戦いのあとを追って
戦いの後が残るハクの部屋からは、残念ながらハクの毛を見つけることはできなかった。それ以上に気になるものが多すぎて、まともに探すことができなかったのも原因の一つだろう。
エスノアが調べれば、確かに魔力を感じ、棘や氷が魔法によって生成されたものであるということが分かった。今朝来た時に気が付くことができなかったのは、やはり街全体にかけられた精神操作系の魔法によるものだろうとあたりをつける。
「お姉様、この棘ちくちくー」
「あまり触らない方がいいよ。もしかしたら爆発するかも」
棘に手を伸ばそうとしていたファネが、さっと手を引いた。興味を引かれていた棘に対して、今は恐怖のような視線を向けている。
爆発する……というのは流石に大袈裟かもしれないけれど、何時間も経って未だに残っているような棘なので、相当な魔力が込められているというのは間違いない。エスノアにとって知らぬ魔力の塊というのはそれだけで危険なものであり、触らぬ神に祟りなしな物体なのである。
逆に、地面を凍らせている氷の魔力には身に覚えがあった。
「ファネ、こっちはハクさんの魔力みたい」
「お父様の?!」
今まで散々探して見つけられなかったハクの痕跡を見つけ、飛び跳ねるように喜ぶファネを後目に、エスノアは難しい顔をしていた。
床や一部の壁、天井すらも点々と凍らせている氷はどれもハクの魔力で間違いない。つまり、ハクが何かしら必要に迫られて放った魔法ということになる。エスノアの記憶では、ハクが変化魔法以外を使う機会というのは生活用か緊急戦闘用でしかない。なんせ、ほとんどの事柄は変化魔法を使うことで事足りるからだ。
つまり、変化ではどうにもならず、氷魔法すら使わされた……しかも、こちらの氷もこの時間残るということは、自分と魔力が込められているということになる。
魔力量的にはエスノアよりもハクの方が持っている。そんな彼が必要に駆られて魔力を込めて魔法を使うなんて……
相手は、誰?
「少なくとも、ハクさんは何かに襲われたみたい」
「うん。そして、窓から逃げた?」
「多分ね。ハクさんのことだから私たちを巻き込まないようにするためなんだろうけど」
この惨状がいつ作られたものかは分からない。ただ、隠蔽があるとはいえ目の前で窓から何かが飛び出してきたら人々が気が付くはずなので、外に人通りが少ない時間にできたものだろう。
夜中、エスノアもファネも目を覚ますことはなかった。争いの気配も、魔力の気配も感じなかった。これだけ部屋が荒らされているとあれば、隣の部屋のエスノアたちは勿論、宿の店主だって気が付いたはずだ。
邪魔が入らず、戦後に気が付かれないように、入念に準備をしたうえでハクのことを襲ったという事実が分かる。
「お父様の後は追える?」
「ううん……ハクさんも、随分と慎重に逃げたみたい」
ハクほどの魔力の持ち主、それも狐とあれば、ある程度の足取りは掴めるのが普通だ。それは敵にも同じことは言えるわけで、ハクはちゃんと逃げ切れるように足取りを掴ませないように功名に細工をしているらしい。
具体的には、変化魔法を応用しながら至る所にハクの魔力を残し、どこに行ったのか分からないようにしている。木を隠すなら森の中の戦術を見事に利用している。
その後もしばらく部屋の中を探してみたが、争いの痕跡以外は分かりやすいものもなく、進展らしい進展もなかった。
「でも、お父様はどこかにいるってことは分かったね」
「うん。ハクさんのことだから安全なところにいると思うけど……」
一時は、ハクと出会った記憶そのものが間違っているとさえ思った事件。エスノアとファネの記憶は間違っていなかったのだと確信することができれば、それだけで活力が湧いてくる。
「うーん、魔力の痕跡を探すしかないかな」
一度街から出たからか、結界を張ったからかは分からないが、先ほどまでは認識できなかった様々な魔力の痕跡を、今は見ることができるようになっている。そのおかげで、今までの何倍も捜索がしやすくなった。
街中に残されたハクの痕跡を、しらみつぶしに探していく。それは屋根上や、路地裏のような場所から、露天の中や商品の一部にすら混ざりこんでいた。それに気が付かず店員も客も取引をしているから、ハクの変化魔法の精度は凄まじいものだ。
流石に街に入る段階ならば門番にバレてしまうだろうが、街中で新しく作ったものなら検閲にも引っかからないというわけらしい。ハクがこの街で商売を始めたらだいぶ黒いことになるなと思うエスノアである。
商店で安く売られていたコップ群の中に混じっていた紫のコップを、ファネが買って手で玩ぶ。やはり手に取って見ても他のコップと同じようにしか見えず、実際使うときもまったく支障がないことが分かる。
色んな方向からコップを見ていたファネが呟く。
「痕跡からどこに行ったかって分からないのかな」
「うーん、合言葉とか決めてたら分かるんだろうけど……」
と、エスノアは妹と合言葉を決めていたことを思い出す。幼い姉妹二人きり、はぐれてしまっても出会えるように。
それは確か、青の……
ドン!
「っ!何!?」
爆音が鳴り響き、思考を中断してそちらの方向を見る。噴煙のようにも見える煙が、中央通りの位置から吹きあがっているのが、エスノアたちのいる位置からも見えた。周囲の人々もなんだなんだと見ていることから、エスノアたちだけが認識できている事象ではないようだ。
ドン!ドン!と絶えず爆発音が響くその場所から、何人かが逃げてきたのが確認できる。そこに、エスノアとファネは頷き合って駆けだした。
近づけば近づくほど、逃げる人の数は増えていく。商人や衛兵すらも逃げているのが見えていて、ただの客とのトラブルというわけではなく、衛兵にすら手の付けられない事態になっていることが分かる。
そうして中央通りに辿り着く頃には、周囲に人は誰もいなくなっていた。
中央通り、中心部。今もなお響く爆発音の正体は……
「魔物!」
ゴーレムのような石の体に炎を纏い、その六つの剛腕で周囲のすべてをなぎ倒す。貴重そうな品物が無惨に散乱し、簡易的な軒先は崩壊。街に建てられている家は上半分が吹き飛んでいる。
「どうして急に、街中に……」
魔物が生まれるメカニズムというのは、正確に判明しているわけではない。魔力が溜まれば生まれるとされているが、街中で魔物が生まれたという事例はない。
これが初めての、街中に生まれた例なのか、それとも……
「お父様じゃなかったね」
「あはは……でも、なんとかしないと」
よく見れば、反対側にこの街の衛兵が牽制のように水魔法や氷魔法を使っているのが見える。しかし、炎ゴーレムの熱量が高いのか、焼け石に水どころの話でもなく効果がないようだ。
「私たち以外の冒険者も、こっちに来てるみたい」
エスノアの魔力の感知範囲では、多くの冒険者がこの場所に集まり、対応しようとしている。戦いの能力が低い商人が多い中央通りではあるが、冒険者はこの街にも多く滞在しているのだ。
「ファネ、あまりバレないようにね」
「分かった!」
凝魔術を見たところで、それが吸血鬼のものだと分かる人はいないだろうけど、特殊な技術だから注目を浴びてしまうかもしれない。吸血鬼らしい行動はすべて禁じられているうえに注目されてしまってはどうにもならない。
しばらくすれば、この街に滞在していたほとんどの冒険者がこの場所に集まり、家の上や路地裏などからゴーレムを見つめている。
これだけの人数がいれば流石のゴーレムも……と、エスノアが安堵しようとしたその時。
「っ!」
ゴーレムの炎が一際強く、輝くように揺れる。まるでフラッシュかのようにも見えたそれは、エスノアたちの網膜を一瞬焼くものの、それ自体に攻撃力はないようだ。
とことん特殊なゴーレムだとエスノアが魔法を唱えようとした瞬間、ドサリと音がした。
「え?」
それは、周囲で構えていた多くの冒険者、エスノアとファネ以外の全員が倒れ伏した音であった。屋根の上にいた人も、奥で戦っていた衛兵も、全員がまるで致命傷を食らったかのように白目を剥いて倒れる。
「どういうこと?今の攻撃に攻撃力は……」
だが、そこに待ったをかけるかのように、またもやゴーレムの炎が輝くように揺れる。そうすれば、今の炎を見ていなかったのであろう、路地裏に隠れていた冒険者が倒れる。
そうして何度か光れば、立っているのはエスノアとファネだけになった。
「もしかして、精神作用魔法?」
エスノアとファネには、現在精神作用系の魔法を弾く結界が展開されている。それは街から受ける影響を排除するためのものであったが、奇しくもゴーレムの攻撃も弾くに至ったというわけだ。
「……ファネ、戦おう」
「うん!誰も見てないなら、動き回ってもいいよね」
「背中が見えないようにね」
余裕であったその戦いは、突如として幼い二人に託される。




