人々はそれでも絶えず
結局そのままデッドスペースで一晩を過ごし、次の日。
なんとか一人で歩けるようになるまで回復したハクを連れ、三人は街の中を歩いていた。
崩壊した街の復興は既に始まっていた。流石商業都市と言うべきか、次々と修繕資源が運ばれ穴や傷跡を埋めていく。昨日の時点では雑多に店が並んでいた中央通りも、既にいつものような高級志向の店が並び、それぞれの通りで店の区切りが為されていた。
とはいえ、昨日ゴーレムとの戦闘があった付近の建物は完全に吹き飛び、余波で道が抉れていたりするので、その部分は未だにぽっかりと空いたままだ。外壁工事などを優先しているため、ここの穴がなくなるのはまだ少し先のことだろう。
ひとまず、ハクを十全まで回復させたいというのがエスノアの心情である。冒険者街で体力回復や魔力回復の効果を持つアイテムが売っていないかを、鋭い目つきで確認していた。
対するファネは、やっと再会したハクにべったりである。
「お父様、今度からはファネたちを頼ってね!」
「あー……そうだね、そうするよ」
遠い目をしたあと、何かを飲み込んで返事するハク。ファネはそんなハクに気づかず、ずっと上機嫌だ。
ハクは、なぜ自分が襲われたのか分かっていない。エスノアから事情を聴き、例の少女とその仲間っぽいのが主犯だということが分かっているものの、だからといって自分が狙われる理由が……前回邪魔をした意趣返しということだろうかと、今のところはそれで納得している。
だが、ハクの印象からして、あの少女は人を殺すことにはあまり積極的ではないように思える。邪魔になるから先に殺そうとした……それは納得できる理由ではあるのだけど、であれば前回遭遇したタイミングで殺すこともできたはずなのだ。前に少女が逃げたときは、ハクは動けないようにされ、完全に何もできない状態にされていた。寝ているときとはいえ、自由に動ける今になってから殺すというのは完全に気を逸していると思った。
となれば、あの殺人は少女とは別の手の可能性が浮上してくる。エスノアの話だと仲間もいたみたいだし……とハクが考えていると、横からエスノアの高い声が聞こえてそちらに視線を向ける。
「これ粗悪品ですね。二割でどうでしょう」
「おいおい嬢ちゃん、言いがかりは」
「保有魔力が少ないことは見ればわかります。それとも、ギルドかどこかできちんと魔力量の測定をしましょうか?」
「そ、それは」
「半分で、買ってあげようと、そう言ってるんですよ。この街なんですから、これを衛兵に持っていけばあなたは商売資格を失うことになりますね」
どうやら、どういうわけか混じっていた粗悪品を、圧倒的な安値で買おうとしていたらしい。商人は笑みを浮かべたままだが、その顔は引きつっているし、エスノアの自信を見るに粗悪品であることは間違いのないようだ。
そのまま押し切られた商人は、並べられていた魔力回復ポーションを全部まとめて売ることとなった。明らかに三十本以上があり、エスノアはにこにこしているが、商人は疲れたような顔をしている。
「粗悪品なんだろう?そんなに必要か?」
「ハクさん、ここだけの話ですけど……」
エスノアは小声にして、商人から離れるように移動しながら真実を話す。
「粗悪品と言っても、基準値に満たないだけで魔力回復ポーションとしては十分な質なんです。本当に、基準値にギリギリ届かないようなものって感じで。なので検査にも引っかからなかったんでしょう。基準値まで届いているかをきっちり確認するほど暇じゃないと思うので」
そう言って、ハクにポーションを何本か手渡すエスノア。ひとまず魔力が全回復するまでこれを飲めということだろう。一応非があるのは商人側なのでとやかく言われる理由はないものの、エスノアもだいぶギリギリなところを詰めたなと思いながら蓋をあけるハク。
まるでジュースのような雰囲気でポーションを飲むハクは、その身に魔力が補充されていくのを実感した。エスノアと違い魔力を見るなどはできないハクであったが、みるみるうちに体が元気になっていくのを感じれば「魔力ポーションすげぇ!」という感想を抱いてもおかしくはない。
「二人も色々魔力使ったんだろう。飲まなくていいのか」
「私たちはハクさんほどボロボロじゃないですし……これくらいならすぐに回復しますから。実際、私は既に完全回復してますし」
これが若さか……と思いつつ、そういえばこの世界ではまだ一歳になっていないことを思い出すハク。若さで言えば、この二人のほうがずっと年上である。
そうして街を歩けば、いつの間にやら宿の前に戻ってきていた。
「そういえばハクさんの部屋はどうなったんでしょうか」
「謝罪を……いや、ここは何もしない方が得策か?」
もし修繕費を請求されても、ハクたちに払えるような手持ちはない。街でそれなりに買い物をしたので、そろそろ街を発たなければ路銀がなくなる。
事前宿泊費としてはまだあと一日分残っていたはずだが、ハクの判断でもう宿には戻らないことにした。宿屋の店主の記憶や記録が変化していたので、もしかしたら有耶無耶になってるかもしれないが、それはそれとして刺激しないほうがいい。
ハクたちは何もなかったことにして、宿屋の前を通り過ぎた。しかし、そこで背後から声をかけられる。
「おーい、白い狐さーん」
それは宿屋の店主。いつもはカウンターの中にいるはずの店主は、店の前を通過したハクたちに目敏く気が付き、こうして外に出てきていた。
流石に声をかけられても無視をするということは、ハクにはできなかった。
「なんだい」
冷や汗を流し、頼むから弁償とかを詰めてこないでくれ……思いながら店主へと笑みを向けるハク。だが、ハクの内心とは裏腹に、店主の口から出てきた言葉は案じるようなものであった。
「部屋がぐちゃぐちゃになっていたけど、大丈夫だったかい」
「ああ、私は無事だが……」
「悪質なのに目をつけられたのかねぇ」
部屋があそこまで荒らされていることをもう知っているようだったが、店主はハクが荒らしたとは思っていないようで、何者かに襲撃されたという結論で話し始めた。
実際その認識で間違いないのだが、一般的な宿屋ならば寝ている間に襲われるという結論を出すのは少々突飛すぎる。部屋の中で訓練でもしようとしてボロボロになったと説明したほうが、まだ説得力があるはずだ。
「弁償とかは気にしなくていいよ。これでもうちは儲かってるから」
「いや、しかし」
「たまにあんだよ。高級なものを持っている人が襲われることが」
金のない者が、高級品を購入した客のあとを尾行し、宿屋を特定したあとに盗まれるという事案は、この街ではそれなりにあることらしい。検査が厳しい商人用入口と違い、冒険者入口はまともに検査すらもなく入れるために、たまにそういう輩が紛れ込むのだという。
この宿屋でも、同様の被害が出たことは一度や二度ではないとのこと。流石に今回ほどボロボロになったのは初めてだけどね、と店主は軽く笑った。
「そんだけだ。まだ一日分残ってるけど、別の部屋は今用意できなくて……」
「いいんだ。私たちはもう出るから」
「そうかい。じゃあちょっと待ってな」
そう言って店主は宿屋の中に戻り、奥でごそごそ。そうして出てくると、それなりの袋を持っていた。
「あんたと、その仲間二人の分の宿泊費一日分の返金だ」
「いいのか?」
「いいよ。うちはそこまでケチじゃない」
それだけ言い、店主は店の中に軽く手を振りながら戻っていった。またカウンターの中で、客が来るのを待つのだろう。
「この街、結構優しい人が多いですね」
昨日の串焼き屋の店主然り、宿屋の店主然り……信頼が一番大切だと商売業界では言うらしいが、なるほど、この街はそんな信頼と優しさにより成り立ち、支えられているのだろう。
「また来よう。今度はもっとお金を貯めてから」
「そうですね」
「うん!」
そうしてハクたちはその日の夕方、街を発った。熱遮断結界に守られながら街をあとにする。
まともに情報収集をしている場合ではなかったものの、それぞれ身になることを得た。そして、怪しい集団のことも知った。
今日も、狐、生きる。




