討伐隊が来る前に
「冒険者をこれ以上危険にさらすわけにはいかないと」
ギルドの言い分はこうだ。
吸血鬼の被害は甚大で、王都に対して吸血鬼の討伐任務が発せられた。それゆえ、これ以上この土地から冒険者を憲兵のように出すことはなく、また無駄に刺激することもしないと。
それまでは農家及び農地の護衛任務に専念してもらい、吸血鬼は王都の正規軍に任せたいと。
「それは……随分と都合が悪いですね」
「私たちにとっては、だがね。一般的に考えるなら最善策とも言える」
吸血鬼は単体で相当な脅威となり、並みの冒険者や戦士では歯が立たない。だが、ちゃんと対策をし人員を出せる軍であればその限りでもない。
確かに過去の英雄のように強大な吸血鬼を打倒した人物もいるが、吸血鬼の討伐履歴で最も多いのはその国の軍によるものだと言う。
「そのせいで、どこにいるかも教えてくれなかったよ。過去に吸血鬼の捜索依頼や調査依頼を受けた者は街から離れているというし、情報を集めようがない」
ハクは軽く両手を挙げてお手上げのジェスチャーをした。例の情報屋からの接触がまだない以上、その筋からの情報を得ることもできそうにない。
ハクとエスノアが悩んでいると、未だに羽をパタパタさせているファネが手を挙げた。
「多分、なんとなく場所分かる!」
「ふむ……確かに、場所を探すのにファネ以上の適任はいないか」
ハクの頭には、街の人やまだ残っている冒険者に地道に話しかける過程があったが、それをすっ飛ばして場所を探すことができるのであればそれでもよい。
ファネは吸血鬼であり、相手も吸血鬼。どこに隠れているかは分からないが、吸血鬼として隠れやすい場所、都合のよい場所はあるだろう。ファネがそれを見つけられない道理はない。
「ですが、バレるとギルドに怒られちゃいますね」
「王都の軍が来てしまえば、もっと状況は悪くなる。私たちは、王都では指名手配だからね」
小声で話すは、王都での状況。
ハクたちは現在もまだ王都で指名手配を受けている身。ハクたちの顔はしっかりと王都の軍には記憶され、王都の外に既に逃亡しているということも知れ渡っているはずだ。
さっさと国を出てしまいたい……それが、最近のハクの行動指針であった。
「ひとまずここを出よう。ギルドの受付の視線が痛いからね」
ハクがひっそりと背後の受付を見た。
ひそひそと会話していたハクたちを、受付は厳しい目で眺めていた。
……
街は活気はなく、出店もほとんど出ていない。現在エルトロールの街には、外に出るだけでも命の保証はないという知らせが出ているのであった。
ハクたちが外に出る準備をするだけでも大変である。消耗品の類はそう多く持たないハクたちであっても準備に手間取るくらいなのだから、一般の冒険者では大変だろうなとハクは思う。
もしかしたら、街に冒険者が寄らない理由はその点もあるのかもしれない。
「何が起きてもいいように、事前に準備は終わらせてしまおう」
「街に戻れないと?」
「王都と似たようなことが起きないとは限らないからな」
王都では、十分な準備ができる前にあの事件が起きて逃げ出すことになってしまった。そこからの旅はそれなりに苦労もあったし、あの二の舞になるのは避けたいというのがハクの考えだ。
吸血鬼が強大すぎて逃げ出すことになるかもしれないし、王都の騎士が到着して街に戻れないかもしれない。可能性はいくらでもあるし、実際に恐れなければいけないことが多すぎるので、ハクは入念に準備してから行くことにした。
この街を出たら、ハクたちはアルクリア王国を出て、隣国のバンガロンド共和国へと移動する予定だ。道中にもいくつか街はあるものの、国境ということもあって大きな街はなく、村のような規模のものしかない。ここを出たら、しばらくは入念な準備なんてできなくなると想定した方がいいだろう。
ハクたちは他に誰もいない宿の中で一つ一つ確認しながら準備を行っていた。エスノアは買い物に出かけており、部屋の中には二人しかいない。
「ファネ、盾を変化させなおしておこう」
「ありがとー」
できることはできる限り。
ハクたちは自分たちが優秀な冒険者であるなんて思っていない。もし吸血鬼の本気の戦闘になった場合は逃げ帰らなければいけないことを理解している。
ファネがいるからこそ吸血鬼に会いに行き、ファネがいるからこそ即戦闘を回避できると考えているのだ。ハクとエスノアの二人だけだったら、この街には寄らずさっさと次の街へと行ってしまっていただろう。
対策を立てるためにファネに質問することも忘れない。
「吸血鬼に弱点ってあるのか?」
「んー……汚れた血?」
ハクの質問に首を傾げながら答えるファネ。その手は盾を磨くのを忘れない。
「それって弱点なのか?」
「病人だったり、毒に侵されていたり……正常じゃない血を飲むと吸血鬼って一時的に弱っちゃうんだよね」
「ふむ……」
ハクは、かつて日本で輸血による事件が発生していたことを思い出す。あれと同じように、体の中に変な血が入ると全身がおかしくなってしまうのだろう。
ファネ曰くしばらくすれば自浄作用で正常に戻るらしいが、それでも逃げたいならば汚れた血を飲ませるのがいいとのこと。
汚れた血をどう集めるか……と思っていたら、それ以前の問題に気が付く。
「それって飲ませないといけないんだよな?」
「うん」
「汚れた血をかけても意味ないんだよな」
「うん、ないよー」
「目の前にそういうのがあったとして、飲むのか?」
「飲まないね。飲む前になんとなく分かるし」
ハクは対抗策を考えないことにした。
吸血の仕方を知らないファネでさえも、汚れた血とそうでない血の見分けはつくらしい。それは技術的なものというよりも、本能とも言うべきものということだろう。
汚れた血を手に入れるのが難題、飲ませるのも難題ともなれば、それは対抗策として必要十分条件を満たしていない。
「吸血鬼から逃げるときの方法って何かないのか?」
「んー、追えないように道を塞ぐしかないかな」
この世界の吸血鬼は、ハクの知っている、いわゆる日本の創作物の吸血鬼とは全然性質が違う。強力な腕力があれど崩落した洞窟を抜けることはできないし、体を無数の蝙蝠のしたり霧にしたりなんてことはできず、不死身の体も持っていない。
生まれ持って強い体を持ち、吸血という簡単に強くなる行為があるだけど、それ以外はただの人間とそう変わらないのである。
世界中でモンスター扱いされているのは、過去の、そして現在に至るまでの吸血鬼の残虐性が問題なのだ。ファネのように進んで人間を襲わない吸血鬼もいるにはいるが、その声が限りなく小さい。
「ああそうだ、先にお父様に伝えとくんだけど……」
「なんだ?」
「ファネは、何があってもお父様から離れないからね!元の家とか元の村に帰ろうとか思ってないから!」
笑顔でそう宣言するファネ。その言葉に、表情に、そして力強い目に嘘は感じられない。
ハクとしては、ファネが元の父親のところに帰れるのならばそれでいいと考えていた。そのために情報を集めているし、ファネの父親を捜している。
だが、ファネはそんなものいらないと笑顔で宣言した。ファネは、迷わない。
「今が幸せだよ!」
その言葉に、ハクは何とも言えない表情をして目線を落とした。




