森の中の集落
山に登り高いところから見て、改めて何もないことを確認して絶望したのが数日前。
途中から、ハクが狐姿で無理しない程度に走るということに決まり、二人を背に乗せたハクが森の中を走っているのが現在。魔物の数も減らず、一向に森の端が見えない中でエスノアはずっと探知魔法を使っていた。人の気配を捉えたらすぐにそこに行って話をするためだ。
「お姉様、反応はない?」
「結構範囲を広げてるんだけどね。見つからないや」
エスノアが展開している探知魔法の範囲は、距離にして半径五キロ。それがハクの移動速度も相まって高速で動いているので、相当な範囲をカバーしていることになる。
だというのにここまで反応がないと、自分たちは未開の地に来てしまったのではないかという感覚に陥ってしまう。
「……魔物です。左から二体」
エスノアの報告で、ハクは方向転換をし左を向く。数秒後目の前からタコとクラゲが合体したような魔物が現れるが、既にエスノアとファネの攻撃準備は終わっている。
エスノアの氷の礫とファネの凝魔術による矢が、それぞれの頭を貫く。エスノアの探知魔法による、戦闘の短縮である。
毎回時間をかけていては倒れてしまうと、エスノアの提案で実行されたこの作戦は、今のところ問題なく機能している。
魔石を拾いバッグに入れる。中身を見れば、溢れんばかりの魔石が山盛りに入っていた。これだけあれば、相当な額にもなるだろう。
「じゃあ先に進み……」
「お姉様、誰かいる」
「っ!?」
ファネの一言で、弾かれるようにエスノアは探知魔法を広げた。しかし、魔物も人も反応はない。探知魔法の範囲内にいるのはこの三人だけだと告げている。
だが、ファネが警戒するようにじっと見つめた茂みが、しばらくするとガサガサと揺れる。やはり、エスノアの探知魔法に反応はないが、茂みの中に何かがいるらしい。ファネは警戒のために凝魔術の弓を出しているが、何がいるかもわからないので攻撃することもできない。
逃げるべきか、調べるべきか……動くこともできずに、時間が流れる。数秒だったか、数十秒だったか、やっと茂みの中から何かが出てきた。
「待て待て。弓を下ろしてくれ」
腰に下げたナイフから可能な限り手を離すように両手を挙げたまま出てきたのは、ピンクの長い髪をしている男性のエルフであった。持っている装備はナイフだけらしく、それ以外の装備は特に見えない。鎧なども付けておらず、完全な軽装備であった。
この森で生きるにしては明らかに軽装備であったが、疲労は見えず怪我の類も見られない。
エルフが出てきても警戒を解かないのはエスノアだ。未だに探知魔法を展開しつつも、目の前のエルフを見て首を傾げている。
「お姉様……?」
「反応が、ない……?」
エルフがいると認識できた今でも、探知魔法は何も言わない。
まさか幽霊かその類だろうかと背筋が凍るような感覚を覚えるエスノアであったが、呟きを聞いたエルフが納得のいったように答えを教えてくれた。
「探知魔法は効かない。我々は探知避けをしているからな」
「探知避け?」
「この森の魔物は軒並み探知魔法を使ってくる。探知避けでもないと襲撃続きで生きてられん。むしろ、こんなところで探知避けもなしでよく探索してられるな君たち」
探知避け……エスノアを始め、ハクもファネも聞いたことのない技術であった。
エルフ曰く、この森に生きている魔物やモンスターはほとんどが探知魔法を使うことができる個体らしい。この森に入ってからやたらと魔物が襲ってくるようになったのは、魔物たちがハクたちの場所を探知魔法で見つけているからだったらしい。
探知魔法は受けた側は受けたことを把握できないために、今までエスノアも気づくことができなかった。森を抜けるだけならまだしも、何日もここで過ごすためなら必須な技術なのだという。
「そんなことも知らないのに、こんな街外れにいるのか?」
「えっと……迷いまして……」
「常に違う方向に進み続けなければ来ないようなところだぞここは」
エルフは言う。ここは、未開の地であると。
実はハクたちのいる場所は、まだまだ人の手が入っていない、地図にも書かれていない場所なのである。エスノアが確認していた地図において途中からデータがなくなったのは、森で迷って方向を見失った結果誰も来たことがない場所に入り込んでしまったからである。
ハクが森での歩き方を把握していた為に、未開の地であるということに気が付けなかったのは、ハクにとっては痛恨であった。ハクの生まれた森は、そのほとんどの部分が未開の地であるため、違和感に気が付けなかったのだ。
日本で生きている頃なら絶対に気が付けてたであろうことを見逃したので、自分もこの世界に随分と馴染んだものだと一人で感慨深くなるハク。
「見るに、随分疲れているみたいじゃないか。我々のキャンプ地がある。そこで休んでいかないか?」
「対価になるようなものは何も……」
「気にすることはない。無論、必要な物資等はそちらで準備してもらうが、自由に休める土地を提供するだけならこちらに痛手にもならない」
要約すると、土地が余ってるから休息地に来ないかとのこと。エルフ側から何かを提供することはないけれど、この森で休息できるというだけでも一考の余地がある。
エルフのキャンプ地は全体に探知避けを施しており、稀に襲撃されることもあるが頻繁に襲われる心配はないのだという。
「ですが……えっと、私たちが行っても、エルフの皆さんは大丈夫なのでしょうか」
エスノアの脳裏に浮かぶのは、エルフの森での過酷なあれこれ。監禁にも近い環境で、牢獄にも思えるような生活を強いられた数日間。エルフの森から逃げる中で、背後から飛んできた矢に込められていた殺意は今でも覚えている。
エスノアが若干顔を青くしながら尋ねると、エルフは苦笑しながら答えた。
「その反応、君たちエルフの森に行ったんだな?今キャンプ地にいるのは全員多種族に寛容なエルフさ。むしろ、こっちに集まってしまったせいで森がああなっているとも言えるけれど……ひとまず、君たちのことを排斥するようなことには絶対にならない」
困惑しているファネをよそに、見るからに警戒をするエスノア(とハク)を見て「まあそんな反応になるか……」と諦めと納得が入り混じったような顔をするエルフ。
しばし考えたあとに、ため息をついて一言。
「先に行くから、ついてくるならそうするといい。離れすぎると魔物に襲われるから気を付けて」
そうして森の奥へと歩いていくエルフの後ろ姿を、しかし離れないようについていく一行。
というのも、このまま森で彷徨うのとエルフに監禁紛いなことをされることに、そう違いはないのである。であれば多少は休める可能性の高いエルフについていったほうがいいというのが、一瞬で弾き出したハクの答えであった。
「大丈夫なんでしょうか……」
「キュン」
エスノアの不安そうな声に、いざとなれば逃げるさと告げるハク。声は鳴き声となり伝わらなかったが。
エルフの言った通り、襲撃らしい襲撃も受けないままに歩くこと数十分。森の中にぽっかりと開いた空間に出た。
キャンプ地という名前にはふさわしくないログハウスが何棟も建てられており、その周辺でエルフが数人本を読んだり書類を書いたり観察をしたり……思い思いに過ごしているようだ。
「彼女らをしばらく過ごさせる。異論はないな」
「いいよー」
「はーい」
何人かの返事のあと、そのままの流れで空間の端っこの荷物置きにもなっている場所に案内されるエスノアたち。
少しもう分けなさそうにしつつ、エルフは指をさした。
「ここらへんは好きに使ってもらっていい。テントのようなものを作るのならそれでも構わない。こちらから声をかけることはないが、君たちが我々に声をかけて貰えるものがあれば貰ってくれても構わない」
最後に……とエルフは他よりも少し大きい建物を指さした。
「あれには近づくな。理由は聞くな」
「は、はい」
今までの柔和な笑みが消え、威圧感すらも感じる顔で注意を終えたエルフは、そのまま他のエルフのもとへと歩いて行った。
「……ひとまず、逃げようと思えばいつでも逃げれそうですね」
「お姉様?」
「色々あってね……休憩しよっか」
エスノアがテントの用意をし、ファネがキョロキョロする。
そんな中ハクは、いつ人に戻ろうと悩むのであった。




