王都地下
意外にも、梯子はそこまで長くはなかった。すぐに明るくなっていき、梯子の終わりが見えたのだ。
出たところは下水道のような場所。しかし、流れている水は透き通っており、下水というわけではないようだ。
同じく梯子を降りてきたファネにハクが声をかける。
「まだ血の匂いがするかい」
「うん、あっちから」
ファネはまた真剣な表情になっていた。どうやら、血の匂いを嗅ぐといつもの幼さが消えて冷静かつ淡々とした状態になるらしい。
エスノアはそんな様子のファネに少しばかりビビりつつ、奥の方へと足を向ける。壁には松明のようなものが光っており、進むには何も不自由はない。
水の流れる音を聞きながら、三人はファネの先導で地下通路を進む。
王都クレニアには水道も通っているものの、それはパイプラインによるものだ。このような地下通路による接続など、エスノアは知らない。そもそも、王都に地下があることすら知らなかった。
「ファネちゃん、もっと先?」
「んー、そろそろ」
そうして何度か曲がった先に、とうとうファネが足を止めた。そこは鉄格子と鍵付きの扉によって道が分断されている場所であった。
奥にはまだ地下通路が続いており、何があるかはここからは分からない。だが、もっと奥から血の匂いがしていることを、ファネの吸血鬼の嗅覚が断じていた。
「開かないですね」
「地下通路に開かずの扉……冒険らしくはあるけれど、王都だし勝手なことはできないな」
「……向こうから血の匂いが……っ、誰か来る!」
ハクは野生の勘として気配探知が得意だが、人間を恐れてずっと逃げてきたファネはもっと気配が読める。そんな彼女をしてギリギリ認識できた気配が、三人のもとへと近づいていた。
向こうも探知されたことに気が付いたのか、突如として殺意を膨らませる。姿を見ていないというのに、エスノアは既に足が震え始めている。
「エスノア、下がってなさい」
「っ……」
嫌ですと叫びたかった。迷惑をかけたくはなかった。しかし、その圧倒的殺意を前にして、エスノアは終ぞ口を開くことはできなかった。
その間にも殺意の主は最後の角を曲がる。鎧を着て顔を隠した何者かが、ハクたちへの殺意を明確にしたまま槍を持った状態で現れた。
その鎧は王国の近衛兵のもの。先日、王城の前に立っていたのを見たばかりだ。
騎士は、しかし何も言わず槍をハクたちに向け突撃をしてきた。魔力によってエンチャントされている槍は、無策に受ければ致命傷を負うだろう。
「何をするんだ!」
ハクは足元の石を蹴り上げながら壁へと変化させる。だが、騎士はその壁を何事もなく破壊し、ハクへと肉薄。壁のおかげで勢いは落ちたものの、その致命的な攻撃は防ぎきれない。
「お父様!」
そこに割って入るのはファネ。凝魔術で壁を作り出して槍を受け止めようとする。しかし、結局凝魔術の壁諸共ハクとファネは後ろへと吹き飛ばされ、鉄格子に背中を打ちつける。
カハッとハクの口から息が漏れるが、その意識は手放さない。騎士はそのままハクたちへと追撃をしかけようとしている。
「『凍れ大地よ!』」
そこに、エスノアの声が響いた。騎士の足元が凍り付き、騎士が一瞬よろける。流石に転ぶことはなかったが、隙が生まれたところに、エスノアが追撃をする。
「『落ちろ氷結!』」
騎士の頭上に氷が出現し、騎士へと降り注ぐ。それは致命的な攻撃にはならないものの、足元がおぼつかない騎士にとっては十分な邪魔になっているらしい。
「くっ、ファネ、逃げるぞ」
「やらないの?」
「王国内で騎士を殺すのはまずい!」
先に攻撃してきたのは騎士なのだが、そもそも変なところに迷い込んだのはハクたちだ。王国というアウェーな環境で、騎士たちに逆らうのは得策だとは思えなかった。
「逃げるな!」
ここで初めて騎士から声が出る。野太い男性の声で、怒気が込められた声だ。
一瞬エスノアがビクッとなるが、ハクに連れられ地下通路を逆走する。三人は来た道を戻って、先ほどの梯子のところまでやってきた。
「まずいっ、ファネ止まれ」
梯子の下には数人の騎士が既に立っていた。先ほど攻撃してきた騎士と同じく近衛兵の鎧を身に着けている。
全員が同じ力量を持っているとすると、ハクたちに勝ち目はない。じきにさっきの騎士も戻ってくるだろうし、そうなれば挟み撃ちだ。
「お父様、こんなところで追いかけっこなんて負けちゃうよ」
「それは分かってるが……」
その時、後ろから足音が聞こえてくることに気が付いた。どうやら、一番最初に気づかれた時点で隠れようという意思はないらしい。
刻一刻と迫る限界。その時、ハクの頭には一つの案が浮かんでいた。うまくいかなければその時点で死が確定するが、このまましていても死ぬのは分かっている。
選択肢など、存在しなかった。
「二人とも、私のことを信じてくれるかい」
「もちろんです」
「当たり前」
二人の返答に満足そうに頷き、ハクは自分に変化魔法を使った。
現れたのは、先ほど攻撃をしてきた騎士の姿。槍は質量不足で作れなかったものの、これだけ真似れば頭を脱がされない限りはバレないだろう。
「いくぞ」
先ほど一瞬だけ聞こえた野太い声で、ハクは声をかけた。
エスノアとファネを両手で抱える。ハクの指示で、二人は目をつむり脱力をする。
そのままハクは梯子の下の騎士のところまで近づく。さながら、二人を捕まえてきたばかりだと言わんばかりに。
「男はどうした」
「逃げられた。手が足りないからこいつらだけ連れてきている」
そのままハクは二人を抱えたまま梯子を上ろうとする。両腕が塞がっているままに梯子を上ろうとするのは愚行としか思えない。
その証拠に他の騎士が預かるとばかりにファネやエスノアに腕を伸ばすが、ハクは断固として渡さない。一瞬でも誰かの腕に渡れば取り戻せる確証はない。
ハクは足に力を込める。さっき梯子を降りたときにある程度距離は把握している。
あのエルフの街を抜けたときの脚力は人間形態の今では出せない。だが、ここには梯子という足をかけるものがある。ならば……!
「うわっ」
尋常でない風を生み出しながら、ハクは飛び上がった。そして、梯子を何度も蹴ってその高さを駆け上がる。
「隊長、あんなに飛べるんだなぁ」
そんな風に梯子の下の騎士たちが関心しながら梯子を上りだそうとしたとき、騎士たちの背後より声が響く。
「何をしている、貴様ら」
「……隊長!?」
さきほど梯子を駆け上がったはずの隊長が目の前にいる。その手には魔力の込められた槍があり、見るからに怒っていることもわかる。
そういえばさっきの隊長は槍を持っていなかった。ならば、今梯子を上がったのは一体誰だ。
「隊長、先ほどあがったはずじゃ……」
「……そうか、なるほど。頭が回る賊ということか」
隊長の口から逃亡者の姿を告げられる。そして、人に化けることができるということも。
その日のうちに、クレニア内に指名手配書が貼られることとなった。ハクとエスノアは顔の絵がつき、ファネは特徴が示されている。
王都の関門は厳重警戒となり、顔確認だけでなくギルドカード等の提示を義務付けられた。
その日のうちに、ハクたちは王都という大きな檻に閉じ込められたのだった。




