入り口
王都クレニアには様々な種族が生活している。吸血鬼のようにモンスターとして扱われている種族以外は、大抵いると思ってもいいだろう。
そのおかげで、ファネが歩いていてもそこまで注視されない。これが地球であれば、赤い髪と赤い瞳で、少なくともある程度の視線は集めることになっていた。
「ちゃんと顔は隠しておいてね」
「うん」
エスノアがファネに声をかけて、ファネがフードを深く被る。
エスノアとファネは現在服を買うために街を歩いている。その間ハクを暇させてしまうことにエスノアは申し訳なく感じてしまうが、ハクはハクでお金を稼ぐと意気込んでいたので、エスノアは取り合えずファネに集中することにした。
ファネの服装はハクが作り出したもので、吸血鬼の特徴的な羽を隠している。冒険者では普通の恰好ではあるのだけど……エスノアは、ちょっと思うところがあった。
ファネは同性のエスノアから見ても見惚れてしまうほどに美しいのだ。中身が幼いのでまだまだ元気な子供といった印象ではあるものの、成長すれば絶世の美女となることは想像にたやすい。
故に、今のうちからかわいい恰好をさせてあげたかったのだ。ハクには、羽を隠すもっと自然な服を探してくると伝えたけれど、実際のところはエスノアのちょっとした我儘による買い物だったりする。
「エスノア、どこに服屋があるかわかるの?」
「一応先にちょっと調べておいたよ。冒険者通りに服屋があるみたい」
冒険者通りというのは、ギルドを含めて冒険者たちが使う施設ばかりが並んでいる大通りのことだ。武器や防具、薬などがまとめて揃えることができる通りであり、多種多様な人が行きかう王都の中でも、最も十人十色な光景が見える通りであると言えよう。
エスノアとファネは防御力らしい防御力を求めていない。鎧のようなものは重くて着れないし、一応二人とも防御魔法で身を守ることができるからだ。
だからこそ、冒険者通りの丈夫だがデザイン性のある服を求めるのはおかしなことではなかった。ファネに似合うものがあればいいなとエスノアは考えている。
通りをしばらく歩いて、最終的にショーケースのように服が並べられた服屋にたどり着いた。見るからに材質がよく、頑丈そうな服が、しかしがさつな印象を与えずに整然と並べられている。
「ここだよ」
「おおー」
「私も思ったよりも大きくてびっくりしちゃった。お金足りるかな……」
きれいな見た目の服屋に少し怖気づいてしまうエスノア。だが、そんなことは気にしないとファネはずんずんと中に入って行ってしまった。
ファネに続いてエスノアが中に入ると、そこはとてもきれいな店内で服が並んでいた。
エスノアは知らないことだが、地球のデパートの服のコーナーを想像していただきたい。自動で服を作るようなシステムがこの世界にはないので、まったく同じものが何枚も重なってることはないけれど、しかしそれでも多くの種類の服がトルソーに並べられていた。
その光景にファネのみならずエスノアも目を輝かせる。貧乏な家から始めた冒険だが、かわいい服はエスノアも好きなものだった。
『可能なら、シウィンにも着てほしかったな……』
そうしてエスノアが俯いて感慨に更けていると、ファネが早速近くにあった服を指さす。
「これかわいい!」
その声でエスノアが視線を上げると、いかにも大魔術師というような大きなマントにコート、大きな帽子もついた衣装セットがあった。
かわいいとは違うけれど、これはこれでファネに似合うかもしれない、とエスノアが値段を見ると、三十イガラの文字。一ガラを一円とするならば、三十イガラは三十万円。とてもではないが、払える額ではない。
「ファネちゃん、別のにしよっか」
「……うん」
ファネも、値段を見て諦めた。精神的に幼いとはいえ、百年以上生きているのだ。金銭感覚くらいわかる。
冒険者の収入というのは上と下で随分な差がある。ハクたちのように少ない金銭で活動する冒険者もいれば、高ランクで高収入な冒険者もいる。この手の店も、価格帯が広くなりがちなのである。
とはいえ、そこは王都の一流服屋。価格帯が分かりやすいように区分けされていて探しやすい。入口周りは見栄えをよくするために高価なものが置かれているが、奥にはちゃんとエスノアたちでも買えるような価格帯の商品が置かれている。
「わあ、これかわいいかも」
「エスノア、こっちのスカートと合わせよう!」
女子二人は楽しそうに買い物をする。お金に余裕があるわけではないが、できる限りのお金を使って楽しむ二人の様子は、傍から見ても見た目相応といった光景であった。
エスノアは生まれが貧乏でこういった買い物はしていない。ファネも、服を気にするような生活をしていなかったので買い物なんてしなかった。それでも、やはり、かわいい服を着てみたいと思うのは仕方のないことだろう。
一時間程度をかけて、ハクに見せたあの恰好へとたどり着くのだった。
………
そうして買い物を終えた二人は、袋を持ったままに大通りを歩いていた。今着ているのは買った服であり、袋に入っているのはさっきまで着ていた服だ。折角だから買ったばかりの服を着たいというファネの要望だったりする。
この世界には試着の文化はないが、王都の服屋には着替えができる場所があったのでそこで着替えた。エスノアは、着替えスペースに誰か入ってこないか気が気でなかった……
「お父様は依頼してるのかなー」
「そうだと思うよ。ハクさん、妙にやる気出してたし」
そうして雑談しながら、たまに店を見つつ歩いていると、ふとファネが路地裏の方に視線を向けた。何かいるわけでもないが、ファネはじっと奥の方を見つめている。
ファネの表情は真剣と言うほかないほどで、いつもの元気そうな表情とは真逆だ。
「どうしたの?」
「何か……ある……」
「いる、じゃなくて?」
「こっち」
ファネはエスノアの声が聞こえているのか分からないまま、路地裏の奥へと走って行ってしまった。ファネを一人にするわけにはいかず、エスノアは後ろをついていく。
流石は吸血鬼と言うべきか、ファネはとてもすばしっこく、エスノアが追いついた時には、エスノアの体力は底をついていた。
「はぁ……はぁ……早いよ、ファネちゃん」
「ごめんエスノア。でもね、ここに何かあるよ」
そうしてファネが指をさしたのは大きな木箱。確かに、そこには木箱があるものの、ファネが言っているのはそれのことではないようだ。
ファネが木箱を退かすと、下に現れたのは木で作られた扉。見るからに作られてから時間が経っており、所々腐食も見られる。
「血の匂い」
「え?」
「奥から、血の匂いがする」
その時エスノアの脳裏に浮かんだのは、扉の下にある死体。かつて王都で殺されてここに隠され、そして誰にも見つけられることのなかった……
エスノアの顔が恐怖に染まりつつあるのに気づき、ファネが付け加える。
「新しい血の匂い。多分、子供?」
「ファネちゃん、そんなこと分かるんですね」
「うん、嗅ぎなれてるから」
震える声でエスノアが尋ねると、ファネは表情を変えずに淡々と返した。吸血鬼の生活の一端が見えてしまい、エスノアの顔が引きつる。
「開けてみよう」
「ちょ、ちょっと待ってファネちゃん!」
扉に手をかけたファネをエスノアが必死に止める。
血の匂いに恐れを抱いたのもあるが、勝手に誰かの扉を開けることをエスノアの良心がよしとしなかったのである。
「勝手に扉を開けたりするのはよくないよ!」
「でも、血の匂い……」
エスノアの頭には、間違えて扉を開けて下に落ちて怪我をした子供の姿。
それでも、やはり勝手に人の敷地の中に入っていくのは許されないわけで……
「うっ、えっと、ほら、ハクさんと一緒の方がいいよ、ね」
「……それもそっかー」
ファネの雰囲気がいつものに戻る。
エスノアはホッとしつつ、この扉は何なのだろうと考えを巡らせるのだった。
………
「それがこの扉というわけか」
次の日、ハクはエスノアたちに連れられて扉のところまで来ていた。ファネ曰く、また血の匂いがするとのこと。しかも、昨日の匂いとは別だという。
「まあ、気になるなら確かめてみればいいじゃないか」
ハクは平然と扉を開けた。その様子にエスノアは愕然とする。
「えぇ……」
「む?ああ、勝手に入るのが悪いとかそういう話か。だが、鍵もついていないのなら精々怒られるだけで済むだろう」
そうして開けた扉の先には、下に向かって伸びる梯子。中は暗く、底の方は見えなくなっている。
「どれ、入ってみようか」
ハクは躊躇いもなく梯子を降りていく。ファネもそれに続いて梯子を降りる。
エスノアは少しだけ考えた後に、一人っきりになるくらいならと梯子を降りた。
「ハクさん!見上げないでくださいよ!」
「……ああ、分かっているよ」
火の魔法で生み出した狐火を頼りに深い闇の中へと三人は入っていった。




