スライムのお願い。吸血鬼のお願い
「じゃあ、ギルドで何があったのかは二人とも見てないんだ」
「これ以上この街で長居するつもりはないからね」
宿に戻り、街での収穫をファネに報告するハク。最後にギルドで何かあったことを伝えるが、あまりファネは興味がなさそうだ。
ファネはスライム……スラちゃんを握るようにニギニギして遊んでいる。こういう遊び道具が地球にもあったなとハクは思いつつ、ハクはファネに旅に出る準備をするように伝えた。
すると、ファネは手の中にいるスラちゃんを見て、物憂げな表情を浮かべる。
「どうした、ファネ」
「この子も戦えるかなぁ」
そうしてファネが、差し出すようにスラちゃんをハクに見せた。スラちゃんは蠢いているものの、逃げる様子はなく、ただ戦闘本能的なものも感じられない。少なくとも、この見た目で勝てる相手というのはいないだろう。
例え赤ちゃんが相手だとしても、スラちゃんが大敗するだろうことは想像に難くない。
「流石に難しいだろう」
「でも、この魔道具じゃ心配だよ……」
魔道具は経年劣化もあり、器としての耐久性は低い。衝撃にも弱いうえ、魔力吸収の能力すらもないのでスラちゃんが傷ついてしまえば回復させなければいけない。
とはいえ、スラちゃんは小さいのでファネの魔力であればすぐに回復できるが。
「ふむ、ギルドにもう少し聞いてくればよかったな」
「今から聞いてくる?」
「あー……」
ハクはギルドの状況を思い出す。どう見ても厄介ごとの気配しかないものの……
「まあ、少し聞いてこよう」
まさか自分に関係するようなことでもないだろうし、とギルドへ向かうハク。あまり人が多いとそれだけで視線を集めてしまうので、ハク一人、それも尻尾や狐耳もなしのただの人の姿。
そうしてギルドまで来たが、未だにギルドの入り口では人混みが存在していた。先ほど見た時よりも詰め掛けている蜥蜴獣人の数が増え、対応のためにギルド職員も駆り出されているようだ。それを、他の冒険者たちが遠巻きに見ていて、巻き込まれないようにしている。
近づきたくないなぁ、と思いつつ、しれっと横をすり抜けることにしたハクは、しかし、詰め掛けていた蜥蜴獣人の一人に肩を掴まれ歩みを止められた。
「あんたじゃねえのか?怪しいものは持ってねえよな!?おい!」
仕事終わりらしい蜥蜴獣人の彼は、煤けた手のままにハクをがっしりと掴み離してくれそうにない。初対面のはずで、事情も知らないが、何かしらの犯人ではないと分かっているので素直に否定をする。
「私はただの冒険者で、特にこの街では何もしていない。事件性のあることは何もね」
「口ではどうとでも言えるんだよ!その服を脱いでもらおうか」
「冒険者の方に手を出すのはおやめください!」
無理やり身包みを剥がされそうになったハクは、これまた力の強そうな男性のギルド職員によって救出された。蜥蜴獣人から恨みがましい視線を受けつつ、ギルドの中へと退避する職員とハク。
「聞いていいことか分からないが、あれはなんだ」
「いやー、この街だとよくあるんですが、街で事件の類が起こるとすぐに異種族が犯人だと決めつけ、ギルドに押しかけてくるんですよ。今回は、大陥没内で窃盗があったみたいですね。金属が箱一個分なくなったってんで責任をこちらに押し付けようとしているようでして。全く、異種族はそもそも大陥没に入れないというのに……」
とても大きなため息を吐くギルド職員に、同情を禁じ得ないハク。この街のギルド職員は、他の街のギルドよりも心労が多そうである。
とはいえ、ハクができることなどそれこそ無実の証明だけなので、ハクはさっさと要件を済ませることにした。魔道具をくれたギルド職員は蜥蜴獣人を宥めるために忙しそうで、とてもではないが魔道具について聞けるような状況ではない。
仕方ないので、今救出してくれたギルド職員に聞こうとしたら、いつの間にやら彼はまたもや蜥蜴獣人の方へと向かい、他の冒険者を救出していた。どうやら、蜥蜴獣人から冒険者を助ける役に就いているようで、別の仕事を頼める雰囲気ではない。
結局、ハクはカウンターで心配そうに眺めていた小柄の女性ギルド職員に聞かざるを得なかった。こんな街では、気弱そうな女性は生きづらかろう。
「すまない、大丈夫か?」
「ひゃい!だ、大丈夫です」
だめそうだなぁ……と思いつつ、ハクは魔道具について尋ねる。
「ここで魔道具を買ったんだが、詳細を知りたくて」
「魔道具、ですか?」
「ああ、キラキラしている周囲の魔力を吸収する魔道具だ。使い道もないと安く取引をしたんだが」
女性が戸棚をごそごそして、ファイルを一冊取り出した。そしてパラパラとめくると、例の魔道具が写真つきで載っているページを開いた。
「これですか?」
「ああ、これだ」
「この魔道具は確かに売却済みですね。ただ、特に記述されてることもないですし、詳しいことは……」
と、女性が申し訳なさそうにした瞬間、入り口の方にいた蜥蜴獣人が声を張り上げた。
「魔道具!?今あいつら魔道具って言ったよなぁ!」
「現場には魔力の残滓があったらしい!その魔道具を使ったんじゃねえのかぁ!?」
「ああ、ギルドも冒険者もグルで金属を盗んだんだ!」
言いがかりも言いがかり、信憑性も正確性もない情報を口々に叫びだす蜥蜴獣人。どうやら、ハクが思っていたよりも、この街の他種族排斥思想は強いらしい。そこまで言うなら街にそもそも入れないようにしろと言いたいところではあるが、そうしないのは、もしやこうして責任を他種族に押し付けるためか。
現場の状況的に、魔法が使える蜥蜴獣人が犯人だろうから、種族内で決着をつけてほしいと皆思っているが、蜥蜴獣人は真っ先に他種族を疑う。これでは平和も程遠かろう。
「ちょっと、困ります!」
「話を聞くだけじゃねえか」
とうとう、ハクを助けてくれた屈強なギルド職員が人混みに押しつぶされ、蜥蜴獣人がギルドの中に入ってきた。目標は、どう見てもハクである。
「魔道具だとよ。なあ、どんな魔道具なんだ?」
「魔力を吸収するだけの魔道具で、他の機能は……」
「てめえには聞いてねえギルド職員!」
強く、激しい口調で叫ぶ蜥蜴獣人に、小柄な職員はすっかり委縮してしまい、ファイルを持って奥の方へと逃げてしまった。無理もなかろうが、この街でギルド職員をするには向いていない人材だ。
今までで一番の敵意を感じる視線を受けつつ、代わりにハクが説明をする。
「彼女が言っていた通り、魔力を吸収するだけで、しかも古いせいでその機能すらも十全じゃない。だから君たちが言っていることには関係ないんだ」
「どうだかなぁ?実物を見せろ」
「今は宿にあるから、手元にはない。取ってこなければ……」
「おいおい、逃がすわけねえだろ!」
既に、彼らの中ではハク=犯人という関係式が成り立っているらしい。今にも背負っているハンマーやらツルハシやらを振りかざしてきそうな雰囲気を感じ取りつつ、ハクはどうするか悩む。
「宿屋までついていって、確認してやる。場所を教えろ」
「……それは、できない」
宿屋に迷惑がかかるというのは勿論だが、現在魔道具を持っているのはファネなのだ。自分の部屋ではいつものローブを外して自然体でいるファネを見られるわけにはいかないのだ。
だが、そんな事情を話して通じるわけもなく、そもそも話せるわけもなく、蜥蜴獣人のボルテージは上がっていく。
「自分がどういう立場かわかってるんだろうなぁ!」
「魔道具まで案内するか、罪を認めるか選べ」
こんなことなら、魔道具を持ってくればよかったと思いながら、ハクは静かに両手をあげて項垂れることにした。
その二つは、どうにもならない二択だと思いながら。
実際の蜥蜴の聴力は人間以下のものですが、彼らはあくまで蜥蜴獣人なので、蜥蜴と同じ生体をしているとは限りません




