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狐、生きる  作者: nite
狐、背負う

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狐、背負う。忌も罪もすべてを持って

 空には月が浮かび、大通りの人通りが減ったころ。路地裏を進む一団がいた。


「あれが入り口だ」

「あの箱?」

「箱の下に扉があるんです」

「箱を退かさないといけないのか」

「ファネに任せて!」


 彼らはフードをかぶり、可能な限り顔を隠している。また、魔法を使って周囲から認識されにくくしているのもあって、表通りを歩いている人々は一切彼らの存在に気が付かない。

 一人が箱を取り除くと、その下には扉が現れた。物々しい雰囲気すら感じるその扉の奥には、入ったらそう簡単には出られない秘密の地下通路が広がっている。


 一団の先頭を行くハクは、全員に声をかけた。


「ここに入ると、それだけで騎士がやってくる。やつらは全員手練れだ。できる限り戦闘を避けて進むよ」

「「はーい!」」

「了解」

「隠蔽魔法、かけなおしておきますね」


 エスノアが全員に隠密系の魔法を重ね掛けする。しかし、エスノア曰くここに仕掛けられているだろう感知魔法は隠蔽魔法を無視して感知するので、入ることは気づかれてしまうとのこと。

 感知魔法は単純ながら、強力な効果を持つ魔法なのだ。未だに最前線でも使われていることを考えれば、この魔法の汎用性の高さが窺い知れるだろう。


 冷静そうに見えるハクであるが、その心の中は落ち着かない様子であった。

 ハクは一度死に、そしてここで生まれてまだ二か月ほど。王国の騎士に命を狙われていると言われて、落ち着いていられるはずがなかった。それでもここまで表に出していないのは、死んだときの悟りのような経験が活きているのだと、ハクは理解していた。

 まるで何百年も生きてきた仙人のような感覚は、こういうときに精神を落ち着かせてくれる。ハクは老後生活などしたことがないが、縁側でゆっくりしている御老体はこのような気持ちなのだろうかと思う。


「では、行くか」


 あくまで軽く。仲間たちが必要以上に緊張しないように。


 梯子をゆっくり降りている場合ではない。そこまで深くないことが分かっているので、エスノアが明かりをつけて一気に飛びおりる。

 そうして水路に着地したあとは、ひとまずその場を離れる。そして何個も分かれ道を進んだあとに息をつく。ここまでは、順調だ。


 きっと既に騎士たちは集まりだしている。先日ハクたちを攻撃してきたあの騎士もいるだろう。見つかれば、問答無用で攻撃されることが分かっているので、一度でも見つかるわけにはいかない。


「向こうから血の匂いがする…」


 ファネが次の分岐の左側を指さした。前に地下通路から匂った血の匂いとは別だが、似たような匂いだという。

 どうやら、例の奴隷空間には何個も出入り口があるらしい。そのすべてに鉄格子と扉があるだろうから、そこに入ることはできないとは思うけれど……


「なら右に行こう」


 血の匂いがしている限りは王都の下だ。奴隷の血の匂いがしなくなったその時が、王都から脱したことを意味する。


 今回の作戦では、最悪の場合、地下通路の天井を吹き飛ばすことを是としている。外に繋がる道が必ずしもあるとは限らないので、王都から脱したという確信を得たら天井を吹き飛ばす予定なのだ。

 そうなれば騎士たちはそこに集まってくることになるが、それよりも先にハクが全員を乗せて走ればいい。ハクは、自分の足にそれなりの自信を持っていた。


「ファネ、血の匂いがしない方をひたすら進んでくれ」

「分かった、お父様」


 血の匂いがしているときのファネは、いつも以上に静かで冷静だ。残りの四人で周囲や先を警戒しながら、ファネに先導してもらって地下水路を進む。


 地下水路はどこまで行っても見た目が変わらない通路だ。水路にはきれいな水が流れていて臭くないため、ここに長くいたところで特に苦しくはない。

 だが、その圧迫感と騎士たちに追われているという緊張感が、エスノア、プイ、スフィンの心臓を締め付けていた。その胸は絶えず早鐘を打っており、まともな精神状態ではいられそうにない。


「うー、ハクー」


 その証拠に、プイはずっとハクの尻尾にくっついていた。そのフワフワの尻尾をずっとモフモフして精神を落ち着かせている。


 そうして一行がある程度地下水路を進んだ時、進行方向からガシャリと音が聞こえた。それは、甲冑が足を踏みしめる音。ハクたち逃亡者にとっては、死の音。


「戻れるか」

「えっと……」


 エスノアが認識魔法を使う。感知魔法は設置しておくものだが、認識魔法は即効性の探知魔法だ。感知魔法と同じく、誰かがいるということを確認することしかできないが、相手に逆探知されにくいというメリットがある。

 それによると……背後には既に誰かがいる。こちらに来ているかは分からないが、その目の前に飛び出すほど愚かではない。


「戻れません。隠れましょう」

「任せて!」


 今度はプイが魔法を使う。それは、動かない限りは周囲環境に溶けこむ魔法。プイやスフィンが森で動物を狩るときに使っていた、狩猟用の魔法だ。

 甲冑の音は少しずつ近づいている。五人は静かに、その時が来るのを待った。


 ふと、誰かがハクの尻尾を掴んだ。プイはずっと握っているので、それ以外の誰かだ。

 プイよりも優しく、しかし頼りにするように握っているその誰かは、ハクに小さく呟いた。


「お父様、どっかいかないでね」


 それは既に一度父親をなくした者の、か細い望み。もう独りになりたくないという気持ち。

 偽りの父親は、その気持ちを汲み取り尻尾を動かしてファネの頭を優しく撫でる。ファネからはくすぐったそうな声が漏れる。


 ハクたちが捕まれば、ファネの素性がバレてしまう。そうなればファネは確実に殺されるし、指名手配のハクたちもまた同じ運命を辿る。

 死んでしまえば同じ、とはまったくもって思えない。死んでしまえば、猶更一人だ。次の生に期待するというのは、高望みというものだろう。


 甲冑の音は近づく。ほどなくして、背後からも甲冑の音が近づいてくる。


「……」


 とうとう騎士の姿が見えた。隊長ではなく、一介の騎士のようだが、その気配は明らかに強者であることを物語っていた。

 騎士はハクたちが隠れている壁の前を通り過ぎる。動けば魔法が解けるので、まだ動くことはできない。


 騎士が曲がり角を曲がろうとしたそのとき、足を止めた。あと一歩動けばハクたちが視界から消えるというその一歩で、騎士は振り返ったのだ。


「……」


 騎士は何も言わない。五人も何も言えない。

 騎士はまた道を戻ってきて、ハクたちの前を通る。そしてまた通り過ぎるかと思われた、その瞬間


「ぴゃっ!」


 ファネの頭めがけて槍が突き刺された。ファネは間一髪、体を屈めて槍を躱す。

 だが、動いた影響でファネの魔法は解けその姿が露わとなる。


 騎士がその姿を認識する、その前に騎士の体が横に吹き飛んだ。


「隠れるのは終わりだ!走るぞ!」


 身の丈に比べて大きな剣を持ったスフィンが、騎士を吹き飛ばしていた。吹き飛んだ騎士は大きな甲冑の音を立てて壁に叩きつけられる。

 甲冑の甲高い音が地下水路に響き渡り、その瞬間背後から聞こえていた足音が大きくなる。


 捕まれば死。世界で最も物騒な鬼ごっこが幕を開ける。


「『駆けろその身をもって』!」

「『耐えろその身をもって』!」


 エスノアとプイが同時に魔法を全員にかける。

 戦闘で勝つことは考えない。相手はほぼ無尽蔵で、三人がかりで一人を足止めできる程度。五人いるからといって容易に勝てるような相手ではない。


 五人は走りだす。魔法の力で底上げされたその足は、吹き飛ばした騎士を置き去りにして地下水路をどんどんと進んでいく。

 ファネはまだ血の匂いがするという。エスノアも、まだ移動した距離からして王都の地下であると言う。まだだめだ。まだ、出られない。


「止まれ!」


 目の前に現れるは王都の騎士。完全に目視されたそれを、プイが足元を凍らせてスフィンが殴るというコンマの凄まじい連携によって転ばせる。隙を作っては逃げ出して、時には隠形もしつつ移動し続ける。一度見つかってしまえば、止まることは死を意味する。

 そうして走り続けて、そろそろエスノアの体力が限界だという頃に、ファネが呟いた。


「ここらへん、血の匂いしない」


 王都の地下であるかどうかは分からない。しかし、奴隷の空間からは十分に離れたという証。ハクたちは、ずっとそれを待っていたのだ。

 ここまで来れば、もう後には引けない。周囲に出口らしきものは見えないので、天井を破壊して脱出するしかないだろう。


 この上がまだ王都で、建物などがあれば……その時は、ハクたちは王都の破壊者という汚名を被ったうえで崩落に巻き込まれて生き埋めになって終わる。

 そもそも運に頼り切りな作戦なのだ。尻込みをしているような場合ではない。


「よし、行くぞ」


 地下通路の天井にも、地面にも、魔力というのは流れていない。多少しみ込んでいるのかもしれないけれど、その程度なら無理に押し通せる。

 ハクがジャンプして天井に触れた。その瞬間、天井がその形を変えて穴を開ける。そして地下通路に落ちてくるのは、久しぶりとも思える月明り。


 ハクはその姿を大きな狐へと変化させた。ファネはその姿を見るのは初めてであったが、物怖じすることなく飛び乗る。

 四人も乗れば定員オーバーといった様相ではあったが、エスノアがかけた強化魔法でなんとか体を支えて穴の外へと飛び上がった。


「わぁ!」


 飛び出たところは、王都の壁のすぐそば……その外側。

 あと数メートル内側であったら出られなかったそこは、確かに王都の外である。地面に着地すると、間もなくしてハクは四人を乗せて走りだした。王都から、可能な限り離れるように、逃げるように。


 ハクの聴覚が、ふと背後から騎士の声を聞いたような気がした。


「絶対に逃がさないぞ、やつらを……」


 その声を背に、ハクたちは道なき道を突き進んでいった。

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