岩山にて
ドラブの周囲は基本的にずっと岩山が続いている。ドラブを出てからしばらく経っているものの、未だにハクたちは岩山の中にいた。
下を見れば崖のようになっており、落ちれば無事では済まされず、上を見上げれば天高く聳え立つ霊峰がハクたちの矮小さを表していた。
「本当にこっちに農業都市なんてあるのか……」
「地図は間違っていないはずです。いつになるかは分からないんですけど……」
エスノアが地図を眺めつつ唸る。
この世界の地図は、冒険者や行商人のために用意されているものだ。方角と道中の目印などが示されており、相当な方向音痴でもなければ地図だけで目的地に到着することも可能となっている。
しかしながら、その地図にはそれらの情報しか載っていない。距離だとか、名称だとか、そういったものはまともに書いていないのだ。道中に小さな村や町があったとしても、こういった地図には記されていないことも多いのである。
そのため、今どこまで進んでいて、あとどれくらいで到着するのか……次の目的地が近づけば逆算でどうにかなるが、こういった中途半端なところでは分からない。
「おなかすいたー……」
「休憩できるところがあればいいんですけど」
「無理に穴をあけても崩落するかもしれないとこじゃなぁ」
ファネが疲れた足を棒にしつつ呟くが、休憩ポイントが見つからない。
地質の問題故か、先ほどから岩山の上の方から小さい岩がパラパラと落ちてきている。そんな状況では休むことはできないし、変化魔法で穴をあけても崩落して生き埋めになる可能性もある。
ハクとしても休憩したいところではあったが、残念ながらしばらく休めそうにない。
「行商人はここを通っているんだろう?」
「らしいですよ。馬車を使って数日で通り抜けるらしいです」
「この道を馬車でねぇ……」
ハクは、昔見た西部の映画を思い出す。確かあの映画にも、ほぼ崖のような道を馬車で駆け抜けるシーンがあったはずだ。
因みに、この世界における馬というのは足が六本あるギャロースと呼ばれる生物であり、足の速さも安定性も地球の馬の何倍もある。ハクはそんなことも知る由もないが、後にギャロースを見たハクは素で「キモッ」と言うことになる。
「せめて開けたところがあるといいんですけど」
「場所さえあれば変化で均すくらいはできるんだが」
ファネは元より、ハクとエスノアも疲労が見て取れる状態であった。昨夜もこのような環境の中で眠ったので、総じて眠りが浅かったのだ。それでは、この急坂でもある山道の疲労がとれるわけがない。
フラフラと歩くファネの姿を見て、エスノアが水を渡しながら尋ねる。
「そういえばファネちゃんは飛ばないんですか?吸血鬼は飛べるって聞いたことが……」
「飛び方知らなーい。吸血の方法も教えてもらってないのに、飛び方なんか教えてもらってないよ」
「まあ、当然と言えば当然だな」
吸血鬼が強く生きていくのに最も重要なことは吸血だ。吸血をすることで強くなり、もっと強いものから吸血することができる。
それに比べれば飛行技術など二の次三の次となる。飛べなくても困ることはそうないし、吸血鬼という身体能力を使うだけで普通の人の何倍も速く移動できるのだ。
しかし、ファネは吸血をしないので、吸血鬼の元のスペックしか持っていない。それでも成人男性の何倍も強い腕力と耐久力、体力があるのだが、それでも吸血鬼の中ではまだまだ弱小。このような山道を歩いていれば体力もなくなってしまう。
「ふむ、ファネ。よければ背負おうか。私はまだ体力に余裕がある」
「いいのっ?!」
「ああ、私はこれでも狐でね。足場の悪いところを歩くのは慣れてるんだ」
ファネがわーいと言いながらハクに近づく。ファネの頭を撫でつつ、ハクはエスノアにも声をかける。
「エスノアもどうだい。狐姿になって走り抜けてしまおう」
「えっと、うーん」
エスノアの中には、ハクに迷惑をかけないという信条がずっと根付いている。だからここで簡単に甘えてしまうというのはエスノアの理念に反してしまう。
ちらりとファネを見る。ファネはハクに背負ってもらう気満々で、まるで元気になったかのようにハクに抱き着いている。
「それに、狐になるなら二人とも乗ってくれた方が移動しやすい」
「……お願いします」
ハクの一言で、エスノアが折れる。
満足そうに頷いてからハクは狐の姿へと変化した。四人同時に乗せて王都から脱出した大きさであり、エスノアとファネの二人が乗ってもそれなりに余裕がある。
「キュン!」
「狐のお父様の鳴き声かわいいー」
「ふわふわ……」
ファネは目をキラキラさせ、エスノアがハクの毛並みで睡魔を誘発されつつ、ハクは山道を走りだした。
本能がなせる業か、ハクも疲れていたはずだというのに、その足取りはとても軽やかであり、二人も人を乗せているとは思えない速度であった。傍から見れば、白い閃光のようにも見えることだろう。
全力の六十パーセントほどの速度で、岩山を抜ける。
そうしてひたすらに走り続けて、日が赤くなり始める頃には岩山を抜けて林の中へと入っていた。睡魔に負けたエスノアも、そんなエスノアを見て眠り始めたファネも、ゆらゆらとハクに揺られている。
ダッシュを中断し、二人を起こさないようにゆっくり歩くハクは、魔法の練習がてら足元を凍らせながら林の中を歩いていた。
「シウィン……」
「血ぃ……」
エスノアはともかく、ファネは何を夢で見てるんだとハクは苦笑する。
そろそろ夜も近いので、休憩できるポイントを探そうと周囲をうろうろ。地図はエスノアが持っているうえ、狐の姿だと地図を見ながら歩けないので、岩山の道を抜けたあとはあまり進んでいないのだ。
そうして見つけた開けた場所にハクは二人をそっと下ろした。思ったよりも二本の尻尾が自在に動くので、それで起こさないように二人をテントの中に入れてしまって、ハクは人の姿に戻る。
「ふぅ、本来はあっちのはずなのに、人の姿の方が違和感がない」
誰も聞いていない呟きをハクは漏らす。
食事を作り始めれば目も覚めるだろうとハクは夕食の準備を始めた。岩山で手に入らなかった肉をここで手に入れたハクは、静かにスープを作り始めた。
書き終わったタイミングでメンテに入って危うくデータが飛びかけました。




