記憶
自分の記憶は間違っていない。ハクと出会ってからここまで旅をしてきた記憶は偽りではなく、昨日に至るまでずっと一緒だった。でなければ、スフィンと死に別れた悲しみを乗り越えられていないし、ファネと出会ったときに拒絶していたはずだ。
ハクの痕跡は何も見つからないが、ハクと旅をしてきた証拠は沢山ある。
エスノアもファネも、自分の記憶は間違いなんてないと強く意識した。
「でも、どうしよう。お父様、どこにいるんだろう」
「絶対に何かがおかしい。ギルドの情報すらも変えるなんて普通できるはずが……」
検索してくれた職員は確かに緩慢な動きをしていたので、完全に信頼できるような人物ではないのは間違いないが、それにしたって何かしら見つけてくれるはずだし、今は信頼するほかない。もしあとで見つかれば連絡をしてほしいと職員に伝えた二人は、今は一番の大通りを歩いていた。
ハク一人が消えたところで、ここにいる人には関係ない人物。例えそれが存在ごと抹消されているかのように見えていても、それはエスノアとファネの二人にしか意味のない消失。
いつも通りの商談が飛び交う街に若干の苛立ちすらも覚え始めていると、エスノアの目にある商品がとまった。
「魔導書、ですか?」
「そうなのー、特別な一品よ」
店主はいかにもな服装をした魔女。全身紫で、髪まで紫ともなれば毒々しい印象を与えてくる。
しかし、そこに置かれている魔導書というのはエスノアの記憶にも新しいもので。
「これ、もしかして蘇生魔法とか書いてます?」
「ちょっと往来なのよ。あまり大きな声で言わないの。よくわかったわね」
それは、昨日エスノアが悩み、ハクに助言されたことにより購入しなかった魔導書であった。あの時はこことは違う通りの、違う店に並べられていたはずの商品。それがなぜか、大通りの魔女の店に置かれている。
もしや転売かと事情を聞いてみるが、
「これは三日前から置いてあるのよ。転売なんて、もう」
「う、すみません」
魔女が嘘をついているようには見えない。それに、大通りともなれば売られている商品は厳重で高価なものばかりであり、街の中で転売していたらすぐにバレて警備の人たちがやってくる。
確か昨日この魔導書を扱っていた店は、そのあと警備に囲まれていたような……と思いだし、エスノアはさらに質問をする。
「これいくらです?」
「あら、あなたいいところの?これは三百ハガラよ」
値段が、昨日のそれと比べものにならないほどに上がっている。昨日の店では、スライムの液体込みの値段から千倍以上値上がっている。
流石にこれには手を出せない。昨日もこれくらいの値段であったらさっさと次の店に行っていたであろうことを考えつつ、エスノアは店をあとにした。
「お姉様、あの本……」
「うん。あれは確かに昨日見かけた本だよ。見た目だけ同じの可能性もあるけど、わざわざ蘇生魔法のことを伝えてくるってことは、中身も同じだと思う」
蘇生魔法なんてものは、一般的に存在しないとされている。蘇生魔法を扱っているなどと吹聴している魔導書があれば、百パーセント詐欺だという教訓は魔法使いの中では常識だ。
それを二日連続、それも同じ見た目で見るなんてありえない。まさか魔導書が印刷されているわけでもないし、と考えていれば、いつの間にやら大通りは終わっていて、正面の門の前に来ていた。
今日の正門も、例の如く商人が並び街の中に入るのを今か今かと待っている。この街特有の、やたら厳しい審査は一組ずつ行われており、一日の間で街の中に入れる商業団は数十組に至るかというところ。
ふと気になって何を検査しているのかと聞き耳を立ててみると……
「あれ?」
「お姉様?」
エスノアが首を傾げ、それを見てファネも揃って首を傾げる。
エスノアは正門に近づき、商人たちと検査官がやり取りしている声がはっきりと聞こえる位置まで移動した。ここからなら聞き耳を立てずとも何を言っているのか分かる、はずなのだが。
「~~~~」
「~~~」
この距離まで近づいても、まるで声にノイズが混じっているかのように、何を言っているのか分からない。知らない言語などではなく、単純に、聞き取ることができないほどに発声が為されていない。
確かに検査基準などが漏れないように小声でやり取りをしている可能性はあるのだが……見ている限り、喋り方や身振りは普通の声量で会話している、ように見える。
「ファネ、あの人たちの聞き取れる?」
「んー?」
ファネが耳を澄ます。しかし、ファネにとってもそれは不完全な言語のように聞こえ、何を話しているのか理解することはできない。
ファネが首を横に振ると、エスノアは考えるように顔を伏せた。
「声が聞き取れない、って何?異変と何か関係がある……?」
「お姉様、どうしたの?」
「ちょっと待ってね。考えるから」
よく見ろ、異変の手がかりかもしれないやり取りを。
商人の言葉も、警備兵の言葉も聞き取ることはできない。だが、きちんと検査はしているようだし、商品それぞれの説明のようなものをしていることは商人の手振りで分かる。つまり、言葉だけが聞き取れないのだ。
境目は、門。
「ファネ、ちょっと来て!」
光の如く閃いたそれは、エスノアの足を弾けるように動かした。
エスノアが駆け出し、ファネがその後ろをついていく。急ぎすぎてフードがとれないようにしながら、ファネはエスノアに追いつく速度で走る。
そうして辿り着くのは、エスノアたちがこの街に入るときに使った側門。正門と違い厳しい検査もなく素通りできるこの場所では、冒険者が行き来して……違う。冒険者は来ている。それだけだ。
「これは……」
不自然なまでに、やってくる冒険者しかいない。普通なら依頼を受けたり、単純に次の街に移動するためにこの門を抜けて外に出ていくはずの冒険者たちが、ここには誰もいなかった。
「お父様を置いてかないよね……?」
「大丈夫。そんなことは絶対にしないから」
ファネが引き留めるように見てくるが、エスノアはそんなファネの頭を優しく撫でて宥めつつ門へと近づいた。
その途端、エスノアの脳内に、出て行かない方がいい理由が大量に浮かび上がる。
ハクを見つけていない。魔導書が欲しい。通りは見終わってない。ファネが止めている……
違う。こんなのは理由足りえない。脳内に浮かび上がる『不安』とも呼べるようなそれらを、エスノアは、探求心と、何より、ハクを見つけるがために外に出るのだ、と押しとどめる。
そうしてエスノアが門から外の区域に出ようとしたその時、ぐらりと視界が傾く。
どちらが地上か分からない。目の前が明滅し、ファネの声が遠のく。
街の商談の声は、か細く消えていった。




