず、男を紐で縛り上げた。
「憲兵に差し出したら色々出てくるだろう。エスノア、誰か呼んできてくれないか」
「は、はい!」
「ファネ、カトゥたちを宥められるか?」
「やってみる!」
そうして、男は最近発生していた窃盗事件の犯人として連行されていった。男が使っていたカトゥは、元々この街で飼われていた迷いカトゥであり、本来の飼い主のところへと返還されることになった。
最も、まるで使命かのように人間を攻撃するようになっていた数匹のカトゥは、そのまま処分されることになった。
そして夕方、観光などできぬまま色々と事情聴取をされていた三人は、疲れた顔で宿へと戻ってきていた。
「はぁ、私たちは巻き込まれただけなのに、随分と時間がかかりましたね」
「それだけ男がやっていたことが重かったんだろう。こちらとしては迷惑な話だが」
「ごめんね。ファネが追いかけちゃったから……」
「ファネはいいことをしたんだよ。もっと胸を張っていいんだから」
ファネは少し落ち込んでいるらしく、ベッドにどさっと横たわる。
そんなファネの様子を見ながら、エスノアがハクに話しかけた。
「ハクさん、魔法の精度上がりました?」
「どういうことだ?」
「先ほどの拘束、変化魔法ですよね?でも、前はあんなことできなかったような」
今までの変化魔法は、何かしらの物体を変化させ別の物体にしたり、元々の壁などを変形させて使うというものだった。
しかし、今回の変化魔法では、明らかに質量が変化していたのだ。男を拘束するときに出てきた壁など、あの空間にあった石以上の素材が使われていたように見える。
「そうなの、だろうか。私は思うままに変化をしただけなのだが」
「お父様!狐になって!」
ハクが呟くと同時に、ファネが飛び上がって狐姿に戻ることをお願いしてきた。
無下にするものでもないと、ハクが大きな狐の姿に戻る。そして、そんな狐の姿を見たエスノアとファネは、同時に「あー!」と叫ぶ。
「お父様、尻尾増えてる!」
「ハクさんの尻尾が三本に……」
「キュン?」
王都から脱出したときに二本に増えた尻尾は、いつの間にやら三本に増えていたようだった。
何が原因かは分からないが、そのおかげで変化魔法の精度が上がったとエスノアは推察する。
人の姿に戻ったハクは、尻尾を一本に戻しつつ(流石に三本もあると人の姿だと邪魔なので消した)、思案顔で呟いた。
「ここまま増えるのだろうか。だとすれば、一体何が……」
その後、もう一度狐姿になるようにお願いされ、ファネは三本の尻尾に囲まれながら眠りについた。そうして尻尾が使われてしまったので、ハクはそのまま女子部屋で眠ることになってしまった。
エスノアが恥ずかしそうに、ハクの尻尾を抱きしめるようにして眠ってしまったので、次の朝起きる頃には、尻尾が筋肉痛になってしまっていた。
「」




