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狐、生きる  作者: nite
狐、知る

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特殊換金

 次の通りは、食物系。ハクが街に行くたびに仕入れている、調味料を買うことができる通りである。

 砂漠だからと侮るなかれ。この市場で売買をするために野菜や魚を保存状態よく輸送する方法が確立され、砂漠の中央であっても質のいい素材を購入することができる。

 もしここに来る途中で腐ったり傷んだりしていた場合、検問の時点で弾かれるので、市場に並ぶのは品質の良いものばかり。その影響で、ここの隣の通りでは料理屋が活性的に店を並べている。


「ハクさんって調味料だけはしっかり揃えますよね」

「お父様、几帳面」

「料理の調味料は必須だからな」


 ハクは日本での料理を思い出す。ノン調味料で作成された料理というのはどれも薄味で、不味いとまではいかなくとも、好んで食べたいようなものではなかった。

 この世界に転生してしばらくは狐として生肉の類を食べていたわけだが、やはり人間になったのなら調味料を使って味がしっかりついているものを食べたい。塩分や糖分は、健康的にもある程度摂取した方がいいのは確実であるので罪悪感もない。


 ハクは二本の尻尾をゆるやかに揺らしつつ、必要な調味料を集めた。砂漠だというのに、やはり商品が集まる街。ハクが欲しいと思っていた調味料が大抵揃っている。なんなら、この世界ではまだまだ珍しいジャムの類も置いてある。


「私の知識もそろそろ限界だろうか……」


 そう呟いてハクは胡椒を一瓶手に取った。

 ハクが旅の中で作っている料理は、基本的に日本の料理を参考にしている。その方がハクの口に合うし、なにより作りやすいからだ。だが、ハクは別に料理研究家だったわけではなく、一人暮らしで料理をする程度の腕。ラインナップもそう多くはない。

 この世界の調味料も、日本にはなかったものが多いので、そろそろ料理系の本を読んだ方がいいだろうかと思い始めているハクである。


 ハクと並んで商品を見ていたエスノアとファネであったが、急にファネがビクリと体を揺らしてハクの袖を引いた。


「っ!お父様、血が売ってる」

「なに?」


 ファネが指を指した方向には、確かに何本か赤い液体の入った瓶が売られている。商品に書かれている札を見れば、そこには生き血と書かれている。何の血かは書かれていないようだ。


「店主、これは?」

「あんた冒険者なのに知らんのかい?これはモンスターや魔物をおびき寄せるための媒体さ」


 冒険者なら常識だと快活に笑う店主。ハクが確認のためにエスノアの方を見ると、エスノアは軽く首を傾げたあとに、悩むような顔で言った。


「確かに血を使っておびき寄せる手法は存在しますけど……一般的に使われている手法じゃありません。血を手に入れるのも面倒ですし、最近だと血を使っている冒険者なんて僅かでしょう」

「そんなバカな!俺が冒険していたときはこいつに何度も助けられたよー?」


 店主は無精髭の生えた気のいい雰囲気のおっちゃん。彼が昔冒険者だったというのが事実であれば、冒険をしていたのはもう十年以上昔のことだろう。少なくとも、冒険者をするには体が肥えすぎている。


「ここで商売をしているということは偽物とかそういうものじゃないとは思いますけど……私が知る限り血を使って魔物を誘き寄せるような人はほぼいないと思います」

「そうかー、どうりで売れ行きが悪いわけだ」


 他の店や、この店の血以外の商品は、いくつか買われたり品切れしたりで一部歯抜け状態になっているが、血の瓶は全くもって減っている様子はなく、売れているようにも思えない。

 道行く人々も、血が並んでいるのを見た後に、驚くような表情もしくは怖がる表情をしたあとにさっさと隣の店舗に視線を移していく。


 ハクが足を止めたのはファネが興味を持ったから。そうでなければ、ハクも見飛ばして次の店舗に移動していたかもしれない。


「因みに、これは何の血だい?」

「基本的にファンタス鳥さ。精肉するときに血を絞るんだが、それを密封してるのさ」


 この世界では工場のような自動化で商品が加工されているわけではなく、一匹一匹を手作業で解体している。店主は、血抜きの過程で出る血液の処分に困る農家から譲り受けて、瓶に詰めているという。


「……一つ買うよ」

「おお、毎度!このままじゃ売れそうにないし、追加で二つもつけとくよ!」


 結果、血入り瓶を三つも抱えることになってしまったハクは、さっさとそれを目につかないように袋の中にしまい込んだ。商品なので後ろめたいことなどあるはずもないが、あまり好奇な目で見られたくはない。血を持っているという噂が立つのは少々困るのである。


「ありがとよー!」


 店主に大きく手を振られ、一つの通りが終わる。一体なぜ食物系の通りに血を置いたのか甚だ疑問ではあったが、他には普通の果物とかも置いてあったので、血だけが明らかに浮いていた。

 もしかしたら冒険者街ならば売れたかもしれないが……わざわざ助言しに戻る必要性は感じない。


「ファネ、いるか?」

「えへへー、お父様ありがとう」


 目的語はなしに、ファネに伝える。ファネは破顔して、ハクの尻尾に抱き着いた。


 ファネは人から血を飲むことができない。やり方を知らないということで、実行したこともない。ならば、瓶の中の血ならば飲むことができるのではないかとハクは思ったのだ。ファネが実際に欲しがっていたのかは不明だったが、ファネが袖を引いて血があることを伝えてきたのは、ファネなりのおねだりだったのではないかとハクは考えた。

 実際、ファネはこうして喜んでくれたので、ハクの考えすぎではなかったのだろうとハクは小さく胸をなでおろした。


「隣は飲食店街ですね。ここの商品をその場で卸して料理しているみたいですが……」

「ちょっと早いが食事をしてしまおう。時間になったら混みそうだ」


 そうして三人はいくつかの店を比べたうえで、ピザに似た生地の上に具を乗せて焼いた物の店に入った。この料理は、この世界では名称不定とのことだったので、ハクがピザと呼んだことで二人もピザと呼ぶことになった。

 四角い生地の上に肉やら野菜やらが乗せられ焼かれたそれは、チーズの類は乗っていなかったものの、ソースが美味しく満足できる食事であった。


「ふむ、まだ夜には時間があるな」


 店から出ると、まだ太陽は赤くなり始めたばかりで、沈むには時間がかかりそうだ。通りには人も多く行き交っており、夜の帳になるのもまだまだ先のことだ。


「もう少し街を歩けそうだ」

「でしたら、魔物にちょっと興味があるんですけど、行ってみていいですか?」


 この市場の一つに、魔物通りというのは存在している。魔物を売っているわけではなく、魔物やモンスターの素材を売買している通りである。魔物素材というだけで希少価値がかかり、その市場価格は吊り上がることになるのだが、それ故に何件も店が並ぶということはあり得ない。

 この街のように大商業都市でもない限り魔物通りが生まれることはないのだ。アルクリア王都にも魔物通りは存在していないことからも、その希少さは分かるだろう。


 魔物通りに移動すると、いかにも怪しい感じの人ばかり……というわけでもなく、普通に冒険者らしい恰好をしている人や街の住人らしき恰好をした人が多くいた。一部マントを頭から被り顔の露出を可能な限り減らしている人物がいるが……ファネの恰好も背中の翼を隠すための大きなローブなので、同じ穴の狢かと納得するハク。

 並ぶ店先には、大抵の場合容器や袋に入れられた素材が並べられていた。メインストリートの値段と似たような価格をしている素材たちが、宝石のように並べられているのである。


「うわあ!見たことない素材がいっぱい!」


 そんな通りを見て目を輝かせるのはエスノア。魔法使いでありながら研究者気質であるエスノアにとって、この通りは未知の宝庫。魔法にも使えそうなものが多いともなれば、エスノアのテンションが跳ね上がってしまうのは仕方ないのだ。


「嬢ちゃん、静かにしな」

「あ、ごめんなさい……」

「音に反応するやつもあるんだ。この通りでは、静かにな」


 日頃から同じ忠告をしているのだろうか、通りの入り口に店主に注意されて声のトーンを落とすエスノア。同時に、いつもよりテンションが上がってしまっていたことを自覚し顔を赤くする。


「お姉様、かわいい」

「エスノアはまだ十六歳だ。こういうところがあってもいいだろう」


 二人の言葉にも顔を赤くしつつ、三人で通りを進む。

 店主が注意してきた通り、音を出すなという注意書きがされている店も多く、中には光禁止だとか、逆に、暗くするなという注意書きも見受けられる。


 大抵の場合は高価なのでエスノアは流し見をするだけだが、そんなエスノアが足を止めた店舗があった。そこは魔物素材と共に、特殊魔術の魔導書も置かれている。やはり、魔導書が置かれている店でエスノアは足を止めないわけにはいかない。


「これは何の魔導書ですか?」

「闇の魔導書よ。ふふふ、深淵魔法のね……」


 深淵という属性は存在しない。大方闇属性の魔法なのだろうという目測を立てる。

 魔導書というのは試し読みすらできない。書いてあることが何をとっても真髄に近しいものだからだ。故に、中身は推測するしかない。


「これには呪いや再生の魔法が記されている……特に、蘇生魔法は特別ねぇ」


 店主の女性が放った一言に、エスノアは反応した。


 蘇生魔法、それは存在しない魔法とされ、また禁忌ともされている魔法だ。誰も成し遂げたことのない魔法であり、過去成し遂げたとされる魔法使いは全員死を遂げている禁忌の魔法。

 そんなものが、例え商業都市であってもこんなところに置かれているはずがない。そんなことは頭では分かっているけれど……エスノアの脳裏に浮かぶのは、半ばで亡くした妹のこと。


 蘇生魔法がどんなものかは分からない。もしかしたら魔物になってしまうのかもしれないし、そもそも店主が嘘をついているかもしれない。

 それでも、妹のことを取り戻せるなら、と。


「っ、高いですね……」

「そりゃそうよ。秘匿された魔導書だもの。でもそうねぇ、狐のあなた」

「私かい?」


 突如呼ばれて、遠巻きに見ていたハクが近寄る。

 店主の女性はハクの持っていたバッグに指を指した。


「そのバッグの中に入ってるスライムの液体、それがちょうどほしいのよねぇ。譲ってくれたら、安くするけど」

「なぜスライムの液体があると」

「私くらいの魔法使いになればそれくらいわかるわよぉ」


 店主に対してハクは警戒を強めるが、対する店主はニヤリと笑うのみ。


 ハクも話なら聞いていた。蘇生魔法、それがエスノアの心を掴んでいるということも分かっている。

 ハクは蘇生魔法がこの世界でどのように扱われているのか知らない。とはいえ、ゲームのようにぽんぽん使われるような魔法ではないのは確かだ。そうでなければ、エスノアは妹を思って泣くことなどない。あの日、ハクの前で見せたエスノアの涙、確かに亡くした妹を想う涙だったのだ。


「スライムの液体って貴重なの。譲ってくれたらいいんだけどぉ」


 妙にしっとりとした喋り方をする女性に、ハクは更なる警戒を強める。だが、そんなハクを、ねだるような眼差しで見るのはエスノア。使いもしないスライムで、魔導書が買えるのなら渡してほしいと、その目が言っている。


「ふむ……」


 商業都市は安全な国。商売をするには厳しいチェックが必要。故に、偽物や怪しいものは掴まされない。

 しかし、この店主はなんとも信用ならない。胡散臭いというのもあるが、ハクの野生の勘が、店主を不審人物認定しているのだ。


 こういう時、エスノアを納得させる理由があればいいのだが。と、ハクは少しだけ天を仰ぐ。夕方の、赤くなった空が目に映るが、その視界の端にチラリと何かが映る。

 長く、白い髪をした小さい女の子が、悲しそうな顔をして首を横に振った。


 そうか、君は望んでいないんだね。


「エスノア、欲しいものがあるのはいいことだが、よく考えるのも大事だ」

「ハクさん……?」

「エスノアが欲しがるような魔導書だ。君以外もいっぱい欲しがる人がいるだろう。だというのに、こんな時間まで残っているのは変だと思わないかい?」

「さっき並べたのよぉ」

「だとすれば商売がとても下手だ。なんせ、ここから人通りも減る一方。この時間に新しい商品を並べるのは妙だ」


 ハクはエスノアを説得することにした。屁理屈だっていい。明確な理由がなくてもいい。ただ、エスノアが魔導書を読むのを止めたいだけだ。

 それは、彼女の大切な人が望んだことだから。


「それに、エスノアなら、こんな急に最上級魔法を覚える必要はないだろう?」

「……えへへ、そう、ですね。すみません、店主さん」

「しょうがないね……」


 ハクの顔を見て何かを察したのか、エスノアはふと優しい笑顔を浮かべてハクの言葉に頷いた。

 これで安心……と思いきや、店主はハクに向かってさらなる提案をしてきた。


「じゃあそのスライムだけでも売ってかない?高く買い取るよ」

「店舗を持たない人が物を売るのは違法じゃ……」

「言わなきゃバレないさ。どうだい、どうせそのスライムは使わないんだろう?」


 店主はスライムに対して、結構な執着を持っているようだ。実物を見ていないというのに、信じられないくらい欲しがっている。それこそ、街で禁止されている行為にも手を出してしまいたくなるくらいに。

 だが、そこまで執着されるとエスノアは気が付く。このスライムには、エスノアがまだ知らない可能性があるのだと。


「ハクさん、スライムの研究進めましょうね」

「そうしよう」

「ファネ、行こう」

「うん!」


 店主を無視するように足を進めるエスノア。それに続いてハクとファネも歩みを進める。

 後ろから店主が呼び止めるように声をかけるが、エスノアは振り返らない。いつの間にやら取り締まりのような人が来て、店主を囲んでいたが、エスノアたちは知らない。


 そうして通りを抜ける頃には夜になっていた。昼間のうちにとっておいた宿に戻って休むだけ……そんな時、エスノアがハクに声をかける。


「多分、止めてくれたんですよね」

「まあ、店主がだいぶ怪しかったからね」

「それ以外にも理由があるんですよね?ハクさん、ちょっと焦っていたようだったから」


 まさか妹に頼まれたとも言えるわけがなく、押し黙るハク。だが、エスノアはそれすらも察しているかのようにハクに笑いかけた。


「大丈夫です。いつかきっと、自分で見つけますから」


 何を、とは聞けなかった。

 細く伸びた月が、前を見るエスノアを静かに照らしていた。

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