港町、イント
天気の良い日が、最も活気があるのが港町だ。海が荒れれば、それだけで活気は失われるのが自然環境に左右される街の特徴でもある。
本日は快晴。海から流れてくる潮風が心地よい……のだが、それはそれとして潮風のせいでハクの尻尾が少しごわごわする。いつでもブラッシングで綺麗にしているハクの毛並みだが、海を前にすると非常に無力だ。
街についてぶらりと通りを歩いていれば、すぐに生鮮市場になる。
所狭しと並べられた魚を見て、ファネのテンションが上がった。
「魚!」
「……ああ、そうだな」
「どうしたんですかハクさん」
「いや、この世界の生き物というのはどれもこれもこんな色なのか?」
ハクの目の前には、紫と赤の縞模様の魚。その隣には、虹色の魚。さらには若干発光している魚まで。
光沢による光の加減ではない。実際に、魚たちは妙に目に悪い色をして並んでいるのだ。
熱帯魚などの観賞用の魚にこういう色をしているやつもいたなと思うハクだったが、それにしたって食べる気分にはなれない。エスノアが平然としていることからこの世界だと、この色が標準的なのだろう。
この世界の生き物は、加工をしてしまうと地球のものと大差ない見た目になる。鳥は鶏肉らしいし、魚は普通に刺身になる。
だが、加工前の見た目は地球基準で考えると、食欲を減衰させる見た目をしているものばかりである。第一、ハクが好んで食べているファンタス鳥の時点で、実態は青色のフラミンゴの見た目をしているのである。それを考えれば、魚は色だけが変でシルエットはハクの知る見た目をしていた分、まだ抵抗感は少ない。
「なぜ魚が発光するんだ」
「あれはパラ魚ですね。発光しているせいで、すべての生き物から狙われる残念な生き物です。食べたら美味しいのも、残念さを押し出してますね」
地球の生物、チョウチンアンコウは、光を使うことによって暗い深海で獲物を誘き寄せるという習性を持つ。それを生身でやっており、そのせいで逆に自分が食べられるという残念な生き方をしているのがパラ魚である。
エスノアは淡々と説明しているが、どうしてそんな残念な進化の仕方をしてしまったのだと同情の念を抱いてしまうハクである。
「魚がいっぱいでおもしろーい」
「ひとまずギルドで換金してから宿ですかね」
「ああ。この街で買い物をする前に、ある程度依頼をしないといけないかもしれないな」
蜥蜴獣人から逃げることを優先したため、ここまでの道中の前半は戦闘をせずにひたすら走り続けたのだ。そのため、換金用の魔石の量が少々足りていない。海が近いのもあってか、モンスターの数が増えてきたのも関係していた。
ギルドで換金してみると、やはり足りない。冒険者の数が多いせいか、魔石の換金レートが低く、想定よりも手に入った量が少ない。これでは、宿に泊まるには少々苦しいかもしれない。
「宿の前に、一仕事だ」
「はーい」
「何をしましょうか」
ひとまず数日滞在できるだけのお金を手に入れるため、依頼掲示板を見に行く。ハクたちと同じように、換金額が足りなかったのか掲示板の周囲に集まっている人数は多い。
そのせいか、残っている依頼は、報酬額が少ないか、難易度が高すぎるか、怪しいものしかない。依頼内容は、漁師の手伝いや街中の揉め事などが大半を占めている。冒険者が多いからか、討伐系依頼は見当たらない。
ハクたちが悩んでいる間にも、次々と依頼はなくなっていき、そして矢継ぎ早に新しい依頼が貼られていく。規模が大きい街なので依頼には事欠かないようだが、一瞬で割のいい依頼を見つけるには、ハクたちは冒険者経験が少なすぎた。
「むぅ、分かんないよー」
「ハクさん、一か八かで依頼を掴むしかないのでは?」
「うーむ。何もできないよりはマシか……」
要は、貼られた瞬間に内容を確かめずに依頼を取るという手法だ。王都のように競争率が高いギルドではよくある手法なのだが、ハズレを引く確率も高い。ギルド職員が傍で見ているので、取った依頼をやっぱやめますというのは言いづらい。
ハクの動物的瞬発力を活かせば、誰よりも早く依頼を回収することも可能だろう。とはいえ、それでハクたちには不可能な依頼を取ってしまっては、それはそれで元も子もない。
「もしくは……分担しますか?」
「分担?」
「はい。簡単だけど安い依頼をそれぞれでやるんです。戦闘をしないなら、ファネが怪しまれることもないはずです」
妥協で受注されていく簡単な依頼は、他の依頼よりも長めに掲示板に残る。それでもやはりすぐに回収されてしまうものの、三十秒もあれば依頼の内容確認はばっちりだ。
エスノアだけでなくファネも、だいぶ経験が積み重なってきている。特に、エスノアは先日のファネの精神的成長を見たばかりだ。このへんで、信頼してみるのも悪くはない。
「そうしてみるか。とはいえ、何をするかはちゃんと確認するぞ」
「はい。内容はハクさんに任せます」
「お父様、お願いします!」
まずはさっと、図書館の整理の仕事を回収する。給料はいいが、拘束時間が長く面倒な仕事の部類。これはエスノアに向いている。
ファネには、ペットの捜索願いにしておいた。実のところ、ハクは依頼書に書かれた動物の名前が分からなかったが、エスノアに教えてもらえばきっと大丈夫……と信じたい。
ハク用の依頼は、漁船からの運搬作業だ。狐姿になることはできないが、力仕事にはそれなりに自信があるのでやり遂げることもできるだろう。
「二人はこれを。私はこの依頼をしてくる」
「ファネ、大丈夫そう?」
「任せてお姉様、お父様」
依頼が終わったらギルドで待機と決めて、三人は各々行動を開始した。依頼に失敗してしまえば、それだけこの街で生活できなくなるので、それなりに全員必死である。
………
図書館の作業はエスノアにとって天職であった。
決められたラベルと決められた本棚、それらを間違えないように揃えていく作業。単調な作業ながら大変なことだが、エスノアにとっては苦でもなく、ミスらしいミスもなく作業を終えた。その作業速度には、司書が働かないかとエスノアに打診したほどだ。
「この街に滞在している間にこの図書館に来てもいいですか?」
「勿論!元々そこまでお金取ってないけど、あなたなら無料にしてあげる」
司書はエスノアの手際に相当感動したらしく、色々と便宜を図ってくれた。一般公開されていない裏の書庫にも案内してくれたのだ。
それは、エスノアの仕事振りもそうだが、エスノアの本好きの性格を読み取ったことも理由に挙げられる。結局、仕事が終わったあとも一時間ほどエスノアは図書館に滞在し、時計を見て急いでギルドへと走ったのだった。
………
ファネが探しているのは、カトゥというこの世界における猫枠のペットだ。見た目は普通の猫に近似しているが、化け猫のように尻尾が二本に分かれているのが特徴である。
「得意な魔法は浮遊かぁ……」
依頼主から聞いた情報を思い返す。
そう、このカトゥ、魔法が使えるのである。ミャウと一鳴きすれば、カトゥそれぞれに元来持っている魔法が発生するのだ。今回、浮遊魔法により開けた窓から外に飛んで行ってしまった……と依頼主は推測していた。
「空を飛べばすぐだけど……」
浮遊しているのなら、ファネの翼ですぐに見つけることができる。とはいえ、街中でそんなことはしない。あまり目立つ行為をしないようにと言われているので、地道に歩いて捜索するだけだ。
カトゥは野良がほとんど存在せず、基本的にブリーダーによって繁殖した子を迎え入れる家が多い。そのため、聞き込みをすれば街中でカトゥを見たのならすぐにそれらしい情報が見つかる。
フードにローブの怪しい風貌から可愛らしい声が響くものだから、聞き込みをした相手は誰もかれも驚いていたけれど、その甲斐あってかファネはすぐに怪しい場所を特定することができた。
「路地裏の……ここを右に……パイプの上?」
教えてもらった道筋を、テクテクと歩いていくファネ。ふと、ミャウと声が聞こえてそちらの方に駆けていく。
そこには、依頼主から聞いた通りの毛並みを持つカトゥが、大きな箱の上でガタイの良い男性に餌をもらっている場面を目撃した。
「怪しい人!勝手に餌あげちゃだめなんだよ!」
ビュンと近づき、カトゥを抱き寄せる。まさに早業。
「でもお世話ありがとう!」
そうしてファネは来た道を戻っていった。あまりに一瞬のことで、男は反応することができない。
ファネは依頼を完了し、軽い足取りでギルドへと戻った。自分だってやればできるのだと、脳裏に褒めてくれる二人のことを思い描きながら。
……
ハクの仕事は簡単だ。大量の魚が入った箱を何度も船から下ろし、市場へと運ぶ。それだけだ。
一つ一つの箱は約百キロ。それを筋肉のついた男たちが運んでいくのに混じって、ハクが箱を運んでいく。
ここに来た時、始めこそ依頼主や他の男たちにヒョロヒョロのやつが来たと落胆されたものだが、実際のハクの動きを見ると、口を慎むしかなかった。なんせ、片手で箱を一つ持ち、一度に二つの箱を持って移動するのだから。
流石に同時に三つを持とうとすると重そうにしていたが、それでも動けないほどではないようで、三つまとめて持って行ったときは、男たちは顎が外れそうな勢いで驚いていた。
そうして、本来の依頼料から少し色をつけて払ってもらったハクは、意気揚々とギルドへと帰還した。自分の想定よりも、自分は力持ちなのだと認識したのである。
………
そうして集まったお金は、宿泊するのにも買い物するのにも十分な量になった。流石に食事などで豪遊することはできないが、ある程度なら趣味的に物を買うこともできる。
イント最初の日は、順調に始まったのである。




