砂漠の街、ガリアル
エスノアはそれはもう頑張った。魔法の研究を限界まで続け、魔法陣を刻み込むことにより、宣言通り三人を守ることができるほどの熱遮断結界を張る魔法を生み出したのである。
そんな彼女は現在、ハクの背中に揺られていた。とうとう限界を迎えたエスノアは、驚くほど自然に地面に倒れこみ寝始めてしまったのだ。断熱魔法は魔道具により維持されるので問題ないが、ここでエスノアを寝かせるわけにもいかない。
最終的にハクが人の姿のままエスノアを背負うことにしたのである。尚、なぜ狼にならなかったかというと、ハクが人でいないとファネの一人旅状態になってしまうからである。
「お姉様はとっても頑張り屋さん」
「だがたまにこうして限界を超えようとするんだ。私たちのためとはいえ、自分のことも大切にしてほしい」
密着しても暑くないくらいの温度を保ったまま、二人はとうとう足元が不安定になってきたことに気が付いた。まだ草は生えているが、すぐにそれらもなくなって砂漠地帯になるだろう。
「断熱を信用しすぎず、こまめに水を飲むこと」
「でも水魔法は……」
「私もある程度の初級魔法なら使える。常々魔法の師匠に感謝だ」
魔法の基礎から教えてもらったことで、今のハクは基本属性の初級魔法なら唱えることができる。ここまで育ててくれたプイには、一生頭が上がらないであろうハクであった。
しばらく歩けば、予想通り目の前には砂漠。断熱魔法のおかげで熱はどうにでもなるが、その貫くような日光は三人の体を確かに照らしていた。
ハクはちらりとファネを見る。疲れてはいるが、まだまだ元気そうだ。吸血鬼といえば日光が弱点……という日本の頃の知識がまだハクを縛っている。
「さあ、行こう」
足の裏の砂が二人の足取りを重くする。想定していたことではあるが、やはり砂漠は歩きづらくて疲れやすい。
途中からファネが少しだけ飛ぶことにより疲れを軽減し、ハクは足だけを狐のものに戻して道なき道を進みやすくした。狐は砂漠の生き物ではないものの、人の足に比べれば狐の足のほうがまだ歩きやすい。
ハクが想像していた砂漠は、地平線の向こうまで続く砂にサボテンや枯れ木などが生えているような光景であった。水はなく、植物を見かけることはないと。
だが、実際の砂漠は違った。まず、いくつもの丘が連なっているような地面になっており、地平線を見ることはできない。丘を登るときは砂が崩れるせいで普通よりも体力を持ってかれる。サボテンのような植物も枯れ木もなく、オアシスらしいものも見当たらない。
もしかしたら、水よりも食料の方が補給できないかもしれない……と、日頃は狩り紛いのことをして食料を調達しているハクは思った。
「砂漠って広いねー」
「この砂漠には名前があったかな」
ハクはバッグから地図を取り出した。エルフのキャンプ地でそのまま譲り受けたこの国の地図である。
探魔の森の東側、国土の三割ほどを占めるエリアに斜線が引かれていて、そこに今ハクたちがいる。そのエリアの名前は、干天砂漠。
ああ、そのままだと苦笑しつつ、ハクは地図の砂漠の広さに軽く絶望した。まだまだ砂漠には入ったばかりであり、目的の街までは果てしなく距離がある。地図を見たことを後悔してしまったほどだ。
「本当に、広いよ」
「?」
ハクの絶望混じりの呟きに、ファネは首を傾げた。
ハクは地図を片付けると、水を生成してファネに飲ませた。自らも水を飲み、ついでに氷魔法で涼しくする。断熱魔法は特殊な例として、この世界で砂漠を渡るなら魔法団が必要なのかもしれないと、ハクはこの世界の文化を考えた。
水を飲み終われば、また不安定な足場を進む。断熱魔法がなければ全員行き倒れていたかもしれないとはハクは思う。
未だにエスノアは背中で眠ったままである。まだエスノアは子供だし、このまま十分に眠ってくれとハクは願っているものの、そうもいかない事情も出てくる。
「お父様、魔物!」
「やはり砂漠にもいるか!」
砂の中から突如現れたのは顔が蟻、体が毛虫という随分とまあ気持ち悪い見た目の魔物。どうやら砂の中を移動しているようで、地中に潜ったり飛び出したりを繰り返している。
「むぅ……」
ファネは凝魔術で弓を構えるが、砂の中にいるのも相まって中々狙えない。体は例の如く柔らかそうなので一撃当てればやれそうなのだが、飛び出すのが一瞬なせいで狙いにくい。
また、砂の中で移動しているときはほとんど音をしないため、足元から飛び出してきたときに回避が遅れがちになり、準備していた凝魔術が解除されてしまう。
ハクはハクで、エスノアを背中に背負ったままなので攻撃参加できない。一応魔法をいくつか撃ってみるものの、砂の中に隠れてしまってはどうにもならない。変化魔法で地面を硬い金属にしてみるが、魔物の突破力が高いのかそれも貫通して飛び出してくる。
「ああもう!」
ファネが痺れを切らして断熱結界から飛び出した。そのままハクの真上で滞空すると、下に向かって弓を構えた。
ファネの額から汗が滴り、刻一刻と体力が奪われていく。そうしてファネがふらふらした時、地中から魔物が飛び出してきた。その瞬間、ファネは翼をしっかりと広げて空中で安定させる。魔物が地中に潜ろうとしたが、真上からなら矢は届く。
ファネが放った矢は魔物の背中とも尻尾とも呼べる部分から、頭にかけて貫いた。砂が爆発するような衝撃のあと、魔物は消滅し魔石が砂の中に埋もれる。
「ううぅぅ……」
同時にファネは暑さで落下。ハクはファネの真下に移動して、大きな二本の尻尾でファネをキャッチした。
「あうぅ、お父様の尻尾あついー」
「すまないね、モフモフで」
ハクは足元の砂をマットに変化させる。そこに二人を寝かせて、ファネの口に水を流し込んだ。
流石に砂漠でずっと寝ていると脱水になってしまうと思い、エスノアを揺すって起こす。
「んん……あれ、ハクさん?」
「おはよう。喉は乾いてないかい」
「んっんん……乾きました」
しばしマットの上で休息。その間魔物は出てこなかった。
「私、寝ちゃってたんですね」
「疲れてたんだろう?私の背中は寝づらかっただろう」
「いえ、ハクさんの背中はとても心地よく……背中!??」
エスノアがその事実に気づいた瞬間、顔が沸騰したように赤くなる。
ハクからすると、いつも狐姿のときに背中に乗っているのと変わらないのに、人姿だと恥ずかしいのだろうかと思うことだが、そこはエスノアの感じ方の違いである。
しばらくあうあう唸っていたエスノアは、顔を洗うように水を浴びて気持ちをリセット。
「ふぅ、ありがとうございます」
「ああ、うん。大丈夫か?」
「大丈夫ですっ!」
まだ顔は赤いものの、もう自分で歩けると立ち上がるエスノア。ファネも少し元気を取り戻し断熱魔法の中でふわりと浮くように飛ぶ。
空を飛べるというのは楽そうだと思いながらハクも立ち上がってマットを元に戻す。尚、過去に一度鳥になったら飛べるのかと思い変化したことがあるハクだが、どれだけ羽ばたいても全く飛べず諦めたことがある。
ハクは知らないことだが、この世界の飛行している生物は大抵魔法を同時使用して飛んでいるため、羽ばたくだけで飛べる生物はそういない。例えハクが雀のように地球の鳥になっても、羽ばたくだけでは飛べない世界なのだ。
「さて、向かいましょう」
「方向は合っているはずだ。行こう」
そうして三人はまた移動を開始した。
そうして数日、時折魔物に襲われては討伐していれば、やっと砂漠の奥の方に街が見えた。街の近くには人が行きかう道のようなものが見える。
「もしかして、何もない砂漠を移動するのって無謀だったのか?」
「少なくとも、この断熱結界がなければ普通の人は死んでしまうかもしれませんね」
「ファネたちすごーい」
苦労を重ねて街へと到着したハクたち。
これは誰も知らないことだが、正規の道以外でこの街まで到着した冒険者は、ハクたちで史上五組目である。普通の人間には耐えられない道のりであることは言うまでもなかった。




