大陥没鉱山
ハクは、ろくな食べ物も与えられぬまま牢屋から出され、何も持たされずに着替えすらもなく蜥蜴獣人に引っ張られていく。ハクの衣服は戦闘などの衝撃に対するために、変化したものではなくしっかりとした実物を利用しているので、できれば着替えさせてほしいなぁなんて思うハクである。
「これを持て」
そうしてハクの目の前に、ハクと同じくらいの大きさがある手押し車が押されてきた。黄色に塗られたそれは暗い坑道の中でも目立ち、事故防止に役立つカラーリングだ。
「ちゃんと荷物を運ぶんだな。逃げようなんて考えるなよ」
監視役の蜥蜴獣人二人と共に坑道の奥へと入っていく。監視役はただ監視をするだけのようで、軽装でハクのことをニヤニヤしながら眺めるだけだ。蜥蜴獣人ではない種族に仕事を押し付けることが、愉快でたまらないのだろうとハクは思う。
他種族を見下し、時には奴隷のように扱う。蜥蜴獣人が他種族を受け入れないと同時に、他種族もまた蜥蜴獣人を受け入れがたい状況を作っている。
そうして坑道の奥までくると、呼吸がしづらいことに気付く。
一般的な坑道であれば、呼吸ができるように地上から空気穴のようなものを貫通させておくのが普通だ。しかし、蜥蜴獣人は呼吸量が少ないのか、その空気穴が通常よりも少ないらしい。
「さっさと運べ」
特にノルマも言われぬまま、ハクは手押し車を動かし始める。
ハクの鉱山のイメージは、狭い坑道の中にレールを引いてトロッコを動かしているものだったのだが、この坑道は横に大人が三人並んでも問題ないくらいの広さがあり、レールも敷かれていない。
ここにはたくさんの鉱石と岩が山積みになっていた。坑道のさらに奥からカンカンと掘る音が聞こえるので、実際の採掘場はさらに奥で、ここは掘ったものを集積しておく場所であると分かる。ハクの仕事は、ここから外まで鉱石を運ぶことのようだ。
大陥没では複数の種類の鉱石が採取できるらしく、山の中はカラフルに煌めいていた。
鉱石も岩も重く、ハクの手押し車では一度に一割も持っていけない。ここで変化魔法を使おうものなら、さらに蜥蜴獣人から色々言われることが分かっているので、岩を小さくするという細工はできそうにない。
ハクは黙々と往復を始めた。
少しでも休もうものなら、蜥蜴獣人から罵詈雑言が飛んでくるので足を緩めることもできない。それに、一度外から往復して戻ってくると減った分が戻っているのだ。奥で現在進行形で採掘をしているので当然といえば当然だが、ハク一人ではこの山をなくすことはできそうにない。
いつになれば仕事が終わるのか聞きたいところではあるが、今のハクは蜥蜴獣人からすれば奴隷のようなものだ。不要な会話はハクの立場を悪くするだけだと理解しているので、ハクは一言も喋らず作業を続けた。
こういうとき、感情が大きく揺れ動くことがない自分の心理状態をありがたく思う。前世では一般的な感情があったはずだが、転生してからはまるで悟りを開いたかのように感情が揺れないのだ。こういった単調な作業も耐えることができた。
途中、坑道の奥から出てきた採掘道具を持っている蜥蜴獣人に何度かすれ違った。ハクの境遇は知らぬはずだが、誰も彼もがハクのことを見下すように嘲笑っていた。
そうして十往復もしていれば、外はすっかり暗くなり月が昇り始めていた。ハクはすっかり汗だくになり、動きも緩慢になってきた。
「今日の作業は終わりだ。手押し車を置いてこっちに来てもらおうか」
監視役の蜥蜴獣人に連れられ、大陥没内のプレハブ小屋のような建物の中に入れられる。
そこは簡易的な牢屋になっているようで、大きな部屋の中に、ハクと同じように扱われたのであろう蜥蜴獣人ではない人々が三人ほど閉じ込められていた。
ハクが来ても反応をする元気すらもないようで、三人ともぐったりとしていた。既に何日も働かされた後のようだ。
「貴様は明日も同じ作業だ」
それだけ言うと、蜥蜴獣人は鍵を閉めて出ていった。
プレハブ小屋のような見た目をしているものの、頑丈さはしっかりと作られているらしく、簡単には逃げ出せないような構造になっている。
ハクは部屋の中の三人の状態を見る。
一人は二十代くらいの若い男性の犬の獣人で、頬は痩せちらりと見える尻尾はボサボサで黒ずんでいる。元々は茶色の毛並みを持っていたのだろうが、今では茶色の部分を探す方が難しい。
一人は五十歳は超えていそうな人族の女性。ただでさえ体力が落ち労働には向かないというのに、毎日の労働により体の節々が変色しており、このままではしばらくもしないうちに衰弱死してしまうことは見て分かる。
一人は年齢不詳の蜥蜴獣人の男性。自慢の筋肉は健在だが、その体にはいくつもの傷があり、刃物で切られたような跡もある。傷口がまだ乾いていないところから、今日新しく傷もあるようだ。何をしたのかは不明だが、蜥蜴獣人の対応を見るに、彼はしっかり犯罪者なのだろうと思う。そして、今まで見下してきた他種族と同じような扱いをされ、いじめのような仕打ちを受け、彼は肉体よりも精神的な面で衰弱している。
さて、ハクは改めて自分自身のことを見た。
尻尾や耳は目立つからと、普通の人の姿、言うなれば前世の姿のまま活動したわけだが、獣人であったかどうかはあまり関係なさそうだ。どんな姿であろうと、ギルドで魔道具の話をした時点でこうして連行して捕まっていただろう。
労働の終わりなど、ないのかもしれない。しばしの労働に耐えるべくとここまで大人しくしていたものの、こうしてここの人たちの状態を見るに、衰弱死するまで労働は続くと考えてもいいのかもしれない。
「まさかスライムのためにこんなことになるなんて」
元々はスライムがもっと活動できるように……という話だったはずだが、いつの間にやらハクは罪人として牢屋に繋がれていた。
騒ぎになってでも、明日には逃げ出す算段をつけなければいけないと、ハクは予定を立てながら眠りについた。




