ペリグラム
「吸血鬼というのは特異な血筋だ。人間のように容易な生殖行為で増えるわけではなく、その親子関係というのも曖昧……だが、ペリグラムを含めいくつかは血筋というのがしっかりしている。いわゆる純粋な血筋なのだ。何世代も前から家名が残っているのが証拠だな」
吸血鬼は仰々しく動きながら、ペリグラムについてを語る。
ハクは、わざわざ説明 をする理由がよくわからなかったが、同族に対しては優しいのだろうかと間違った認識を持っていた。
「故に他の吸血鬼よりも強い体、強い魔力を持ち生まれる。ろくに努力をせずとも最強になりうる素質を持っている。俺にその素質があればどれほど良かったか」
本当に、心底羨ましそうにファネを見る吸血鬼。その目には羨望以外の何かも見え隠れするものの、ファネには分からない。
ファネはうっすらと凝魔術を右手に収束させながら話を聞き続ける。
「貴様らペリグラムが持つ凝魔術もそうだ。俺たちは教えられたって何十年とかけて習得する技術を、貴様らは数日で完璧にする。吸血鬼の技の中でも汎用性と威力に優れたそれを我が物にしたいと思い、そして挫折した吸血鬼が今までに何人いたことか」
ファネは少しだけ過去のことを思い出す。確かに父親から凝魔術というものがあると教えられ、あとは文献にあるからと先生のようなものもなく独学で習得したが、それにしたって一週間ほどで終わらせた。
目の前が吸血鬼が羨むのは、そういったところなのだろうと遅まきながらファネは理解した。
「だがその血筋は弱肉強食だ。俺は貴様の父親の今など知る由もないが……なぜ捨てられたかは予想がつく。きっと見込みがなかったのだろう。力が弱く親に見捨てられた者など珍しくもあるまい?貴様もその中の一人だったと、それだけのことだ」
ファネが少しだけ体を揺らす。
ハクはファネに声をかけてあげたかった。ファネはとても強い子で、将来性なんていくらでもある子なのだと。しかし、吸血鬼の威圧感がそれを許さない。
ファネは俯き吸血鬼の話を聞き続ける。
「ああだが、それでも俺たちのような一般的な吸血鬼に比べれば……優秀で、才能に溢れ、強さを主張することができる血筋だ。それがペリグラムだ」
吸血鬼は語り終えたとばかりに後ろを向く。まるでファネへの興味を失ってしまったかのようにも見えるその振る舞いは、ファネに現実を見せつけるかのようにも見えた。
「ファネ……」
辛うじてハクが絞り出したその声は、ファネのところまで届かない。だが、ファネは顔をあげ吸血鬼に話しかけた。
「何も知らないってことはもう用はないってこと。ばいばい、同族さん」
何も聞かなかったかのように、ファネの声はハキハキとしていた。捨てられた子などと言われても、その程度どうしたのかと言わんばかりの声である。
その反応に流石の吸血鬼も思うところがあったのか、ファネの方を振り向いた。
「行こ、お父様、エスノア」
「まあまあ待て小娘」
ファネが振り返ろうとしたその時、吸血鬼はファネを呼び止めた。ファネが視線を動かしてみると、そこには腕に何重にも幾何学模様を浮かべた吸血鬼の姿。
「俺の家に邪魔しておいて、貴様の目的のためだけにどっかに行くというのは失礼じゃないかね」
吸血鬼が腕を振るう。その瞬間、腕に巻きつくように展開していた魔法陣が発散し、この空間全体へと広がった。それと同時に、この空間を外と繋げるすべての道が封印魔法により塞がれる。
エスノアとハクがハッとする間もなく、吸血鬼は魔法を構築。無詠唱でその術が放たれる。明らかに過剰な威力を誇る火の魔法は、ハクとエスノアを入れても余りあるほどの大きさに肥大化し、二人を飲み込まんと襲い掛かった。
「お父様!」
しかし、その魔法はハクたちに当たる前に雲散することとなる。前もって発動可能状態にしていたファネの凝魔術により作られた矢が、火の玉を掻き消したのだ。
ファネは、吸血鬼が何かを企んでいることを話の途中で看破していたのだ。エスノアほどではないが、その生まれ持った才能により魔力の流れが多少は感じ取ることができるファネが、吸血鬼の腕に集まる魔力を前もって感知していたのである。
吸血鬼は親切などではない。例え同族であっても、縄張りに入ったからにはただでは帰さない。そんな種族なのだ。吸血鬼の里から外に出た個体なら猶更である。
時間稼ぎなんてそんなことしなくても、普通に挑めばいいのにとファネは思いつつ、凝魔術で弓矢を準備しておいたのである。
「お父様、動ける?」
「あ、ああ」
吸血鬼の威圧感で縛られていたハクたちも、いざ戦闘となればスイッチが切り替わり多少なりとも動けるようになる。本能的な硬直なので、いつも通りとまではいかないものの、ファネの手前みっともない姿を晒すわけにはいかない。
「ふむ、違う種族で家族ごっこか。捨てられた者同士仲のいいことだな」
「お父様はそんなんじゃない!」
ファネの弓矢が吸血鬼のもとに飛んでいく。それは恐ろしいほどの威力と速度、そして精密さを兼ね備えていたものの、吸血鬼の目の前に展開された結界のような壁がその矢を受け止める。
「貴様らの……特にペリグラムの血を飲めば、俺は何段も強くなれる!俺の糧となるため……死ね」
元々この空間に用意されているのだろう。壁に魔法陣が何枚も展開され、その砲塔をハクたち三人に向けた。
「『我ら数多の魂となろう』『守れ光の壁を持って』!」
砲塔が火を噴く寸前、エスノアの詠唱が間に合い三人を囲うように防壁魔法が展開される。一部は貫き、一部はファネが弾き、砲弾が止む頃には、エスノアたちの衣服はところどころ解れてしまう状態であった。
だがしかし、吸血鬼はここで終わらせるような種族ではない。ファネの苦し紛れの矢を弾き、第二掃射が始まった。そのすべては火の魔法であり、吸血鬼の得意な属性が火であることが伺いしれたが、その情報を知ったとて物量の前には水の結界すら歯が立たない。
「はぁ……はぁ……」
「くっ」
「うぅ……」
ハクとエスノアだけでなく、身体的に強いファネすらもボロボロの状態。ハクたちに飛び掛かる魔法を、ファネが盾で弾き、時にはその身を使って防いだからだ。
「俺たち吸血鬼の吸血行為は至極の甘味にも等しい。死ぬ間際には気持ちよくなれることを約束しよう」
「ファネたちは、こんなところであなたのご飯になるわけにはいかないの!」
傷が深いハクとエスノアに代わって、ファネが吸血鬼に言い返した。
だが、三人は既に傷だらけであり、対して吸血鬼は無傷。傍から見ても、どちらが優勢であるかなど語る必要もない。
「エスノア、封印魔法の解除ってできる?」
「こ、この入り口を封じてるやつだよね……時間はかかるし、こんな攻撃を受けてたら……」
常人であれば既に死体にもなっているであろう砲撃を耐えているのは、偏にエスノアの防御魔法のおかげである。その結界をいくつかは貫こうとも、最後まで形となって皆を守るのが防御魔法であり、砲撃の八割を防いでいるのがエスノアであった。
エスノアが解析に回ればそれだけで砲撃を防ぐ手段はなくなる。いかにファネが強靭な体を持っていても耐えられるものではない。
この部屋には元々チャージ状態の魔法陣を用意しているらしく、第二掃射が終わっても、新たな魔法陣が壁に展開されてハクたちに砲撃するのを準備している。
第三掃射まで残り数刻。ここで耐えていても未来はない。
「エスノア、やってくれ」
「でも、ハクさん」
「こちらは……なんとかしよう」
吸血鬼が合図をするでもなく、壁の魔法陣は強い光を放ち始めた。
エスノアが背後を気にしながら封印魔法の解析を始めた。幸いそこまで複雑なものではなく、頑丈ではあるが時間をかければ解除できそうなもの。だが、エスノアは背後の二人が気になって中々作業に集中できない。
遂に壁の魔法陣が掃射を開始した。ファネが身構えるが、その肩をハクが抑えた。
「チャンスは一度だけだ」
ハクがそう言うや否や、三人の周囲には壁が生まれた。魔法の結界などではなく、質量を持った完全な物体である。
その壁は砲撃によって少しずつ削られていくが、その度に修復されていきただの一つも攻撃を通さない。吸血鬼をして珍妙と言わざるを得ないその現象の正体は、ハクの変化魔法である。
エスノアとファネに守られている掃射の間、ハクは脱出のための糸口を探していた。最初は天井に穴をあけて王都と同じように脱出しようとしたが、どうやら天井だけでなく床も壁も、ある程度進んだ位置に魔法陣による結界が張られているらしく、変化をさせても穴をあけることはできなかった。
だがしかし、言い換えればその少しの部分はハクの好きなように変化させることができるということだ。最初こそ武器を出そうと思ったハクであるが、この状態では何を用意したところで吸血鬼に届くことはない。
「お父様、これなら!」
「残念ながら、破壊される速度のほうが早いから今回だけだ。どうやら一度で周囲にある素材のほとんどを使ってしまうらしい」
変化させるときは触れていなければいけない。砲撃の威力でそのほとんどが吹き飛ばされ、ハクの手が届かないところに飛んで行ってしまう。周囲の壁や床を使い切ってしまえば、それだけで盾となる素材はなくなってしまう。
この一度でエスノアが解除できなければ、次の砲撃でハクたちは撃ち抜かれてしまうことだろう。
「エスノア……」
ハクが完全に守っていることを確信し、ファネはエスノアの方を振り向いた。
エスノアは無言で封印魔法の解析を続けていた。複雑なものではないけれど、しかしそれでも封印魔法である。そう簡単に解除できるような魔法ではないのは当たり前である。
ファネはハクのことを百パーセント信じている。まずファネのことを受け入れたのはハクであったからだ。ハクがこの世界のことも吸血鬼のことも知らず、先入観というのが何もなかったからであるが、ファネにとっては圧倒的な信頼を寄せることができるのである。
対してエスノアはというと、今でこそ信じているものの、最初はハクよりも距離があった。エスノアがファネのことを警戒していたからである。今になっても、エスノアの呼び方が呼び捨てであることが、ファネとエスノアの距離を表していると言っていいだろう。
「……大丈夫。ちゃんと終わらせる」
ファネの視線に気が付いたのかどうか、エスノアは小さくそう呟いた。
「ファネちゃんも、ハクさんも、みんなで一緒に帰るよ」
エスノアの意志のこもった言葉がファネの耳に届くと同時に、三人を狙う圧倒的な砲撃が終わった。そのすべてを防ぎ切った変化魔法の壁は、最後にはほとんど欠片のようになってしまっていた。もう一度の壁など作れそうにない。
「安心してくれていい。その血は可能な限り綺麗にしなければいけないからね」
壁の魔法陣が切り替わり、またもや光を放ち始める。エスノアの解析はまだ終わっていない。
「エスノア!」
ハクが声を出す。苦しそうに、焦ったように解析を続けるエスノアは、二人のことを信頼することしかできない。ここでエスノアが防御に回ったところでどうしようもないのは明白なのだ。
魔法陣に光が満ち、とうとう砲撃が始まる。圧倒的な砲撃が三人のことを囲うように撃ち放たれる。ファネはその身と盾を持って、ハクはかき集めた素材による壁をして防御をするものの、明らかに足りていないそれは三人の体を傷つけていく。
「終わりました!行きましょう!」
砲撃の最中、その声が響く。エスノアが封印魔法の解析を終わらせ解除したのだ。
その声を聴くや否や、二人はエスノアのもとに駆け出して出入口を抜ける。砲撃に晒されたのは僅かに十秒。しかし、その十秒の間に三人は全力疾走すらできないほどに攻撃を受けてしまっていた。ハクなど、一部の変化が解けかかっている。
三人は吸血鬼の空間から逃げ出した。砲撃の波は三人のところまでは届かない。
だが、吸血鬼は易々と逃げ出すことが叶わぬ存在であり、空間から逃げた三人のことを、焦る様子もなく吸血鬼は追いかける。
「鍵を解いたか。中々に優秀な魔法使いのようだ。お前の血もさぞかしうまいことだろう」
吸血行為は強くなるための行為。その血に含まれる魔力は豊富なほど吸血鬼にとってはご馳走だ。
通路の壁には砲撃の魔法陣はないようだが、満身創痍な三人は吸血鬼から逃れられるほどの速度で走れない。度々吸血鬼から圧倒的な砲撃を受けて、その度に誰かが受けて消耗していく。容赦のない攻撃が三人の体力を削り取っていく。
「ふぅ……はぁ……」
そんな中、ハクは深呼吸をした。自らの解けかかっている変化魔法を、ちゃんとした姿になるように修正していく。即ち、狐の姿へと戻していく。
吸血鬼も流石に人が狐の姿になることに目を見張るが、すぐに冷静になり砲撃を再開する。
「キュウウン!!」
ハクが吠える。乗れ。
エスノアとファネはすぐにハクへと飛び乗った。狐姿に戻ったハクは毛並みが乱れ、その体には血が流れている。だが、その野生はこんな土壇場だからこそ発揮される。
「ああくそ、そういうことか。ならペリグラムだけは貰っていこう」
二人が乗った瞬間、ハクは足に力を込めて洞窟の外に向かって走り出そうとし……そして背中が軽くなったことに気が付いた。
ハクが後ろを見ると、蔓のような魔法がファネの体を縛り上げて引っ張りあげていた。まるでミイラのように絡みつくそれは素人目で見ても頑丈で、簡単に解けるものではない。どうやら、三人を狙うのをやめてファネ一人を狙うようにしたらしい。
「~~~!!」
口まで縛られてしまって喋れないファネを、吸血鬼は奥へと連れて行こうとする。既にハクたちを追いかけるのをやめて来た道を戻ろうとしている。
ハクは必死に戻ろうとするが、既に前方へと力を込めてしまっている足を後方に向けたところで、満身創痍の体に耐えられる負荷ではなくその場に倒れこんでしまう。
だから、この場で動けるのは一人だけだった。
「『私は理解した』『ほどけよ封印!』」
エスノアが高らかに詠唱すると、ファネの体を縛っていた封印魔法が解除される。どう考えてもおかしい速度の解除に、吸血鬼は声をあげる。
「なんだそれは!そんな速度!」
「ファネちゃん!」
封印が解除された瞬間にファネはハクたちのもとへと踏ん張るように飛翔した。同時にエスノアがファネに向かって手を伸ばす。
エスノアがファネの手をしっかりと握り、もう離すまいと力を籠める。ハクが立ち上がり、今度こそ逃亡を開始する。
「待て!」
吸血鬼が三人に向かって、恐ろしい速度で飛翔してきた。エスノアが急いで結界を張るが、そんなものは一瞬で破壊され、三人へと近づく。
ファネに吸血鬼の手が届きそうになった時、ファネはというとあるものを振りかぶるように持っていた。
「もう手を出さないで!!」
ファネが投げたのは損傷により変化が解けた金属の塊。ファネが持っていた盾が壊れて戻ってしまったものだった。
肉薄する距離にいた吸血鬼は、これまた吸血鬼の腕力によって投げられた金属の塊を回避することができない。顔面に直撃を喰らった吸血鬼は、そのまま金属の塊に引っ張られるようにして洞窟の奥に向かってフェイドアウト。
ハクは狐姿で洞窟を抜け、そのまま森の奥へと消えていった。街にいれば復讐に来る可能性もあるし、何よりもう少しで王都の討伐隊も来てしまう。
そうして三人は森の奥の方へと消えていった。




