スライムの動き
食事を終えると、エスノアはまだ素材の確認に戻った。集中力を使う作業でもないので、隣に並んだファネと共に談笑している。
食事終わりも残ってほしいとファネにお願いされたハクは、そんな二人を見ながら自分も荷物の確認をしないとなぁと考えていた。元々荷物の確認をしている途中にファネと共に街に出たので、ハクもまだ荷物の整理を終わらせていないのだ。森で拾ったもののうち、エスノアが持ち切れなかったものはハクが持っているのでそれも持ってこないといけない。
「私の分も持ってくるとしよう」
そのままに放置していたら、最終的に忘れてしまいそうなので先に持ってくることにした。ファネが一瞬捨てられた子犬のような顔をしたが、荷物を持ってくるだけだと伝えると表情を戻してエスノアと話し始めた。
ハクは部屋に放置していたバッグを持ち上げる。この中には調味料を含めて、雑多に色んなものを片付けており、その中にあるものも魔力が流れていなければ変化によって軽くて小さいものに変えている。このバッグを含めて、ハクの手荷物の半分以上は真の姿をしていない。
そうして二人の部屋に戻ろうとしたとき、コロコロと床の方から音が聞こえたのがハクの狐耳が捉えた。それはどうやらベッドの下から聞こえたようだ。
「何か落としたかな……」
バッグはベッドの真ん中に置いていたので、持ち上げた時に誤って落としてしまっただろうかと思いつつハクがベッドの下を確認する。ベッドの下は暗いものの、狐のタペタムはしっかりとその暗闇を見えるようにしてくれた。
ベッドの下に落ちていたのは一つの瓶。手を伸ばして掴んでみると、どうやらスライムの体液が入っている瓶であるようだった。バッグの奥底に入っていて、滅多に取り出さないからそう簡単に落ちることはないはずだが……とハクは思いながら、瓶をバッグの中に入れた。
部屋に戻ったら、ファネが牙のような素材を頭につけて遊んでいた。どうやらエスノアが魔法で落ちないように支えているらしく、ハクが見ると鬼のようにも見える。
「鬼ごっこか?」
「オニ?」
「鬼?」
「あれ、鬼を知らないのか?」
吸血鬼と言う表現がある以上鬼もこの世界に存在しているはず……とハクが思って、ふと思い出した。この世界の言語という言語は、ハクが理解できるように自動翻訳されているだけであり、実際はこの世界特有の言語で表記されているということを。
もしかしたら吸血鬼と言う言葉の中に、この世界では鬼という意味は込められていないのかもしれない。ハクを前に首を傾げるファネと不思議そうな顔をするエスノアを見ると、少なくとも鬼という概念はないことが分かる。
「なら気にしなくていいんだ。エスノア、私が持っているのはこれですべてだ」
「ありがとうございます。中身を確認しますね」
エスノアがバッグの中をガサガサと物色している間、ファネはずっと首を傾げており、その姿勢のままハクに尋ねた。
「鬼ってなーに?」
「うーん、角がついてる赤かったり青かったり……ふむ、いざ聞かれると困るな」
日本人は生きている中で必ずどこかで鬼という概念と出会う。子供たちは鬼ごっこをするし、昔話では鬼は退治される。節分では鬼に扮した大人が豆をまかれ、鬼に例えて怒り顔を表現する。ある意味、全日本人が知っている生物と言えるかもしれない。
だが、それを言葉だけで伝えるというのは意外にも難しい。そもそも作品によって微妙に見た目が違ったりするし、何をしているかも変わる。それに、悪いことをしている生き物なので、それに例えられたと知ればファネが悲しむかもしれない。
しばし悩んだあとに、ハクははぐらかすことに決めた。
「角がついた生き物さ」
「へー」
エスノアが物色し始めたせいで支えを失った角のような牙はファネの足元に落ちていた。ほえー、と牙で遊んでいるファネを見ていると、今度はエスノアから声をかけられた。
「ハクさん、これは?」
「うん?」
エスノアの方を見ると、エスノアが持っていたのはスライムの瓶。見せたことなかったっけ……いやいや、エスノアが落ち込んでいたときに見せているはずだと思っていると、エスノアがさらに口を開く。
「このスライム、生きてませんか?」
「はい?」
エスノアが瓶を振ると、中のスライムが微妙に震える。それは確かに、揺れが収まったあともプルプル動き続けており、反響というよりも反応を見せている。
それを見たファネは二人も知らなかったことを呟く。
「それ森の中でも動いてたよ」
「え、そうなの?」
「夜に見張りしてたら気配がしたの。確認したらそれだったんだけど、お父様の持ち物かと思って放置してたんだー」
どうやらそれなりに前から動き始めていたらしいということを理解したハクとエスノアは、静かにそれを床に置いた。よく見ると、瓶を動かさなくともゆっくりと瓶の中を蠢くように這っていた。
「あの、ハクさん、これって生きたスライムだったんですか?」
「いや、商人からは貴重な体液としか。生きているスライムだったら何かしら言ってくるだろう」
「ですよね……」
他の素材の確認をそっちのけで、スライムを凝視するエスノア。ハクとしても、スライムが動く理由など皆目見当がつかないので答えようがない。
エスノアが見ていると、スライムは瓶の蓋に手を伸ばすように動いているということが分かった。スライムの意思があるかは不明だが、外に出ようとしているのだろうか?
「スライムを出してみましょうか」
「大丈夫なのか?」
「この大きさですから。水を与えなければ大丈夫です」
エスノア曰く、スライムというのは水を吸収すると大きくなるらしい。尚、エスノアは知らないことであるが液体であればなんでも吸収して大きくなるので、生物がスライムを食べると死んでしまう。小動物の類がいないことを確認しなければ、本来はスライムを自由にすることはしてはいけない。
エスノアは不用意に瓶を開け、瓶を逆さにして不用意に地面にスライムを落とした。
「おー、うごうごしてるー」
「その表現は……」
「まあ、正直少し気持ち悪いな」
自由になったスライムは、まともに移動することもできず、落下した床の上で体を蠢かせていた。普通の生物であればこんな動きはしないうえ、未知の生物感が否めないため、若干ハクの正気度を削る。
ハク以上には魔物に見慣れているエスノアやファネは、スライムを突いたりして反応を見ているが、スライムは特に反応を示す様子はない。
エスノアが顔を上げると、ハクと目を合わせて数秒の沈黙。先に口を開いたのはハクのほうであった。
「どうする、これ」
「そもそも何で動き始めたんでしょうか。ハクさん、貰ったときどうでした?」
「あの時は動いてなかったはずだ。それに……」
ハクがチラリとスライムを見る。
商人から貰ったときは半透明とはいえ、向こう側がそれなりに透けて見えるくらいの、水のような色をしていたのだが、それが若干濁るような白になっており、不透明になっている。なんだか石灰水の実験のようだと思いつつ、ハクはスライムの入っていた瓶を持った。
「この瓶に入れていたらいつか逃げるかもしれない。取り敢えず、適当に保管しておけばいい」
スライム自体には魔力が通っているので変化させることはできないが、瓶は普通の瓶なので魔力を通すことができる。
今までのコルク瓶の形状を変化させて、虫かごのようなものを生み出した。引っかける蓋にしたことで、中から開けることはできない。
「水を与えない限りは大きくならないんだろう?せっかくなら、エスノアが思う存分研究してみたらいい」
「うぅ……私、顔に出てましたか?」
「興味津々!っていうのは伝わったよ」
顔を赤くして恥ずかしがるエスノアが、スライムを見るときは目を輝かせるようにして研究者の顔つきで見ていたのをハクは確認している。
この大きさのスライムであればいくらでも対処可能だし、大きくなったとて魔法ですぐに解決できる。スライム形状にもきちんと凝魔術が効くというのは、探魔の森の戦闘の中で確認済みだ。
「本来は魔物の所持はご法度ですが……今更ですね」
「だな」
「??」
同時に見られて、首を傾げるファネ。
法律があるわけではないものの、魔物の所持はギルドや同業者から嫌煙される。だが、それは本当に今更だ。連れて行くものが増えたところで何も関係ありはしない。
「ひとまず捕まえておこう」
ハクがスライムを持ち、虫かごの中に入れた。スライムを持ち上げても、その体液が床や指に残ることはなく、すべてが一体となったままに虫かごに納まった。後片付けをしなくていいのは楽だと、ハクは楽観的に考える。
「お父様、暇なときに出して遊んでいい?」
「……まあ、いいんじゃないか」
「わーい」
かごの中にいるスライムを突いて遊んでいるファネを見て、ちょうどいい遊び道具なのかもしれないとハクは思うことにした。




