次の国へ
しばらくの間は吸血鬼の襲撃を恐れながら移動していたハクたちであったが、数日もして何の反応もなかったことでやっと三人は胸をなでおろした。大方王都の騎士団がやってきたのだろうと納得して、いつものゆったりとした足取りに戻った一行は、適当に次の目的地を決めていた。
「このまま進めば別の国か」
「そうですね。わかりやすい境目があるわけではありませんが、隣国の街に入ると雰囲気の違いを感じられるはずです」
アルクリア王国の隣に位置するのは、バンガロンド共和国。アルクリアと同じく、様々な種族が住んでいる国だが、ここは王制ではなく共和制であることが特徴だ。ただそれは地球の共和制とは少し違う。
バンガロンド共和国では、一ヵ月に一度、国の主要な種族の長たちが集まり会議をして国の方針を決めるのだ。どちらかと言えば議会制に近い国の在り方をしている。
「吸血鬼はー?」
「ううん、吸血鬼は大陸全体で疎まれてるから、その国でも嫌われてるかも……」
「そっか……」
半ば予想していたとはいえ、肩を落とすファネ。そんなファネの頭をエスノアが優しく撫でた。
バンガロンドはアルクリア以上に多種族が住んでいる。この国では少ないエルフやドワーフなどの、ハクからするとまさに異世界と言わんばかりの種族が多く住んでいる国でもあるのだ。
流石に吸血鬼ほど悪名が高いと受け入れがたいものの、他国で排斥されてきたような種族も住んでいる国であり、この世界における種族のサラダボウルがバンガロンド共和国なのである。
「そんなに受け入れてくれるなら、エスノアとシウィンはこっちを目指した方がよかったんじゃないか」
「国の豊かさという意味では、やはりどうしてもアルクリアが圧倒的なんです。私たちは元々貧困でしたので、当面を生きるためにも国が豊かな方に行くしかなかったんです」
バンガロンドはその特色上、自種族内だけで経済や需要と供給を完結させがちなのである。共通紙幣こそ、他国と同じくガラを使っているものの貿易をするだとか交流をするだとかがほとんどない。その結果、国全体の国力や豊穣さでは数段劣ってしまうことになるのである。
貧困によりその日を生きる食料を手に入れるのにも苦労していたエスノア姉妹は、そういった国が貧しいところには行けなかったのだ。もし最初からバンガロンドに目的地を設定していたら……なんていうイフを語るつもりはハクにもエスノアにもない。
「やっぱりファネが静かに生きることができるところってないのかな……」
「「……」」
ファネの呟きに、二人は返事をすることができなかった。代わりに、エスノアはファネを抱きしめ、ハクはファネの頭を撫でた。
吸血鬼という種族はこの世界全体における敵であり、モンスターなのである。世間一般では、知恵を持つ魔物くらいの認識でしかない。ファネのような吸血鬼も少数ながらいるが、しかし、その吸血鬼らは歩み寄る前に討たれる。それを見て他の吸血鬼は、最初から冒険者に敵対する。
負の連鎖を止める手立ては、ない。
「まあ、国から追われてるという意味では私もエスノアも同じなんだ。ゆっくり探せばいいさ」
もうこの国に戻ることはないだろうと、ハクは苦笑しながら言った。
そうしてしばらく歩くと、道中小さな村を見つける。それは、この国における最東端の村であり、獣人たちの住まう村であった。
一応最後の支度はしたかった三人は、少しだけ寄る程度の気持ちで村に近づく。すると、村人たちは三人の……ハクの姿を見て、まさに大歓迎という雰囲気で迎え入れてくれた。
「おやおや、獣人の旅人かい」
「狐さんじゃないか。泊まっていきな」
「こんな小さい子二人も連れて、大変だねぇ」
ハクはまだこの世界で生を受けて一年も経っていないが、見た目だけは大人のそれだ。対してエスノアとファネは少女と呼ぶにふさわしい見た目をしている。ハクが子守をしながら旅をしていると誤解されても、致し方ないことであった。
「言うなれば私たち全員子供なんだがね」
空き家の一つを貸してもらい、三人は一息ついた。吸血鬼の洞窟から逃走してから、初めての屋内での休憩でもあったため、思ったよりも疲労が溜まっていたことに三人は気づくこととなった。
「やっぱり、獣人の人から見てもハクさんって獣人なんですね」
「この尻尾と耳はどちらも消すことができるがね。こっちの方が楽なのは、やはり元が獣だからだろうか」
「お父様の尻尾はモフモフー」
ファネが尻尾にくっついて、眠りそうになりながら手入れをしてくれる。今では二本になった尻尾の手入れは、それだけでも相当な時間がかかるので、今のような時間があるときにしかできない。ハクの尻尾がお気に入りなファネが、こういう時に率先して手入れをするのである。
尻尾の手入れを任せつつ、ハクは手荷物の整理をしていた。小さめのバッグの中には、いつでも変化できるように石をいくつかと、旅の途中で手に入れたものや調味料などが入っている。いつぞやに貰ったスライムの液体だとか、エスノアが日々研究して魔力を運用しようとしている魔道具なども入っている。
だが、その中にハクのお目当てのものはなかった。こんなことなら金属の塊も入れておくべきだったとハクは後悔している。
そう、ファネの盾がないのだ。切羽詰まった状況だったとはいえ、ファネが大切にしていた盾は吸血鬼の顔面にぶつけるのに使ってしまった。既に変化が解けて金属の塊に戻っていたとはいえ、ファネが手入れをして使っていた盾だ。代わりのものを用意してあげたいとハクは思っていたのだが……
「ファネ、盾はしばらく用意できそうにない。すまない」
「んー……?いいよぉ、ファネはいろいろできるからぁ~……」
ほとんど夢心地なのだろう。間延びしたファネの声は、今にも尻尾を枕にして眠ってしまいそうな気配がしていた。
とはいえ、だからこそ強がっているわけではなく本当に気にしていないのだとハクは解釈した。元々ファネは凝魔術で色々できるので、きっと盾も作れるだろう。金属のものよりは耐久性に難があるだろうが、変化魔法が使える金属が手に入るまでは我慢するほかない。
「それにしても、いざ荷物を整理してみると……私たちは旅の中でほとんど何も手に入れていないな」
「それこそ旅を始めたときよりもお金が増えたくらいでしょうか。例の魔道具はすごいものですけど、まだその魔力を使用することはできませんし……」
「まあ、元より荷物などない旅なんだ。そう色々手に入れたところで片づけることもできない」
ハクはそう言いながら、取り出したものをすべて元の場所に片づけた。色々入っているが、そのどれもが小さく、まだまだバッグを埋めるには足りない。
気付けばファネは手入れ半ばで睡魔に負けてしまったようだ。ハクはファネをきちんとベッドに寝かせて、自らも寝床につく。
「次の国では指名手配にならないようにしよう」
「ふふ、そうですね」
そうしてエスノアは光を消す。この国の最後の一晩は、こうして静かに過ぎていく。




