獣人の村へ
白狐が目を覚ます。そこは知らない天井だった、なんて妙なことを考えるだけの余裕はあるようだった。
木造の家だ。扉や窓がある、ちゃんとした家であり、日本の生活を知る白狐からすると、とても見慣れた落ち着く空間である。やはり家が最高だなんてことを考えていると、いい匂いがすることに気が付いた。
腹が減っている。喉も乾いている。この匂いに抗うことは、獣の本能が許しはしない。
白狐は起き上がり、匂いがする方へと歩いていく。玄関の扉を開けて、家の裏側へ。そこには、石で作られた炊事場があった。キッチンに慣れている狐からすると、ちょっと珍しく思える。この手の炊事場は、キャンプ場でしか見たことがない。
炊事場では、あの犬耳少女が料理をしていた。近づいてきた白狐に気が付き、声をかける。
「あ、狐さん、おはよう!もう大丈夫?」
「キュン」
「うんうん。大丈夫そうだね。お腹すいてるでしょ。もうすぐできるから家の中で待っててね」
見た目は中学生くらいだけれど、落ち着いた雰囲気で声をかけてくれる。
白狐は少女の言う通りに家の中に戻り、椅子に座って待つ。体がでかいから、若干椅子が窮屈だ。
数分後、少女が鍋を持って家に入ってきた。
「はーい、お待たせ」
少女がお椀に注ぎ、白狐の前に置く。お粥のようだけど、その匂いは白狐のお腹を鳴らすのには十分であった。
白狐のお腹の音を聞いて、少女が微かに笑う。
「はい、どうぞ」
白狐は、久方ぶりの食事に食らいつく。細かく刻まれた肉が入っているようで、それが白狐の気力を回復させた。
森の中では味気のないものばかりを食べてきた白狐は、調味料の偉大さを知る。別に毎日同じ肉を食べても気にならなかった森での生活だが、この味を知ってしまうと、もうあの生活に戻れそうにない。
「いっぱいあるからね。お腹いっぱい食べてね」
少女に言われるままに、白狐はお腹いっぱい食べた。お粥のおかげで喉も潤い、最終的に鍋の中身はすっからかんになってしまったのであった。
その様子を見て、少女は驚くような表情をしつつ、白狐に笑いかけた。
「狐さんは、どこから来たの?」
「キュン?」
「んー……言葉、喋れない?」
喋れないと言われても、白狐は生まれてからずっとこれで会話してきた。日本語の発音なら理解できるけれど、今の口だと喋ることができそうにない。
けれど、少女はそんな白狐を見て更に不思議そうな顔をする。
「魔物をやっつけたときに使ってたのって魔法だよね?魔法が使える狐さんって、言葉を話せるって聞いたんだけど……」
人語を解するという意味では、きちんと理解している。なぜか日本語のように聞こえるけれど、ここが日本ではないのは明らかなので、多分何かしらの補正なのだと白狐は思う。そういえば自分は転生しているので、もしかしたらその影響かもしれない、とも。
それはそれとして、言葉を発する方法は分からない。狐の口では喋れないし、喋ろうとしても、口から出るのはいつもの狐の鳴き声だけ。
「私の言葉は分かってるんだよね。うーん、ちょっと待ってて!」
少しの思案のあと、少女は玄関から飛び出していった。
狐は食後の休憩をしつつ、少女を待つ。そして数分後、少女は一人の男性を連れて家に戻ってきた。
「マカクさん、この子です」
「ふむ、診てみよう」
マカクと呼ばれた男は、猿の耳が生えていた。少女にもあるが、人間から動物の尻尾が生えているのは、白狐からすると奇妙以外の何物でもない。
「私は学者だ。少し見せてくれ」
マカクに言われ、白狐は体を床に預けた。その体を撫でるように、マカクが手を動かす。
誰かに撫でられるというのは初めての感覚だったが、悪い気持ちにはならない。もっと撫でてほしいとは思わないが、嫌悪感は抱かなかった。
「これはたしかに珍しい狐だ。近くの暗き森の中にしかいない、魔法を使う狐だね。それに、突然変異である白狐という点でも、学術的価値がある」
「そんなのどうでもいいんだよー。なんでこの子は喋れないの?」
「ふむ。単純にその魔法を知らないのだろう。人に化けるか、念話の魔法か……何かしら意思疎通のための魔法を教えてあげた方がいいだろうな」
人に化ける……人間の体の使いやすさは、白狐は身をもって知っているので、可能ならなりたいと思った。そういえば日本では狐は人を化かすプロ、なんて言われていたはずで、ならば人間に変化するのもできるような気がした。
だが、どうすればいいのかは分からない。親からはそんな魔法を教わっていない。きっと、身を守るための魔法を優先したのだろう。
「オススメは念話だ。人の体は、狐に体とは動かし方が違うからね」
大丈夫です。慣れてます。
「とはいえ、どちらにせよ、この村では適任がいないな」
「狐さんはどっちがいい?」
そう聞かれても答える術はないが……なんとか体を起こして、後ろ脚だけでバランスを取り、人になりたいと伝える。
その白狐の頑張りは、少女には届いたようで、マカクに意思を伝えてくれる。
「人間になりたいって」
「ふーむ……化け狐ではないが、チベは狐だろう。聞いてみるか?」
「呼んでくる!」
そうして少女は外に飛び出していく。何度も何度も外に出て、なんとも元気な少女だ。
「ああ、そういえば。プイとスフィンを助けてくれてありがとう。あの子たちには荷が重い相手だったようだけど、君のおかげでなんとかなった。保護者というわけではないが、お礼を言わせてくれ」
「キュン」
プイというと、あの少女の名前である。そしてスフィンが一緒にいた猫耳少年だったはず。白狐は、戦闘中に互いがそんな風に呼んでいたことを思い出した。
「君が望み通り生活できることを保障するよ」
そういってマカクは出て行った。
それにしても、この家には鍵はないのだろうか。




