王都地下、闇深く
「ドレイって何?」
「人権を剥奪されて、ひたすら主の言うことを聞き続ける人のことだよ。自分の意思のない、ただの労働力」
「むー……」
ハクがエスノアたちに伝えたのは、そのすべて。
王国は、こうして騒動になることも覚悟のうえでハクたちを殺してきたのだ。なぜならば、ハクたちを見逃せば騒動なんてものでは収まらない、反乱が起こりうるから。
今はまだハクたちの口封じをすれば誰にも知られない、と王国は思っている。実際のところはあの情報屋が知っている時点でどこかしらから流出しているのだけど、王国はそこまでは把握していないらしい。
「じゃあドレイのことをみんなに知らせれば!」
「私たちは今や犯罪者。少なくとも、確実な情報を提供できなければ誰も耳を傾けてはくれまい」
そもそも、話す前に捕まるだろうとも付け加える。
ハクはそこまで焦っていなかった。ハクたちはこの国住人ではないので、指名手配されてもそこまで問題はないからだ。いざとなれば狐姿で全力ダッシュすれば逃げ切れるという自信がハクにはあったし、それはエルフの森で証明済みだ。
まさか、あの森での経験がここで活きてくるなんてハクにも予想できなかった。
「とはいえ、ひとまずどこか休まる場所を見つけなければいけないな……このままでは落ち着いて休憩もできやしない」
ハクは姿を変えられるが、二人はそうではない。特徴のみが書かれているファネはまだなんとかなるかもしれないが、エスノアは似顔絵があるので無理だ。
完全に顔を隠すことが防げるかもしれないが……今この状況で完全に顔を隠しているなど、何かありますよと宣言しているのと同義である。
「それにしても、奴隷の話なんてどこから知ったんですか?」
「ふむ、まあ、信頼筋だよ」
二人に情報屋のことをひた隠す理由はないが、なんとなく言わない方がいいかなと判断。
ともかく、ハクたちは路地裏を移動した。何か空き家でもないだろうかと探すためだ。
「荷物が少なくてよかったですね」
「ああ、変化屋の需要とはこういうことなのかもしれない」
ハクたちの荷物はいつものごとく小さくして小さなバッグに入れて持ち運んでいる。いつもは楽だな程度にしか思わなかったが、こういう場面になって初めて荷物がなくてよかったと実感した。
逃亡生活における機動力とはいざという時のために必要なものだからだ。
「お父様、あそこ人いなさそう!」
そうして路地裏を進むこと数分、ファネが指をさしたのは文字が潰れた看板のかかっている建物。明かりはなく、見るからに廃業したお店である。
扉に鍵はかかっておらず、苦労なく中に入ることができた。中はボロボロで、何も置かれていない。棚やカウンターだけが当時の様子を残しており、寂しさを漂わせていた。
「ひとまずここを拠点にするか」
「ふぅ……」
「むぅ……」
路地裏の、何も置かれていない店内。泥棒ですら盗るものがないので、誰も入ってくることはないだろう。
宿から逃げ出して、やっと少しばかり休むことができる。張り詰めた緊張は残っているが、精神的に急速できるというのは大きかった。
二人が休憩している間にハクは中を確認したが、使えそうなものは何も置いていなかった。廃業したときに全部持ち出したか、泥棒が全部盗っていったか……なんにせよ、休憩のための場所にしかなりそうにない。
一部壊れた道具などが落ちていたので、それらはハクが料理道具へと変化させておいた。火も水も通ってはいないが、エスノアがいれば大抵なんとかなる。
「さて、どうする」
「反逆だー!」
「それは却下。私たちで勝てるようなものではない」
地下通路で出会った騎士のような強さの人がうじゃうじゃと来て、勝てるとは到底思えなかった。
「じゃあ逃げますか」
「それが最善なのだが……」
流石王都と言わんばかりに、今までで一番高い壁だ。エスノアの補助もあれば登り切れるとは思うけれど、その間に魔法使いに撃ち落されてしまう可能性がある。
門番を薙ぎ払って突撃するのも案だが……今は門がとても厳重だ。近衛兵らしき人も立っているので、苦戦してしまえば囲まれて今度こそ捕まる。
「壁や門を通らない脱出方法がないと危険かもしれないな」
「ファネ、ちょっとなら飛べるよ!」
本当にちょっと、一メートル程度ふわりと浮かぶファネ。魔法ではなく吸血鬼の特性で浮いているようだけど……
「それじゃ壁は超えられないね」
「……そうだよね」
分かっていたと、ムスッとして着地。ファネには申し訳ないが、そもそもファネはその存在が認知された瞬間に冒険者たちからも命を狙われるので、あまり無理はさせられない。
指名手配書に吸血鬼であることが書かれていなかったのは、幸運と言えよう。地下通路でもしっかり羽を隠すような服だったのが功を奏したらしい。
「エスノア、何か知識はないか?」
ハクたちのパーティにおける頭脳はエスノアだ。この世界の常識を知らないハクと、大陸に来たばかりのファネには考えてもどうしようもないことが往々にしてあるのだ。
エスノアは頭を悩ませると、大きくため息をついた。
「少なくとも私は知りません。王様が逃げるための通路などはあるとは思いますが、そういうのは城の中にあるので……」
要人が無事に脱出するためのルートというのは少なからず存在する。だが、それは要人及びそれを警護する人しか知らず、ハクたちが探し出せるようなものではない。素人で見つけてしまえるような脱出口など意味がない。
であれば、可能性として脱出できる道は……
「地下通路、ですかね。全容は把握できていませんが、伸びていた方向と広さからして王都以上の広さがありそうです。王都に外に繋がる道があるかは分かりませんが……」
「検問なしで王都の外に出られるかもしれないってことか」
エスノアは、地下通路のマッピングを脳内で行っていた。同時に、その大きさが王都よりも遥かに大きなものであると分かったのだ。エスノアたちが歩いた僅かな距離でそうなのだから、全容はもっと大きいのだろう。
ファネが先導したため一本道で進んでいったが、途中の分岐を別の方向に進めば王都の外に繋がる通路にも出られるだろう。そこにも梯子があればいいが……
「だが、現状希望があるのはあそこだけか」
「ただし、あそこに入れば近衛兵がすかさずやってきます。私たちが地下通路の鉄格子に当たったとき、ちょうど騎士が来るなんてことは、偶然ではありません」
梯子の入り口にかけられているであろう探知魔法、それが騎士をすぐにあそこまで呼び出してしまう。
きっと地下通路に繋がる入り口にはすべてにかけられているのだろう。登録されていない人が通ればそれだけで殺意が高い近衛兵を集めてしまう。
探知魔法は害がない分解除するのが難しい。術式の起点はきっと王城だろうから、解除することは現実的ではないとエスノアは考えていた。
「となれば、一度入れば出口まで走り抜けるしかないのか……」
「でも出口ってどこ?」
「それは……」
王都の外への通路、王都外への出口、どちらも可能性の域を超えない。もし存在しない出口のために走り続けても、そこに未来はない。
三人が黙り込んでいると、突如表の方から足音が聞こえた。騎士のものではないが、こんな廃屋ばかりの裏路地を歩いている人間がまともなわけがない。
三人が息を殺して待っていると、その足音はハクたちのいる建物の正面で止まった。そしてなにやら話し声が聞こえる。
出口は正面だけ。最悪の場合突撃して逃げ出すしかない。
とうとう人影が扉に手をかけ、三人は逃走の準備をする。そして扉が開くと同時に……
「ハクううううううう!!!!」
まるで鉄砲玉のように突撃してきた人影は、その勢いのままハクへと抱き着いた。あまりの衝撃でハクは目を白黒させる。
ハクが下を向くと、そこには犬耳を生やした少女が抱き着いていた。そして、入り口で頭をかいている猫耳の少年。
「会いたかったよー!」
「プイにスフィン?どうしてここに……」
三人が身構えたそれは、獣人の村でハクを助け、そして人になる術を見つけてくれたプイと、その幼馴染のスフィンの二人の劇的な登場であった。




