忌避する目
次の日、朝を迎えたハクたちは、同じ部屋に集まって作戦会議のような雑談をしていた。本来の彼らなら外に出て散策するところだが、如何せん外への足は向かない。
「ではもう街を出ますか?」
「その方が得策かもしれないなぁ」
そう二人が話し合っているのを眺めていたファネは、妙な魔力を感じて視線を転じる。魔力の発生源はハクの持ち歩いているバッグ。
ファネが中身を漁れば、出てきたのはいつぞやのスライム瓶。前に感じたものよりもさらに変化した魔力が、瓶の中から溢れている。
二人が会話に夢中になっている間、ファネは暇だからとスライム瓶で遊び始めた。
なんだか前よりも体積が大きくなったように見えるスライムを、瓶を振って反応を見る。前は微弱な反応だったそれは、今は嫌がるように体を震わせている。
ファネは面白がって瓶をベッドの上に落としたり、転がしたりする。するとスライムはべちべちと瓶を叩くので、ファネの中の小さな嗜虐心がくすぐられる。
そうして遊んでいれば、いつの間にやら瓶はベッドの端っこに。そのことに気が付かずファネがつつけば、瓶はスライムごとベッドから落ちていく。
突然高い音が聞こえてハクとエスノアが振り向けば、そこには呆然とするファネと地面に叩きつけられたようになってしまったスライム、そして粉々になった瓶の破片。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「大丈夫、ファネ。怪我はない?」
エスノアが駆け寄り、ファネの手を見る。
その間に、ハクは箒で破片を一か所に集める。まだキラキラしたものが地面に散らばっているが、掃除機もないこの世界では、木材の隙間にまで入ってしまった欠片などは取り出すことはできない。
「お姉様……ファネは大丈夫」
「うん、怪我はないみたいでよかった」
「この瓶は……捨ててしまうしかないな」
最初は集めた瓶の欠片を変化させて元の瓶にしようとしたのだが、如何せん、スライムの粘液だかなんだかが混じっているせいで魔力が通らない。瓶自体は普通の素材なのだが、仕組みで言えばガラ硬貨と同じだろうか。
仕方なくハクは瓶の欠片をゴミ箱に捨てる。長らく一緒に旅をした瓶は、ここでお別れだ。
「こっちのスライムは……生きてるのか、これ」
「元々死んでたはずのスライムが動いていたので、動かなくなってもおかしくないんですけど」
床の染みのようになっていた薄青色のスライムは、ハクがツンとつつくともじょもじょと動き出し、一か所に集まりだす。
すると、瓶に入っていたときよりかは幾分か小さくなったスライムの塊が出現する。瓶がなくなったので、自由を謳歌するかのように扉の方へと移動し始めた。
「あ、だめー!」
急いでファネが掬い上げるが、瓶という檻がなくなったスライムはファネの手から逃れようと必死に蠢く。なので、ファネは手で完全に覆い隠して逃げられないようにする。
スライムは手の隙間から逃げようと体を割り込ませるものの、吸血鬼の握力で握られた檻は強く閉じられており、ファネにくすぐったさを与えることしかできない。
「どうします?流石にスライムを逃がすわけにもいきませんし……その、倒すというのもなんだか……」
「旅の仲間みたいなものだからなぁ……可能なら捕まえておきたいが……」
残念ながら、現在スライムを捕まえられそうなものがない。変化させるものがあればそれで十分なのだが、流石に宿屋の部屋のものを勝手に変化させて使うわけにもいかない。
バッグの中をひっくり返してみるものの、必要最低限の荷物しか持ち運ばないハクたちには無用な長物がなかった。
「仕方ない。ちょっと探してくるよ」
「そしたら、その間はスライムが逃げないように見ておきますね」
「ふんふん」
ファネが強く頷く。こんな風になってしまった一端はファネにあるので、責任を感じているのだろう。
ハクは財布だけを持って外に出た。瓶に類するもの、もしくは変化できるものさえあればいいので、バッグのような大きなものは必要ない。
そうして外に出ると、周囲から一瞬視線が向けられたのを感じた。ハク自身というよりも、尻尾や耳に向いているようだが、それにしたって敵意すらも感じるような視線がハクに向いた。
しかし、視線を向けられたと考える頃には、視線はすべてなくなっていた。
はて、この街には例の情報屋はいるのだろうかと考えながら、ハクは通りを歩く。本当は適当に路地裏に落ちている石でも拾おうと思ったのだが、この注目度を考えると変なことをするとそれだけで通報されかねない。
自らの変化魔法は、それはそれで妙に注目を集めることになることを自覚しているハクは、否が応でも店で普通に買い物をせざるを得なくなった。
しかし、屋台に並んでいるのは食べ物や武器防具、道具ばかりで、ただの素材なんて売っていない。鉱山があるというのに、鉱石が売っているのが見つからない。薬の類もなぜかなく、瓶を調達することも難しい。
これは情報屋を頼った方がいいだろうかと考えながら、ハクは冒険者ギルドへと入った。
「ようこそ、受注ですか?」
「いや、ちょっと質問なんだが……」
場違いな質問だとハク自身思いつつ、ギルドの受付に素材か容器がないかと尋ねる。すると、受付はギルドの奥から妙にキラキラしている鐘のような形をしたものを持ってきた。
「一応、こちらが容器として使えますが……」
「これは?」
「周囲から魔力を吸収し、中に入れたものに込める魔道具です。ただ、だいぶ昔からあるようで魔力吸収はとても弱くまともに使えません」
不良在庫ということもあり、安く渡せるという。
既に謎に蠢いているスライムに、さらに魔力を込めるようなことをしていいのだろうかとハクは思いつつ、他に見つからないし仕方なく取引した。
その後も街を彷徨うが、周囲からの視線は定期的に浴びせられるし、情報屋らしき人物は見つからない。
結局、視線に耐えきれず、ハクは魔道具を持って宿屋へと帰ってくることになった。
「戻ったよ。まあ、いいものかと言われると微妙なんだが……」
そうして部屋を見ると、ファネが頭の上にスライムを乗せ遊んでいた。スライムは逃げる様子はなく、エスノアはベッドの上から焦燥感もなく眺めて見守っていた。
「おかえりなさい、ハクさん」
「お父様おかえりなさーい」
「何してるんだ?」
ハクがエスノアに魔道具を渡しながら言うと、ファネは頭の上のスライムを包むように持って笑顔を浮かべて言った。
「魔力をあげたら懐いた!」
スライムはやはり逃げ出す様子もなく、ファネの手のひらの上で落ち着いている。
聞くところによると、スライムを握っていたファネがふと魔力を送ると、スライムが反応したらしい。面白がって魔力をあげていると、いつの間にか逃げなくなったという。
魔物に魔力をあげるという行為をエスノアは注意したものの、既にあげてしまったものはどうしようもないので見守ることにした。
「ならまあ、これはちょうどいいのか……」
魔道具の説明をすると、ファネは嬉々として魔道具を取り、スライムを中に入れた。
「これはファネが持ち歩くね!」
床に落ちた衝撃で体積を減らしたスライムは、魔道具の中にもすんなり入った。そのままスカートのポケットに魔道具を片付ける。
「……見守るしかないですね」
「ああ」
えへへー、と笑うファネを前に、二人は頷きあった。




