王都、遠郊
ハクたちは一晩走り続けた。ファネやエスノアは心配そうにしていたが、ハクは何日も連続で走り続けたこともあるので、これくらいは特に苦ではなかった。
背中に四人も乗せて走るのは初めてだったが、狐の体は屈強で、ハクにとっても意外にも楽な道のりであった。
そうして走り続けて、一行は森の奥まで来ていた。人の手が入っていない、完全な自然の中であれば、例え王都の兵であってもそう簡単には見つけられないだろうと踏んだのだ。
既に太陽は顔を出し始めており、眠るには少々遅すぎる時間となっていた。
「ここらへんでいいだろう」
四人を下ろし、人の姿に化けなおすハク。その体は泥や煤で汚れていたが、四人を全員安全なところまで送り届けたという達成感がそれを忘れさせていた。
エスノアがささっと野営の準備をして、ファネが素早く食料を準備。それを見てスフィンとプイも野営の準備を始めた。流石遥々王都まで冒険してきた五人である。野営の準備はものの十数分で終わった。
「「「「「ふぅ……」」」」」
逃げ出せたことの高揚感と、ずっと追われていたという緊張感から解放され、全員揃って大きく息を吐いた。
地下通路の穴は今頃騎士たちに調べられていることだろう。ハクたちが逃げ出したことは周知の事実となり、指名手配犯を取り逃がしたという事実を騎士に突きつけることとなる。
森の中を静かな風が通り抜ける。あの騒々しい王都での出来事を超えたハクたちにとって、とても心地よい涼しさが感じられる。
そんな落ち着いた静寂を最初に破ったのは、ハクに話しかけるファネであった。
「お父様、あの狐の姿になって!」
「うん?まあいいが」
ファネの要望に応えて、ハクは狐の姿へと変化する。目の前に現れた真っ白なモフモフに向かって、ファネは全身でダイブ。そのモフモフを堪能。プイもそんなファネに倣うようにハクの体に飛びついてきた。
ハクはファネに対して狐の姿についてほとんど説明していなかったが、特に何も驚くことはなく、むしろこうして嬉々として飛びついてくるくらいにはモフモフ好きだったようだ。
「好かれてんな」
「キューン……」
なんとも言えないという顔をするハク。狐姿で喋れないので、表情で伝えるしかない。
そんな時、プイがあることに気が付いた。
「あれ、ハクの尻尾増えてるー!」
プイが、その二つの尻尾に抱き着いて叫ぶ。
そこを見れば、確かにハクの尻尾の根元の部分から二つに分かれており、毛が割れているわけではなく、確実に二本になっている尻尾が揺れていた。
これだけを見れば猫又の妖怪のことも想起させるが、狐という種族からハクが思い出したのは九尾の狐。詳細は知らないものの、日本では狐の代表格のような扱いをされていたはずだと、自分の二本の尻尾を見ながら思う。
まさかここから九本まで増えるのだろうか……ハクは、自分の種族のことをいまいち理解していない。
「ハクさんの種族って文献にあまり乗ってないんですよね。そもそも、ハクさん自体突然変異らしいですし……」
「俺たちの村じゃ慣れた種族だけどな。勿論、ハクほど明確な意思を持った狐っていうのは珍しいが」
獣人の子はまた獣人。獣の子は獣。ハクのように、人の姿に変化し、巧みに言葉を話すような獣というのは、獣人の村に長く住んでいたスフィンであっても見たことがなかった。
ハクが住んでいたあの森は、周囲環境も合わせて人間が入れば生存が危ぶまれる地域だ。ハクと同じ種はそのような危険地域を好んで生息しており、研究がほとんど進んでいない。それこそ、見た目の特徴とみてわかる身体機能などしか文献には記されていない。
「そう思うと、ハクさんを研究するというのもいいかもしれませんね……」
エスノアがハクの体をモフモフ。ふわっふわなその毛はエスノアの手を軽く押し返し、元の形状に戻る。モフモフ、ふわっ、モフモフ、ふわっ、モフモフ……
「キュン?」
「いえっ!なんでも!」
ハクが声を出すと、エスノアはびくっとして身を引く。
ハクとしては、こうして特にすることがないときは好きに触ってくれてもいいとは思っているのだけど……既に、ハクの体にダイブした二人は、それぞれ一本ずつ尻尾を抱き枕にして眠っているし。
そういえば、エスノアと出会った当初から、エスノアはハクの尻尾に興味を示していたことを思い出す。その後も結局あまり尻尾に触ってきてはいないが、日頃助けてもらっているので、もうちょっと好きにさせてあげてもいいかなと思うハクである。
ファネとプイの二人が眠ったことで、周囲にも眠気が伝達され始めた。まずは、一番近かったエスノアがその毛の誘惑に負けもたれかかるようにして眠り、動けなくなったハクが目を閉じる。
一人残ったスフィンは、その猫耳を立てながら、ハクを枕にして眠りだす。
一晩中気を張り詰めていたのだ。眠気も相当なものだろう。
こうして彼は夢の世界に旅立つ。彼らの頭上では、小さい小鳥たちがか細く合唱していた。
………
結局、彼らが目を覚ましたのは昼過ぎであった。
ファネ以外が目を覚まして、ハクも人の姿に戻る。ファネは唯一尻尾にくっついたままだったので、人の姿の状態で尻尾を動かして地面に落ちないように支える。
ハクの増えた尻尾は人の姿でも同じようで、ぱっと見では気づきにくいが、確かに二本の尻尾が生えていた。いや、ハクの人の姿はハク自身が考えて生み出しているので、自分が二本であると自覚したからこそか。
ちょっと遅めの昼食の準備を四人で行う。前に比べると、各段に尻尾のコントロールが上がっており、ファネを支えた状態でも何かと使いやすい尻尾が増えたことに、内心ハクは喜んでいた。
野菜のスープが完成したところで、匂いにつられたかファネが目を覚ます。そうして五人揃って遅めの昼食をとることにした。
「二人はこれからどうするんだ」
「んー、特に考えてない。ハクたちと一緒に行く?」
「いや、そう大所帯になっても仕方ないだろ。それに、王都の周囲はまだ捜索されているだろうし、少人数の方が動きやすそうだ」
スフィンの言葉に、プイがムムムと唸る。そうしてしばらく唸り、ファネがスープを飲み干したところで、プイが結論を出した。
「そうだね。私たちは別行動にしようか」
プイとしては、折角会えたハクと早々に別れてしまうのは寂しい。しかし、今は冒険者の身であり、そう簡単に我儘を押し通せるような立場と状況ではないということを理解している。
ただし、ハクが
「とはいえ、ここですぐにさよならなんてする必要もないだろう。隣の街までは、一緒にどうかな」
なんて言おうものなら
「行く!」
と即答してしまうわけだが。その様子を見てスフィンがため息をつく。
「ハク、あまりプイを甘やかさないでくれ」
「甘やかしているつもりはないんだがね。どのみち、次の街くらいまでは同じ道のりを行くだろうからね」
「それはそうなんだが……」
一応これでも冒険慣れした五人である。来る途中でも度々地図を見て現在地を確認していた。
一番近い街までの距離はそう遠くない。これくらいの距離を一緒に行動するくらいなら特に問題はないだろうとハクは判断した。
ハクたち三人のブレイン的役割をしているエスノアを見ると、微笑みながら頷いてくれたので、パーティ的にも問題はない。
「じゃあ次のドラブの街までは一緒ということで」
「やったー!」
プイが両手を挙げて喜ぶ。そんなプイを見て、なんとなくでファネも両手を挙げておく。
「なんだか騒がしそうだなこりゃ……」
その様子を見ながら、スフィンは笑いながらため息をついた。




