種族の違いを超えるには
牢屋をガンガンと叩く音で目が覚める。
ハクが体を起こすと、道具を持った蜥蜴獣人がこちらを睨むように見つめて立っていた。
「仕事だ!起きろ!」
ハクに続き、他の三人も動きだす。しかし、彼らの動きは弱々しく、蜥蜴獣人に背をつつかれながら仕事場へと移動した。
ハクも、固いパンと水のみを与えられ仕事場へと移動する。今日も今日とて、坑道の中にある鉱石と岩を外へと運び出す作業だ。
さて、ハクは眠っている間に逃げ出す方法について色々と思考していた。何度か往復をしながら、作戦を振り返る。
運び出す岩山の場所と外の二か所には蜥蜴獣人がいて、変な動きを見せればすぐに通報、仕打ちを受けることになる。他に捕まっていた人々の姿を見れば、警告なく暴力が飛んでくることは想像に易い。
しかし、まあまあ長い坑道の途中、つまり、ハクがひたすら手押し車を運び続ける道中には蜥蜴獣人の目線が届かない。一本道だし逃げ道もないため警戒していないのだろうが、ハクにとってはそこが狙い目だ。
これまで長いこと旅をしてきたが、やはりハクのように姿自体を変えることができるような魔法はほとんど存在していないということが分かっている。エスノアに尋ねたこともあったが、狐が獣人の姿に変化するなど前代未聞で、観測されていればすぐに話題になっているだろうと言っていた。
つまり、誰の目にも届かない場所で自分の姿を変えれば、誰も同一人物だなんて分からないというわけだ。
ただし、変化する姿は考えなければいけない。狐の姿に戻っても怪しいだけだし、獣人の姿になっても意味はないだろう。ずっと一緒に過ごしてきたエスノアやファネの姿になら見た目だけなら変えられるものの、問題解決にはならない。
要は、蜥蜴獣人でないと怪しまれるということだ。蜥蜴獣人であれば、何をしてても問題はないだろうし、全員が全員相手の顔を覚えているわけでもないだろうから誤魔化しもできる。遠目で分からなければ逃げ出すこともできるはずだ。
とはいえ、蜥蜴獣人の身体構造が把握できていない以上は変化はできない。どうしてもハクの頭には、元々の蜥蜴の姿がちらついてしまい、蜥蜴獣人という見た目とは違う姿になってしまうことが分かっている。
「なんだ。さっさと次を運べ!」
だから、ハクは観察をすることにした。見つめることはできないものの、大陥没の中にいれば嫌でも何人もの蜥蜴獣人とすれ違うことになる。その一瞬一瞬を逃さず、ハクは相手のことを観察していく。同時に、頭の中に「蜥蜴獣人であるハク」の姿を思い描くのだ。
ここから逃げ出せばすぐにバレるだろうし、そうなれば蜥蜴獣人から犯人扱いされるのは間違いないが……既に、犯人だと決めつけられて奴隷扱いをされているので、正直そこに差異はないだろう。
ギルドで捕まった時は、取り調べを受けて禁固くらいだと思っていたのだけど、まさかそのまま懲役刑を食らうとは思わなかった。指名手配を食らうのは初めてではないので、そこの判断はあまり怖くない。
もっと穏やかで平和な旅になるはずだったのだけど、なぜか捕まってばかりな旅である。
この世界は、ハクに厳しい。妹を失ったエスノアにも、全世界指名手配のファネにも。
そうして五回ほど往復すれば、なんとなく蜥蜴獣人の姿のイメージをすることができた。今まで、何かに化ける目的で対象を観察したことがなかったので、今までとは違う脳の回路が構築されたような気がする。
蜥蜴獣人の筋肉にも見える表皮、長い尻尾、特徴的な顔の形。それは、蜥蜴なのではなく、ちゃんと蜥蜴獣人と呼ばれるに足る固有の特徴。
「ここで……」
坑道の途中、誰の目も届かなくなった一本道で。誰かが来れば足音で分かるので、ハクの周囲には現在誰もいないことを確信する。
そして変化魔法を使用した。狐のハクとは完全に別物の、蜥蜴獣人の姿をイメージする。
今までなかった体のパーツは大きさをしているからか、ハクに成長痛のような痺れが流れる。腕や足、尻尾に至るまで流れる痺れは次第に痛みとなり、ハクの急激な変化を押しとどめようとする。
イメージ像が崩れれば変化に失敗し、どんな姿になるか分かったものではない。痺れと痛みに耐えながら、ハクは変化魔法を完了させた。
長くしなる尻尾、筋肉質な緑の体、特徴的な細い頭。あくまで見た目だけしか変わっていないので、視野角が変わっているわけではないが、目の位置がいつもより外側なので違和感が凄い。
ハクは狐から蜥蜴へと変貌を遂げた。ぶっつけ本番ながら、それなりにうまくできた自覚がハクにはあった。鏡はないものの、触られたり会話をしたりしなければバレないはずだ。
ハクは手押し車と鉱石、石をすべて変化させて一つのバッグに入れる。どうせ騒ぎになるならば、鉱石を持って行った方が得だ。
ハクは平然と坑道を出る。そのまま大陥没の入り口の階段へと歩いていくが、特に話しかけられることはない。そのまま階段を上がって堂々とゲートを潜り大陥没から脱出を果たす。
街を歩いても特に視線を感じず、完全に溶け込んでいることを理解した。宿屋に入ると、非常に恭しく対応され、待ち人がいるとだけ伝えて素通りする。蜥蜴獣人だと身分保証もなく素通りできてしまうので、やはりあの時宿屋まで蜥蜴獣人を案内しなくてよかったと安堵する。
そして扉の前でいつもの狐の姿へと変化。扉を開けようとした瞬間、勢いよく目の前の扉が開き、そのままの勢いでハクは顔面を強打した。
「お父様ー!お父様?」
「あぁ……うん、ただいま」
鼻をさすりながら部屋へと戻る。中では安堵した様子のエスノアが頭の上にスラちゃんを乗せていた。
「私がいない間、静かにしていたみたいだな」
「はい。ファネがとっても大人しかったんですよ」
「お父様が伝言を残したなら、ちゃんと聞くもん」
地上に戻ったら別の騒ぎ、なんてことになっていなくて安心したハク。
ファネがおずおずと喋りだす。
「ごめんなさいお父様、ファネが我儘を言ったせいで……」
「いや、あれは私の判断ミスだった。ファネが気にする必要はない」
優しくファネの頭を撫でる。うっすらとファネの目には涙が浮かぶ。
だが、ハクとしてはあまり悠長にしている時間はない。
「さて、早速で悪いが街から逃げ出すぞ」
「はーい」
「はい!」
何があったのか二人は知らないはずだが、逃げるという提案に素早く返事をする二人。
エスノアもファネも、ハクが戻ってきたら逃げ出すことになるだろうと準備をしておいたのだ。どのみち、この街からは早めに移動したかったので、特に支障はない。既にハクのものも含めて、すべての荷物を片付けている。
ファネがスラちゃんを魔道具の中に入れ、三人はさっさと逃げ出した。狐獣人が指名手配されたのは、それから一時間後のことであった。




