消失
涙をしっかりと拭き、ファネとエスノアはまた外へと繰り出した。
街の人々の記憶がなくなっている以上、聞き込みをしたところで大した情報は得られないだろう。それに、今の二人は見た目なら子供と子供なので、ちゃんとした対応をしてもらえるかも怪しい。
であれば、自らの足で情報を集めるほかない。エスノアとファネは、ひとまず宿の周囲を調査することにした。魔力的な痕跡があれば、エスノアの技能で辿れるかもしれない……と、思ったのだが。
「きれいさっぱり、何もない」
「変なの」
「うん。流石に魔法なしでこんなことにはならないと思うんだけど」
ハクを部屋から連れ出して、街の人々の記憶を消す。どう考えても魔法によって為されるものであり、これを物理現象のみで行ったのならば、それはもはや魔術とも呼べるものだろう。とはいえ、記憶を消すのみならず変化が起きているので、記憶操作の魔法は必ず使われているはずだが。
「記憶操作って難しい?」
「そりゃそうだよ。というか、普通は不可能のはずなんだけど……」
他者の脳に影響を及ぼす魔法というのは存在している。混乱だとか、幻覚を見せるような魔法も、分類でいえば脳に作用している魔法だ。
だが、記憶操作は明らかに難易度が異なる。言うなれば、脳に対して変化魔法を使っているようなもので、一般的な魔法論で言えばそれは不可能な行為となる。どれだけ研鑽を積んだ魔法使いであっても、記憶操作や死者蘇生はできないものなのだ。
勿論、そこまで高難易度の魔法であれば、使用するだけで数多の痕跡が残る。特に、昨日の今日であるからして、魔力の残滓だけでも多く残っているはずなのだ。それに、エスノアも、この街に今いる魔法使いも気づかないはずがない。
だというのに、今のところ怪しい魔力は見られず、宿の周囲も街中も魔力痕は見つけられなかった。
商談が飛び交う通りを、顔を暗くした二人が歩く。どれだけ探してもハクがいなかったという記録しか見つからず、その心は少しずつ締め上げられていくばかり。
「うーん、何か考え方を間違えてるのかな」
「……お姉様、ギルド行こ」
「ギルド?確かに何か分かるかも……」
ギルドの人々も記憶が操作されているだろうが、ギルド自体は世界的な組織であり、そこにはハクの記録も残っているはず。この記憶操作が街の中限定の事象であれば、ハクのデータを見つけることができるはずだ。
ハクのギルドカードは手元にはないものの、ハクの詳細を伝えれば検索くらいはしてもらえる、と期待するしかないだろう。今の二人には、それくらいしか調べられる場所がない。
ギルドはいつものように活発に冒険者が行き交い、まだ昼になっていないというのに買い取りの列は長く伸びている。依頼の掲示板の周囲には冒険者が多く集まっており、商業都市であろうとも生き方を変えない冒険者たちの生き様が見えてくる。
「ここでは主に収集依頼みたいなのが多いみたい。実際には、これちょうど持ってる人いませんかみたいな依頼ばかりらしいけど……」
「たまたま持ってるだけでお金が貰えるってこと?」
「貴重なものじゃないならね。あとは商人の護衛とかもあるんだって。砂漠を渡る冒険者は基本的に護衛として街に来て、護衛として街を去るんだって……私もこの街に来てから知ったよ」
つまり、三人だけで魔法のごり押しで砂漠を渡ったハクたちは正気ではないということで。
あははと誤魔化すように笑いながら、エスノアたちはいくつかある窓口の中でも、暇そうにしている窓口の職員に向かう。そこは例の如く冒険者新規受付の窓口であり、この街で新しく受付をするような人なんているはずもなく、書類仕事すらも終わらせて本を読めるくらいには暇というわけだ。
エスノアが近づくとこれまた気だるげに顔を向け、御用ですか~と緩く言う。場所が場所ならすぐに叱られるだろう。
「とある冒険者の検索をしてほしくて」
「検索ですか~?個人情報なのでできませんよ~」
「そこをなんとか。パーティメンバーなんですけど、今朝から姿がなくて」
エスノアとしては、記録してあるという事実があるだけでいいのだ。それだけで、心の支えになる。
職員はしばらく考えた(ぼーっとしていただけに見える)あと、まあ暇だからいいっすよ~とこれまた気だるげにメモを取り出した。
「白い毛が特徴の狐の獣人で、名前をハクと言います。それで、えっと……」
と、ここまで言って、エスノアはハクのギルドカードを見たことがないということを知った。ハクのギルドカードの記入欄に、何が書かれているのか知らないのだ。
ハクとエスノアが出会った時には既にハクはギルドカードを持っていて、その後もギルドカードをまじまじと見ることはなかった。ハクの荷物の中に紛れているのを見たことはあるだろうけど、何が書かれているかをはっきりと見たことはなかった。
ギルドカードに書かれているのは名前や年齢、魔法の適正などを書く欄に加えて、家や家族を書くところがある。
ハクが何歳であるか、実際には五歳にもなっていないけれどそれでは流石に通らないだろうから偽っているだろう、では何歳だろうか。
魔法の適正は明らかに変化魔法なのだけど、ギルドカードにそこの区分はないので魔法属性を記入しているだろうけど……ハクが使える属性というのは、意外にも多いということを知っているエスノアなので、何を適正として記入しているのか分からなかった。
家や家族がないということは知っている。ギルドカード作成時期はエスノアと出会う前だから、ファネのことが記入されているということもないだろう。
「年齢は……二十歳くらいで、適正は、色々?家と家族はないです」
「随分あやふやだねぇ~、まあいいや。ちょっと調べてみるよ~」
職員が獣人とカテゴライズされている冊子を手に取ったのを見つつ、エスノアはファネに話しかけた。
「ハクさんの適正ってなんだと思う?」
「適正?」
「魔法の適正。ギルドカードを作成するときに記入するところがあるんだけど」
「変化!」
「だよねぇ」
そういえばハクは氷魔法を好んで使っているような?と思いながら待っていると、五分ほどして職員は冊子を閉じた。
ため息をつきながら、やはり気だるげにしつつ口を開いた。
「残念だけど、そういう人は登録されてないねぇ~」
「え……」
「まあ獣人のデータも膨大にあるしここにはないデータもあるけど~」
ごめんね~と言いながら、職員は獣人の冊子を棚の中に片づけた。
そんな楽観的な動きをする職員とは対照的な顔をするのはエスノアとファネ。ハクの存在を肯定するものが何も見つからず、心の罅は今にも深く割れそうであった。
「お姉様、また泣いちゃいそう……」
「大丈夫、大丈夫」
そう言うエスノアも、少し目を震わせていて、揃って今のも涙が零れそうになっていた。
街の物流は、少しずつ止まり始めていた。




