お尋ね者
「ごめんなさい、お父様」
「ファネが謝ることじゃない。全く、入っただけで罰するなら入れないようにしておくべきだ」
ハクたちは路地裏に身を隠していた。宿は指名手配が出たと知った瞬間に飛び出て、しかし、王都から出られないことを知ると路地裏へ。
食べ物などは姿を変えることができるハクが調達している。だが、外に出られない以上ギルドの依頼を受けることもできない。一応少しは王都内ですることができる依頼もあるが、ギルド内で報酬が受け渡しされる過程でギルドカードを出さなければいけないので、そこでバレてしまう。
別の姿に変化した時用のギルドカードを作るかとハクが思っていると、ずっと考え込んでいたエスノアが顔を上げた。
「やはり、ここは直談判するしかないでしょう。謂れのない罪なのですから」
ハクたちが現在受けている罪状は、警備兵への暴行。どこで、とか誰に、とかは書いておらず、警備兵への暴行のみが淡々と綴られている。
先に攻撃してきたのは近衛騎士の方だ。地下に入ってはいけなかったにせよ、警告もなく殺す気で突撃してきたので、反撃しただけだ。そもそも、足止めをしただけで近衛兵に攻撃すらしていない。
「しかし、相手は近衛兵だ。国を相手にすると思わないといけないぞ」
「それはそうですが……ここにいても仕方ないじゃないですか。私たちに罪がないことは調べればわかるはずです」
暴行をしていないので、あの声が野太い騎士は怪我をしていないはずだし、地下で事件的なことをしていたわけでもない。今回ハクたちにかかっている指名手配は、全くの事実無根であるのはエスノアには明白であった。
指名手配を発行しているのは国。基本的には警備兵から報告を受けた騎士団が発行するものだ。
今回は近衛兵が直接騎士団経由で指名手配を出したのだろうけど、調べればなんとかなるとエスノアは信じている。
だが、ハクにはそう簡単に頷けない理由があった。
「あの近衛兵、何がなんでもという意思を感じた。私たちが出頭するようなことをしても、調査もされずに殺されるかもしれない」
ただ捕まえるだけであれば、地下通路であそこまで殺気を出しはしない。あれは確実にその場で殺す意思を持った者の殺気であった。
ハクたちが一度でも騎士団に捕まれば、死刑は免れないとハクは考える。
「そもそもー、なんであんなに殺しにくるの?ファネが冒険者に会ったときもあそこまでじゃなかったよ」
何度も殺されそうになったファネが言う。吸血鬼ということがバレた時でも、あそこまで絶対的な殺気を向けられたことはないと。
「まあ、十中八九口封じだろう。あの地下通路には何かあると見ていい」
例えば、あの鉄格子の向こうとか、と告げる。
ファネの嗅覚が特殊だっただけで、普通であれば見つからないような入り口なのだ。鍵はついていなかったが、隠された入り口であったのは確実だろう。
きっと警戒魔法陣でもあったのだろうとエスノアは考えた。知らない誰かが入ったからこそ、すぐに近衛兵が来たのだと。
警戒魔法陣とは、その名の通り動きを感知する魔法陣だ。目に見えない結界を張り、そこに生物非生物問わず通ったものを感知する。識別する機能すらないが、その分魔力の消費が少なくこのような街であれば王城の出入り口などにも使われている。
「お父様、どうする?」
「何かしら行動を起こさないといけないのは間違いないが……」
情報が欲しい。ただ、情報が。
脳裏に浮かぶのはあの情報屋。だが、今の自分はお尋ね者だ。それに、情報の対価となるお金すらもほとんど持っていない。
「二人とも、ちょっと身を隠していてくれ」
だが、それでも。
ハクが動かなければ二人はずっと動けないのだ。二人の行動を咎めることがなかったのは自分の責任。ならば、自らが動いて二人を助けなければいけない。
ハクは変化魔法で別の姿に変化した。抽象的な村人といった風貌であり、今のところバレたことは一度もない。自分の変化は攻撃を受けても戻らないので、変化魔法自体を解除させられなければバレることはないだろう。
なお、ハクは変化魔法を解除されると大きな白い狐になるので、どのみち即バレすることはない。
ハクはその姿で情報屋に向かった。あそこは認められた人しか入れないので、建物の中に入るときにいつもの姿に戻る必要がある。
もしそこで通報でもされたなら……ハクは延々と追われることになる。その時は国外に逃亡してでも逃げる気概ではあるものの、生きづらくなるのは勘弁だ。
ハクは変化し、まったく違う姿となったままで堂々とホテルにやってきた。受付に話しかけると、同じやり取りがなされる。
「ご予約ですか?」
「二百二十二番で」
内心ドキドキしながらハクが返答すると、受付は前と同じように扉の方を指さした。
扉の中に入ると、前と同じマスターが立っていた。ハクのほかにもう一人誰かが座っているが、会話はしていないようだ。
もしくは、ハクが来たから会話を中断したか。なんにせよ、ハクは素性がバレるようなことはここでもできそうにない。
「ふむ、あなたは……」
「訳アリだ。あまり聞かないでくれ」
「おっと、申し訳ありません。我々は詮索をいたしません、今日はどのような御用で?」
もう一人の客はチラリとハクの方を見たが、すぐに手元の酒に目線を戻し飲み始めた。我関せずのスタンスをとるらしい。
「今王都に出ている指名手配の詳細を知りたい」
「ふむ……ひとまずお座りください」
ハクが座ると、マスターは一杯の酒を置いた。それは、酒と呼ぶには度数が明らかに低すぎる、言わばジュースのような飲み物。高そうな印象は見受けられず、実際市民も簡単に手に入るようなものだ。
ハクが訝しみながらそれをグイっと飲み込むと、マスターは語りだす。
「昨日の今日ですからね。我々もそこまでの情報は持っていないのです」
「そうか」
「そうですね、彼らの罪状が正確なものではないと知っている程度でしょうか」
ハクの眉がピクリと動く。今のハクは少々強面の男性になっているので、それだけで威圧感がある。
だが、ハクの威圧感にも飄々とマスターは言葉を続ける。
「どうやら秘密の場所に侵入した様子。それがどこなのか、何なのかは我々も把握していません」
ハクも知っていることだ。それ以上の情報はない。
しかし、マスターはさらに言葉を続けた。
「これは別の話なのですがね」
「うん?」
「この国には奴隷がいるのです。しかし、この国の表にそのような場所はありません。どこを歩いていても奴隷など見えない。では、どこにいるのか」
そう言うと、マスターは足元をトントンと二回足でたたいた。
「地下です。警備が厳重で我々も完全に把握しているものではないのですが、地下に奴隷売買の場所があることが分かっています」
つまり、昨日ハクたちがいたのは奴隷売買までの道のり。ファネが感じていた匂いは、奴隷が流したもの。
だが、ならばなぜ近衛兵がいたのか。ハクたちは知らないことだったので、ただ警告すれば深追いもしないものを、わざわざ殺気だらけで殺しにきた意味とは。
それは、マスターの次の一言で明らかになる。
「この国で奴隷制度は法律で禁止されていますが……どうやら、地下の奴隷売買は王国主導によるものらしいですよ」




